7月1日に監督を招いての上映会が都内でありました。参加者は100名位いたと思われます。この映画は2004年にすでに完成していてヨーロッパ、アメリカ各地で上映されています。日本では昨年はじめて上映され、今年は監督を招いての上映会が北海道から沖縄まで各地で催されます。
「映画は1960年代にパレスチナの抵抗運動に加わった3人の女性(当時10代から20代であった)アーイシャ、ラウダ、ラスミーヤと1980年代に学生運動で何回もイスラエル当局に拘留されたテリーとのインタビューで構成されている。
逮捕されるまでのこと、逮捕されてからのすさまじいまでの拷問の経験、釈放されてからの現在にいたる生活と気持ちを赤裸々に語る。このように自分の受けた想像を絶する拷問をおおやけに語った女性がいただろうか。アブグレイブ、グアンタナモとつながるこの醜悪な行為をしている人間。拷問禁止条約を作ったのも人間。
このとき受けた性的拷問により肉体的にも精神的にも傷つきそれは今も続いているように見える。結婚生活を続けることが出来なくなったり、子供をつくることのできない身体になったり、さまざまな語られていないことが彼女達を苦しめていると想像される。
イスラエル兵士の捕虜とパレスチナ人の囚人との交換により彼女達は1980年代に釈放されたがその生活は困難なものだった。
常にイスラエル当局による監視、パレスチナ社会からの冷遇、因習等の問題をかかえながらも強く生き抜いてる姿に圧倒される。
彼女たちがした抵抗運動は彼女たちが受けた苦しみの代償に見合っているのだろうか。
一人の人間の幸せを奪うほどの。しかし映画のなかでの彼女達は後悔しているようには見えない。むしろ過酷な拷問に耐えたことを誇りにしているように見える。
何故こんな目にあわなければならないのか。
全てのはじまりは強引なイスラエル建国と占領にあるのではないか。
「パレスチナ人はすでにイスラエルが建国された時に妥協している」
「イスラエル人の隣にパレスチナ人が住むことを認め、占領をやめることを」
と監督は言う。監督は小柄な美しいパレスチナ人女性です。
質疑応答の時の力強い受け答えが印象的でした。知的で情熱的な人と感じました。
パレスチナに対しての支援では何を一番望むかとの問いに
「財政的な援助も勿論重要ですがみなさんがパレスチナに関心を持ち続け
てパレスチナのことを知らない人にパレスチナの今を発信してくれることを」
と答えられました。
世界の様々な人権団体のパレスチナ問題への対応についてどう思うかという質問があり、アムネスティの対応についてアムネスティはイスラエルに抗議をするとき必ずパレスチナ側の暴力をも非難するのが納得できない。すべての根源はイスラエルにあるのにというような意味の発言がありました。
これについては監督からは答えはありませんでしたがこの質問者の言わんとしていることが分かるような気がします。私もアムネスティの声明に少し似たような感じを持ったことがあるので。
しかし答えは映画のなかで語られているアーイシャの言葉にあるのではないでしょうか。
自分が仕掛けた爆弾によって人が死んだことに
「みじんも嬉しくない。心の底では嫌な気分だった」
「敵であってもそんなに単純じゃない」
「私は逃げないと決めて、爆発の一週間後に逮捕されました」
と人を殺してしまったことに対する償いの気持ちがあってあえて逃げることを選択しなかったのではないかと想像します。
イスラエルの圧倒的な軍事力とパレスチナの抵抗勢力のそれを同じレベルで論じるのは公平ではないが、占領する側にとっても抵抗する側にとっても暴力(武力)は人間を荒廃させる。暴力を武力を用いない解決は不可能なのだろうか。ジョン・レノンの言うようにみんながそれを望めば可能になるのだ。
中年になりそれぞれの日常を生きているが今も自分のなかに刑務所を抱えて生きている彼女たち、たぶん死ぬまでつづく。これが暴力の結果なのか。