「憲法訴訟」の現代的意義と展望--長沼ナイキ訴訟からハーグ平和市民会議まで 3

1999年9月18日(土)、会場:シニアワアーク東京

◎百里訴訟
  [事実の概要]
  政府・防衛当局は、第一次防衛力整備計画の一環として茨城県
  東茨城郡小川町百里原に航空自衛隊の基地を建設することを決
  定し、1956年5月、基地予定地内にある民有地の買収を開始した。
  地元では百里基地反対期成同盟が結成され、激しい反対運動が
  展開された。
  ○第一段階(売主・藤岡浩原告と買主・石塚力被告との土地売買契約)
  1.宅地については、所有権登記。
  2.原野・畑については、知事の許可を停止条件とする所有権移
  転の仮登記を行った。1958.年5月19日。
  3.その時点で、内金110万円の授受がなされた。
  ○第二段階(残金の支払時期をめぐってトラブル発生)
  1.売主・藤岡原告は、仮登記完了日に残額代金を請求した。
  2.買主・石塚被告は、本登記完了の日と考え、支払いはなされな
  かった。
  ○第三段階(売主は契約を解除、防衛庁と同じ土地の売買契約)
  1.残金未払いを理由に、契約解除。
  2.防衛庁と売渡し契約。1958年6月25日、
  1)畑・原野についても所有権移転登記を行う。
  2)同年6月30日、旧買主側より残金の支払いの申し込みを拒否。
  ○第四段階(提訴と反訴)
  1藤岡と国は、石塚を相手に本訴の提訴。
  1)所有権移転登記 2)仮登記の抹消 3)国の所有権の確認。
  2、被告側は、藤岡と国との売買契約に対して。
  1)違憲な自衛隊の基地建設のためのものであるので、公序良

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  俗に違反し無効。
  2)憲法98条の「国務に関する行為」として第9条違反となると
  主張。
  ※以上の経緯で、本件訴訟は、自衛隊の合憲性を争う裁判となっ
  た。

  休憩室
  ミニミニ歴史  「提訴の年」(第一次・第二次岸内閣)
  1958. 1.31  米国、初の人工衛星打上げ成功。
  3.27  ソ連、ブルガーニン首相辞任、後任フルシ
  チョフ。
  3.28  岸首相、衆議院で在日米軍基地への攻撃は
  日本への侵略と答弁。
  3.31  ソ連、核実験一方的停止宣言。
  5.12  レバノン内戦始まる。⇒7.15米海兵隊レバ
  ノン上陸。
  8.23  沖縄の通貨、軍票からドルに切替え。
  8.27  総評、勤評で労働者子弟の登校拒否指示
  ⇒9.5小林委員長逮捕。
  9.12  藤山・ダレス、安保条約改定合意の声明。
  9.19  アルジェリア臨時政府樹立。
  10.8  政府、警察官職務執行法改正案を国会に提
  出。⇒13.社会党・総評など、警職法改悪反
  対国民会議結成。
  11.27  宮内庁長官、皇室会議での皇太子明仁親王
  と正田美智子の婚約決定を発表。
  12.1   1万円札発行
  12.23  東京タワー完工式。

  ◇水戸地裁判決⇒1977.2.17、原告・国側勝訴。被告控訴。
  く残額代金支払いの時期〉
  1.仮登記完了と同時に支払う旨の約定がなされたことが肯定で
  きる。
  2.原告の契約解除、新たに国との間に売買契約を締結した点の、
  信義則違反、権利乱用等の主張は成り立たない。

