環境税と市民運動
    2004.09 渡辺 博明

     今年の夏の暑さは異常でした。世界的規模の異常現象も観測され、地球的規模の温暖化の現れと見なす人もおります。環境税の導入が検討され始めています。ご多分に漏れず、総論賛成、各論反対の議論が巻き起こりつつあります。総額をいくらに、税率をいくらに、対象は、ガソリンにか、二酸化炭素換算炭素量にか、税収を環境対策等特定目的に使うか、一部一般財源に繰り入れるか、減税で国民に還付するか、企業優遇措置を導入するかーーーいろいろな問題が議題にあがっています。意識するか、無意識にか、いずれにせよ環境破壊をつづけ、大量生産、大量消費の豊かさを享受してきた私達、国民市民の自律的、抑制的判断の質が問われることになります。税を国民のどこから集め、何処に配分するか、その社会活動利害調整の枠組みの規定が政治であり、その執行を行政が担う。こうしたシステムが客観的にみて民主的であるか否かが、国民・市民の政治意識とその判断のレベルを反映することになります。

     環境税問題は、環境問題を考える私達藤沢の市民運動のあり方に一石を投じています。結論からいえば、自律的な市民参加の市民運動として、主体的に目的を明確に具体的に設定し、自ら企画し、実現可能な政策提案、更にその実現を期すものでなければならない。

     「ごみ収集の有料化で年間10億から20億の収入を確保し、これを環境に目的を特定した分野の財源とする。10年で100億から200億に達する財源を何処に使うのか。この用途について市民参加で考え、如何に藤沢市政で実現するか」このようなことを議論してみてはいかがでしょうか。

     市街地緑地確保で10000坪確保するか、地価が安いところなら、2万から5万坪の公有地が確保できる。環境に限らず、教育・子育て問題、福祉問題でも、都市計画・開発問題、産業(商工農業)構造問題でも、今何が必要か、目標は、政策として対策にいくらかかるか、市政レベルで何ができるか、その財源の確保は、等それぞれ10億円単位で考えて観ましょう。

     現在の国・地方の政治的閉塞状態を打破するには、政治的要求を掲げる市民運動を支える一人一人の善意が、政策・財政に裏付けされて、全体として一つの政治的力にならなければならない。これは、市民運動のリーダーが、等しく常々考えなければならないことだと思います。屡々指摘されるように、多くの日本人は怒らない。権利を自粛する。和をもって尊しとし、議論しない。周囲を気にせずに正義・信念に基づき自己主張するに足る確固たる自律的自己をもっていない。又、そういう教育も受けていない。こうした困った状況を乗り越え、市民運動が結束し、政治という山を動かす朝はいつ明けることか。



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