11月16日、藤沢産業センターで、荏原ダイオキシン問題市民対策会議主催による市民集会が開かれた。約40人が参加し、荏原ダイオキシン事件のまとめと、市内の他のダイオキシン汚染の報告、そしてこれからの方向が活発に論議された。
第1部
荏原ダイオキシン流出事件って何だったの? では、事件から2年8ヶ月の経過報告と今後の課題、そして改善工事完了に伴う市民説明会要請に対する県、市の回答報告(市議会へは、説明と立ち入り検査が実現したが、市民説明は情報開示のみで、この日の出席要請にも応じない等
第2部
藤沢市のダイオキシン汚染はほかにもあるの? で、葛原最終処分場周辺の汚染と健康被害の報告が「藤沢市西北部の環境と生命を守る会」の大貫紀生氏から、エネルギーセンター建設計画について「響、響(ゆらゆら)」の鹿島佐貢子氏から、ダイオキシン条例案について「藤沢からダイオキシン汚染をなくす条例研究会」の渡辺博明氏から報告があり、県下の廃炉の安全管理と解体問題について、神奈川労災職業病センターの資料が配られた。
第3部
ダイオキシン問題解決に向かって、では多くの発言があり、御所見汚染問題、署名をどうしていくか、市民へのPR,解説、広報の大切さ、市議、市長選挙について、今後のすすめ方の形などが話し合われた。最後に西北部も含め、市内全域のダイオキシン問題を解決するための連絡会が提案された。
同日のアンケートでは、回収23人のうち、対策工事完了説明を「市は、要請がなくても、市広報などにわかりやすく説明するべきである。」が91%を占め、炉解体問題で「市長、事業者、周辺住民・団体の3者で公害防止協定を締結すべきである」が96%、また「市は住民の健康異常について、相談にのり、健康回復と原因究明対策を講じるべき」も96%を占めた。
経過報告は次の通り。
荏原製作所による引地川へのダイオキシン流出事件
経過報告
|
1.事件発覚
環境庁の98年全国調査の結果、高濃度のダイオキシンが引地川に検出され、市独自の調査の結果、2000年3月に、基準の8100倍ものダイオキシンを流出している、発生源の荏原製作所藤沢事業所を突き止めた。
原因は廃棄物焼却炉(流動床炉)の排ガス洗浄装置であるスクラバー排水が雨水管に誤接続され、未処理のまま7年5ヶ月間、引地川へ放流されていたと発表された。汚水管理のずさんさ、猛毒ダイオキシンへの安易な態度は糾弾されなければならない。県、市の報告によると、敷地内には他に、ガス化溶融炉、化学分析棟、総合排水処理場など数箇所のダイオキシン発生源がある。
2.その後の「事実上安全宣言」と血液調査
焼却炉は直ちに停止され、ダイオキシン調査が総合的におこなわれ、その結果、ばいじんや周辺土壌、工場屋根などからも高濃度のダイオキシンが検出された。ダイオキシン大量発生のメカニズムなど事件の真相はいまだに十分明らかではなく、県民要望で解体時に真相調査をする予定である。
2000年5月末、荏原製作所に対し、「引地川水系ダイオキシン汚染事件対策連絡調整会議」(国、県、市)は、1ヶ月の指名停止処分の行政措置と、4項目の改善勧告(排水処理施設の改善、雨水汚水配管分離、排水の監視、管理体制の強化)をおこなった。さらに、「周辺地域での日常生活などや、魚介類の摂取によって、健康に影響が生じる恐れはないものと判断」し、マスコミは「事実上の安全宣言」と報道した。「ただし引地川の魚類は高濃度のため、食用に供さないことが望ましい」とある。
早急な「安全宣言」は夏場を迎えての海水浴場対策とも言えるもので、市民の不安は消えず、血液・母乳のダイオキシン類濃度調査を市民は陳情、市は、不安解消と基礎調査のため、12月に、血液・母乳中ダイオキシン類濃度調査を実施した。結果は国内の平均レベルであった。しかしその1年後に、国際認証を持つ検査機関でクロスチェックを市民が実施した結果、検査方法の違いもあり、約2倍の高い結果が出た。血液・母乳の継続調査をする必要がある。
市は2002年6月、荏原製作所に血液・母乳中ダイオキシン類検査費やダイオキシン分析費など実費弁償5894万円を請求し、荏原製作所は弁償をした。漁業組合やサーファーなど直接被害を受けた団体、個人にも補償が行われたと聞く。
3.改善工事完了でダイオキシン対策は万全か?
