かねてより最高裁の有罪判決が懸念されていたがついにそれが現実のものとなった。
この不当な判決に怒りを覚えた。司法の社会に対する責任とはどのようなものなのか。
- いま、目の前のことのみをみてこれからの日本の社会の行方を見ていないこと。
今回の判決により社会にどんな影響をあたえるか、どんな社会になって行くのかの考慮がなされていない。政府と異なる意見を自由に表明することが困難な社会になっていって良いのか。この道はいつか来た道ではないのか。
- 自分達の政治的意思を表明するためのビラ入れを住居侵入、迷惑行為と単純に切って捨てて良いものだろうか。
私達はこの社会を生きる上で様々なことを受忍、受容しながら日々を過ごしている。
例えば自宅のポスト、会社のポストに見るのも不快ないかがわしいチラシ、あやしげな宗教のチラシ等がしばしば入っているが我慢をして捨てている。
また、電車の車内で眼前に突きつけられるいかがわしい写真が掲載されている新聞、泥酔した乗客の不始末等数え上げればきりがないくらい不快なこと、迷惑なことを我慢しながら毎日を過ごしている。
これらのことと同列に立川の件を見ることは理不尽すぎる。政治的意思の表明は権利であり守られるべき大切なものである。この権利が守られなくなった先には暗黒社会が待っているだろう。
- 立川テント村のビラ入れに対して警察からの警告もなくいきなり逮捕をしていることから見て当初からイラク派兵反対のビラを取り締まることが目的だったと考えざるを得ない。イラク派兵反対のビラでなかったら問題にならなかった。
この自衛隊監視テント村がめざわりだったのだろう。
- ポストに派兵反対のビラを入れただけの非常に単純な事実に対して3人を逮捕し、75日間も拘留(この時点で良心の囚人となる)、起訴して4年にわたる裁判が行われた。被告となった3人を深刻な状態に陥れ、またこの裁判により裁判所、検察に多大な時間とエネルギーをつぎ込ませ税金を使っている。そもそも最初からそんな必要は少しもない事件だったのではないのか。
私達は今後どのような市民活動をしていけば良いのだろうか。今回のような判決をさせないためにはこの判決に負けることなく自分たちの声を上げ続けることが大事だ。
多勢の市民がそうなれば裁判所も変わっていくだろう。今後の社会の行方は私達一人一人の姿勢の如何にかかっているのだ。