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イラク
本当の平和が、ほしい |
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ひとりひとりの
平和への思いを 世界で実現する ために |
イラク首相宛のアピールはがきと |
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| 忘れられたイラクの人びと |
会員の皆さまへ |
| 翻弄されるイラクの人権 -誰が、その人たちを気にかけているのでしょうか |
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| 西側の政治指導者は、自分たちの軍事行動を正当化するために、いつになく執拗にイラクの人権状況のことを語っています。人権問題をこのように選択的に取り上げることは、人権活動家の努力を、冷淡に、しかも計算づくでもてあそんでいることに他なりません。 同じ政府が、湾岸戦争前にはイラクの広範な人権侵害に関するアムネステイの報告書を黙殺しました。この事実を私たちは忘れてはなりません。1988年に、ハラプチャで武装していない何千人もの民間のクルド人が殺された時にも、彼らは沈黙を決め込んでいました。 イラクの人びとは、組織的拷問、超法規的処刑、「失踪」、悪意的拘禁、そして不公正な裁判など、自らの政府の手によってずっと苦しめられているだけでなく、1991年以降は、国連の経済制裁措置の矢面にも立たされてきました。経済制裁は食料、健康、教育に対する権利を脅かし、さまざまな状況下で数十万人の命が危険にさらされてきました。その多くは子どもたちです。 イラク政府が経済制裁措置を故意に操作し、宣伝目的に活用しているという主張があります。しかし、だからといって、イラクの人びとに重大な人権侵害をもたらすような制裁規定を解除するよう求める声があったにもかかわらず、耳を貸してこなかった国連安保理の責任が帳消しになるわけではありません。 |
国連安保理が軍事力行使について審議するのであれば、軍事行動がもたらす安全保障上の成り行きや、政治的帰結ばかりでなく、戦争が必ずもたらす人権や人道上の犠牲のことを考慮しなければなりません。空爆や地上戦で殺される民間人、制裁措置のため生きるのに最低限必要な物資や人道援助を得ることがさらに難しくなって、死んでいく子どもたちのことを。 しかし、イラクの人びとの生命や安全、保護については、審議から抜け落ちています。戦争後に待ち構えている彼らの運命についてもそうです。まして近隣諸国の人びとの人権に及ぼす連鎖的な影響については、まったく議論されていません。 国連安保理は、国際平和と安全保障の担い手として、国連憲章にもとづいて、まず平和的な手段による解決を追求する責任を負っています。国連安保理は、その構成国のなかで最も影響力のある国に、武力は最終的な手段であり、その行使は国際法に完全に準拠した上でなされなければならないということを、再認識させなければなりません。そして、他の選択が残されていないはど切迫した危機に、本当にわれわれが直面しているのかどうか問わなければなりません。 国連は、平和を維持し人権を促進するために創設されたのであって、戦争を推進するために創設されたのではないということを、安保理は決して忘れてはなりません。 |
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アムネステイ・インターナショナル 国際事務総長
アイリーン・カーン |
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アムネステイの活動
常に、イラクの人権について気にかけてきました
1991年、湾岸戦争停戦以降のアムネステイの活動です。アムネステイは、以前よりイラクの人びとの人権侵害の情報を地道に様ざまな角度から収集し、世界中に配信し続けています。さらに、その情報を基に、イラク政府のみならずクルド人武装勢力や国連などに、人権状況を改善するように働きかけてきました。
| イラクおよび国際情勢 | アムネステイの活動 | |
| 1991 | 4月 湾岸戦争停戦。国連による監視団の派遁と経済制裁の継続が決定。 | 3月 イラクからの難民の受け入れを近隣諸国に求める。 |
| 7月 イラクの人権侵害の被害者から聞き取り調査を実施、500件の事例を報告。 | ||
| 8月 国連に対し、イラク国内の人権侵害の調査を要求。 | ||
| 1992 |
1月 「イラクに関する国連特別報告者」がイラクを訪問し、調査結果を公表。
| 2月 国連に人権監視活動を行なうよう呼びかける。(12月 国連総会はこの提案を採択。だが、結局実施されず。) |
| 5、12月 イラク北部のクルド人居住地域を訪れ、クルド人指導者らと現地での人権侵害について協議。 | ||
| 9、11月 イラク南部での起法規的処刑事件に関して声明を発表。 | ||
| 1993 | 4月 イラク国内の106の「失踪」事件について報告書を発行。 | |
| 10月 クルド人居住地域でのクルド人勢力による人権侵害について、現地指導者たらと協議。同月に起きた恣意的な殺害事件を取り上げる | ||
| 1994 |
4月、7月 イラク諜報機関のメンバーによる、反政府派やジャーナリストらを狙った超法規的殺害事件が起きる。
| 2、7月 クルド人居住地域に調査団を派遣し、現地の状況を調査。 |
| 5月 クルド人居住地域でのクルド人勢力による人権侵害が激化。大量の民間人が犠牲となる。 | ||
| 1995 | 2月 クルド人居住地域での人権侵害の報告書を発行。 | |
| 1996 |
「食糧のための石油」輸出開始。一定の石油を輪出し、最懐限必要な食糧や医療品の購入を賄う。
| 4月 イラク当局による四肢切断刑などの残虐な刑罰や、死刑の適用範囲の拡大を憂慮する報告書を発行。イラク政府に拷問等禁止条約の批准を訴える |
| 1997 |
10月 経済制裁によってイラクの民間人、特に子どもたちか死亡していると、自由権規約委員会が報告。
| 10月 「失踪」者に関する報告書を発行。 |
| 1998 | 4月 イラク政府にクルド人家族の追放を止めるように要請し、あわせて追放された家族の帰還も要求。 | |
| 11、12月 米国、英国、イラクに対し、空爆の際、民間人の生命を守るよう訴える。(翌年には、会員によるハガキキャンペーンを展開) | ||
| 1999 |
経済制裁のために、5歳未満の子どもたち50万人が死亡(UNICEFの報告)。国連の人道問題調査委員会は、経済制裁を緩和するよう提案。
| 11月 イラクの人びとへの緯経済制裁の影響や、イラク政府による人権侵重などを総括的にまとめた報告書を発行 |
| 2000 | 年間を通じ、クルド人居住地士或で、クルド人組繊同士の戦闘か激化し、多くの民間人か巻き込まれて死亡。 2月 経済制裁か弓lき起こした大規模な人道的危機状況に対する抗議の意味を込めて、国達のイラク人道支援フログラム長とイラク世田食料計画事務所長が辞任。 | 引き続さ、米英による空爆により多数の被害者か出ていることを非難 |
| 2001 | 9月 米国同時多発攻撃事件。 | 1月 米英の空爆による民間人の被害を調査するため、調査団の入国をイラク政府に要請。(3月 イラク政府は、理由を提示せず拒否。) |