荏原製作所は改善工事を2001年9月に完了、県、市は同年12月に立ち入り検査をし、改善完了を確認した。市民へは2002年3月に、市情報センターに報告書が公開されたが、事故炉関連の情報が含まれていない。事故炉周辺の安全管理は2002年1月の県通知による自主点検を指導しているのみで、事故炉停止半年後に炉周辺溜水から11ピコグラムのダイオキシンが検出されているにかかわらず、県はその後調査をしていない。
2000年1月施行されたダイオキシン類対策特別措置法は、2002年12月の排ガス規制完全実施に伴い、市内には約30ヶ所の廃炉が出現していることからも、ダイオキシン調査を含めた廃炉管理強化が必要である。
事故炉は解体の予定だが、解体計画は発表されていない。炉内は高濃度に汚染されていると思われるので、解体は非常に危険であると予想される。
4.排出総量と汚染
1992年11月から2000年3月まで、7年5ヶ月間に、事故炉のダイオキシン排出総量は、水系に3グラム(g-TEQ、以下省略)大気へ1.4グラム、煤塵に48グラムで計52.4グラムと発表された。水系へは当時の一般廃棄物焼却施設の年間全国排出総量(インベントリ)の188年分に相当、その後インベントリが更新された程である。
|
2000年3月事件発覚当時
|
水質以外はpg_TEQ/g
|
| 事故炉のスクラバー排水の水質 |
98000pg-TEQ/L |
| ばいじん |
130000_250000 |
| ピット汚泥(雨水ます) |
300000 |
| 工場内周辺土壌 |
15_230 |
| 工場屋根の堆積物 |
150_240 |
事故炉停止後も、引地川は河口(鵠沼橋)で、水質が環境基準の70倍、底質も環境基準(後の2002年9月施行150pg-TEQ/g)を大きく超える250ピコグラムを記録した。しかし放置されたまま、半年後の10月には底質最高12ピコグラムと下がり、ほとんど海に流出し、海を汚染した。
引地川の魚は最高値30ピコグラムで全国最悪、江ノ島沖のタチウオ(8.1)は1日に大人が切り身を4分の_切れ(約30グラム)食べると許容量を超えてしまうほど汚染されている。相模湾央の底質は他より異常に高濃度が続いている。
引地川河口のムラサキイガイは他より高濃度で、サーファーの団体他がおこなった全国調査では全国最悪の結果となり、荏原ダイオキシンの影響は今後食物連鎖によって濃縮され、さらに甚大なものになる恐れがある。
5.市民対策会議の動き
2000年4月、市民団体8団体(他にオブザーバー3団体)で「荏原ダイオキシン問題市民対策会議」が発足し、法律部会、焼却炉部会、環境影響部会の3部会で活動、2000年6月、11月と、2回のダイオキシン問題市民集会を開催して、真相究明と問題提起をした。また国、県、市および荏原製作所へ、多くの市民要望を提出し、次のような成果をあげた。_血液・母乳中ダイオキシン類濃度調査、
- 真相の一部解明
- 炉の安全解体
- 改善工事完了問題で市連合審査会と現地視察の実現
- また底泥除去要望が底質基準設定へ動いた
などである。
2001年11月、中間のまとめを行い、2002年3月に声明を出し、今後の課題5項目
- 改善工事完了報告書に関する行政の評価結果報告説明および荏原の責任問題を含めた説明
- 真相究明と事故炉安全解体
- 川,海の汚染底泥の除去
- 生態系へのダイオキシン影響調査
- 市民及び荏原従業員ダイオキシン調査
に取り組んでいる。
2001年4月には、市民対策会議の提案で「藤沢からダイオキシン汚染をなくす条例研究会」が発足し、研究活動をし、条例案を作成している。
|