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  く憲法第九条の解釈>
  1.同上二項の「前条の目的」とは、
  「一項全体の趣旨を受けて侵略戦争と侵略的な武力による威
  嚇ないしその行使に供しうる一切の戦力の保持を禁止したも
  のと解するのが相当である」
  2.同上二項後段の「交戦権」については、
  「『戦争をなす権利』と解する余地は存在しないから、国
  際法上国が交戦国として認められている各種の権利であると
  いわざるをえない」
  3.「以上、要するに、わが国が、外部から武力攻撃を受けた場
  合に、自営のため必要な限度においてこれを阻止し排除する
  ため自衛権を行使することおよびこの自衛権行使のため有効
  適切な防衛措置を予め組織、整備することは、憲法前文、第
  九条に違反するものではない」
  く憲法第九条と私法上の行為〉
  1.憲法第九条は、「国家統治体制の指標を定めた規範」であり
  「これと法域を異にする私法上の行為を直接規律しその効力
  を決するものではない」
  2.憲法第九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」とは、
  「少なくとも国権の作用ないし公権力作用と関係をもつ個別
  具体的な公法上の行為を指すものと解すべきであって、--本
  件土地売買契約のごとき私法上の行為まで及ぷものでない」
  3.憲法第八一条にいう「処分」も「前示『国務に関するその他
  の行為』に照応するものであって、個別的、具体的な法規範
  を定立する国家作用を指すものと解すべきであり、--私法上
  の行為を含むものではない」
  く統治行為〉
  1.「直接国家統治の基本に触れる高度に政治性のある国家行為
  は、たとえ法律上の訴争となりこれに対する法的判断が法律
  上可能である場合においても、さような国家行為は、政治責
  任の担い手でない裁判所の訴訟手続きによって解決されるべ
  きでなく、事柄の性上、--内閣または国会の権限に保留さ
  れ、最終的には国民の批判と監視のもとに解決されるのを適
  当とする」
  2.したがって、「(その種の)国家行為が違憲であるかどうか

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  の法的判断は、具体的事件についての法保障的機能を果たす
  べき使命を有する司法裁判所の審査には、原則として親しま
  ない性質のものであり、したがって一見極めて明白に違憲無
  効であると認められない限りは、司法裁判所の審査権の範囲
  に属しないものというべきである」
  3.1958年当時の自衛隊は「憲法第九条二項にいう『戦力』すな
  わち侵略戦争遂行能力を有する人的、物的組織体に該当する
  ことが、一見明白であると断ずることはできない」
  く平和的生存権〉
  憲法前文第二段にいう「平和のうちに生存する種利」は、
  「その内容が抽象的なものであって具体的、個利的に定立され
  たところの裁判規範と認めることはできないから、これを根拠
  として平和的生存権なる権利を認めることはできない」

  休廷タイム
  ミニミニ歴史  「判決の年」(福田赴夫内閣)
  1977. 5.15  沖縄地籍明確化法案審議中、公用地暫定使用
  法時間切れ、基地の一部不正使用状態となる。
  7.13  米上院、中性子爆弾製造承認。
  7.23  文部省、小学校の新指導要領で「君が代」を
  国家と規定。
  8.3  原水爆禁止世界大会、14年ぶり統一して開催。
  9.26  田英夫ら、社会党第41回臨時大会で離党。
  9.27  横浜市線区で米軍のファントムジェット機墜
  落、住民の死亡2、重傷7。
  12.25  チャップリン没。

  ◇東京高裁判決⇒1981.7.7 控訴棄却。控訴人は上告。
  く売買代金の支払時期>
  原審の判決が妥当。
  く憲法九条等と私法上の行為〉
  1.民法九○条にいう公序良俗に違反するといい得るためには、
  1)その人権侵害が侵害の主体や侵害される人権の種類、性質、
  侵害の程度等当該事案の性質から見て、社会の存立、発展
  を脅かす反社会的な行為であること。

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  2)そのことが、単に一党・一派の信念や倫理観に反するとい
  うだけでは足らず、その時代の社会一般の認識として確立
  されていて、当事者の意思に反してかかる法律行為の効力
  を否認することが当然であると一般に認容されるようなも
  のでなければならない。
  2.憲法第九条の基調とする平和主義の理念そのものについて、
  1)相容れない世界観や政治イデオロギーの対立抗争がみられ
  る以上、憲法九条の規定に関して国民の間に客観的・一義
  的な意思の醸成されることを望むのは、およそ不可能に近
  い。
  2)かりに憲法九条は自衛のための戦力の保持まで禁止したも
  のであるとする見解が「憲法九条に関する唯一の正当な解
  釈であるとしても、一自衛隊がその存立を否定されるので
  なければ社会の存立、発展を脅かずに至るほど反社会的、
  反道徳的であることについて、現段階はもとより、--昭和
  三十三年当時においても、それが一党・一派の認識にすぎ
  ないとまではいえないとしても、少なくとも社会一般の認
  識として確立されていたものといえないことは、--明らか
  である。
  3.憲法九八条にいう「国務に関するその他の行為」について、
  1)憲法の最高法規性の秩序のもとに置かれて、その効力が問
  疑されるに足るだけの意味をもつ行為でなければならない。
  2)国家公権力の行使と係わり合いがなく、国が私人と対等の
  立場に立って行った本件土地取得行為のごときものがこれ
  に含まれないことは、明らかである。
  く平和的生存権〉
  1.それを独立の権利と呼ぶかどうかは別。
  2.あらゆる基本的人権の根底の存在する最も基礎的な条件であ
  って、憲法の基本原理である基本的人権尊重主義の徹底化を
  期するためには「平和的生存権」が現実の社会生活のうえに
  実現されなければならないことは明らか。
  3.しかし、「平和的生存権」をもって、個々の国民が国に対し
  て戦争や戦争準備行為の中止等の具体的措置を請求し得るそ
  れ自体独立の権利であるとか、具体的訴訟における違憲性の
  判断基準に成り得るものと解することは許されない。

