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随想13 樺太(サハリン)残留韓国・朝鮮人
および樺太裁判について
2005-5-6

 ’83-5/5、AI31Gの催しとして、サハリン朝鮮人問題を扱った映画『忘却の海峡』(松山善三監修、中日映画社製作)35mm、を樺太抑留韓国人帰還請求訴訟実行委員会から借り、また、講演は、当時、AI31Gにいたサハリン問題に詳しい高戸竹二牧師に頼み、横浜駅西口の当時、県政会館(現在、かながわ県民センター)のホールで自主上映した。参加者は、30名程度だった。

 当時、ソ連、北朝鮮、韓国、日本と冷戦構造の中で、サハリン残留の朝鮮人の肉親との再会実現は、難しい問題で、また、この問題を継続して取上げる日本の国会議員はいなかった様に記憶している。なぜなら、票に結びつかないから。敗戦直後、朝鮮半島から強制連行された人々は、サンフランシスコ講和を急ぐ日本に結果として切捨てられ、非日本人として無国籍のままサハリンに抑留された。なぜ、罪なき人々はこの世で、ささやかな望みを達成させることができないのか?決して適わぬ望みに失望して自殺した人々もいた。深い非条理を当時感じていた。その後、この問題に関与できなかった。

 ‘82/6、樺太裁判記録『忘却の歳月』、165p、樺太裁判実行委員会:日本の戦争責任や敗戦時の誤った戦後処理、韓国・朝鮮人に対する人種差別意識などを鋭く告発。

 その後、’84-10/15、新聞記事によれば、「樺太抑留韓国人帰還請求訴訟実行委員会は、世話人の三原令さんの病気および8/8、超党派の賛成採択により、9/30をもって11年間の活動を終わり解散した」と。

 ’86-9/1、高戸竹二牧師は北海道宗谷岬を出発し、同12/26、国会議事堂まで1500kmを行脚し、「日本が強制連行したために起きた問題。離散家族の里帰りをソ連と韓国の懸け橋役を求める中曽根首相宛はがきを市民に配りつつ訴えた」由。新聞記事によれば、神学生のころ、朝鮮人の友人がいた由。

 ’91/12、ソ連邦が消滅。

 ’97-8/3、NHK-TVスペシャル「集団帰国の夏サハリン」韓国・朝鮮人の選択を見た。
 サハリン残留を余儀なくされた韓国・朝鮮人の内、韓国への集団永住帰国とその後の経過を追った番組だった。子供と別れ、離婚までして永住帰国しても親類に受け入れて貰えない人、また、再び帰ろうにもサハリンの市民権を失ってしまった人、再び戻れた人、個人の努力では決して解決できそうにない国境、体制、世代の間をいつまでも引き裂かれて生きざるを得ない人々を生み出していると感じた。

以 上

AI31G 渡辺

(注)これらのページは会員個人の責任で掲載しています。
アムネスティの主張とは必ずしも一致していないことがあります。


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