おわりに
憲法に掲げられた「教育を受ける権利」を前提とするならば、こどもの「教育を受ける権利」の充足と、その内容の文化的中立(市民的自由・・・そこには教師個人としての思想・良心の自由と、権利主体者への直接責任の自覚として「教育ないし教授する事柄が真に公共性を担うに足るもの」かどうかを教師自らが問うこと)こそが命題(教師の職務の公共性=全体の奉仕者)なのであり、支配的な産業構造にとって役に立つ教育や、政治に対する顧客化とその正当化過程への公的動員などではない。
こども本位以外の、他の目的のために教育を手段とすることを、憲法は容認していないのである(参照;奥平康弘/憲法)。
2004・03・20
(原文の一部省略は「自由の風」HPメール受付担当が著者の了解を得て行なったものです。)