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  4.統治の面において平和的理念の尊重が要請されることを意味
  するにとどまるものであり、「本件土地取得行為」の「平和
  主義」ないし「平和的生存権」違反をいう控訴人等の主張は、
  その理由がない。

  休廷タイム
  ミニミニ歴史  「判決の年」(鈴木善幸内閣)
  1981.  2.11  市川房枝没。(87)
  5.17  ライシャワー元駐日大使「核持ちこみ」に関
  する日米口頭了解つき発言⇒18.政府、口頭
  了解を否定。
  6.7  イスラエル空軍、イラク原子炉空爆。
  7.9  文部省、高校新教科書「現代社会」の検定で、
  自衛隊の合法性明記要求など明らかとなる。
  9.7  竹入公明党委員長、自衛隊合憲の意向を表明。
  12.14  イスラエル、ゴラン高原を併合。

  ◇最高裁判決(1989.6.20)
  く憲法九八条と私法上の行為〉
  1.同条項にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条項に
  列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、
  言い換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為
  を意味する。
  2.国の行為であっても、私人と対等の立場で行う国の行為は、
  前記の法規範の定立を伴わないから憲法九八条一項にいう
  「国務に関するその他の行為」に該当しないものと解すべき
  である。
  く憲法九条と私法上の行為〉
  1.憲法九条は、その憲法規範として有する性格上、私法上の行
  為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人
  権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるもの
  ではないと解するのが相当である。
  2.--国が行政の主体としてでなく私人と対等の立場に立って、
  私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約が
  その成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動

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  たる行為となんら変わりがないといえるような特設の事情が
  ない限り、憲法九条の直接適用を受けず、私人間の利害関係
  の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないも
  のと解するのが相当である。
  3.憲法九条の宣明する国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保
  持など国家の統冶活動に関する規範は、私法的な価値秩序と
  は本来関係のない優れて公的な性格を有する規範である。
  4.故に、私法的な価値秩序において、前記規範がそのままの内
  容で民法九○条にいう「公の秩序」の内容を形成し、それに
  反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営む
  ということはない。
  5.この規範は、私法的な価値秩序のもとで確立された私的自治
  の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範
  によって相対化され、民法九0条にいう「公の秩序」の内容
  の一部を形成するのであり、したがって私法的な価値秩序の
  もとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為である
  との認識が、社会の一般的な観念として確立しているか否か
  が、私法上の行為の効力の有無を判断する基準になるものと
  いうべきである。
  6.自衛隊は、--法律に基づいて設置された組織である。
  l)本件売買契約が締結された昭和三十三年当時、私法的な価
  値秩序のもとにおいては、自衛隊のために国と個人との間
  で、売買契約その他の私法上の契約を締結することは、社
  会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社
  会の一般的な観念として確立していたということはできな
  い。
  2)自衛隊の基地建設を目的ないし動機として締結された本件
  売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定される
  ような行為であったとはいえない。
  3)上告人らが平和主義ないし平和的な生存権として主張する
  平和とは理念ないし目的としての抽象的観念であるから、
  憲法九条をはなれてこれとは別に、民法九〇条にいう「公
  の秩序の内容の一部を形成することはなく、したがって私
  法上の行為の効力の判断基準とはならないものというべき
  である。

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  *民法、九○条[公序良俗違反]
  「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律
  行為ハ無効トスル」
  ※参考文献
  『戦争放棄と平和的生存権』  深瀬忠一著  岩波書店
  『国際政治経済辞典』川田 侃・大島英樹編  東京書籍
  『憲法と平和主義』 山内敏弘・太田一男著  法律文化社
  新版『日本史年表』    歴史学研究会編  岩波書店
  (『児島惟謙』  楠  清一郎著  中公新書)

  
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