知らなかったとは言わせない
「三国人」という言葉の意味
(小説)

「というのは、公安で昨日一つ聞き込みがあった。川崎の南部周辺、つまり沿岸の工場地帯の一つ手前の国道周辺にある北系の第三国人部落で、来月十日のデモに三国人同盟が参加する計画がある。それはこのところ毎度のことだが、あそこにいる幹部連中の過激派の、朴鐘権という男と仲間数人が、当日、別派の決死隊をつのっている、という情報が入った。さしたのは中に紛れ込んでいる南系のスパイだが、当人も応募させて見たが、まだ計画の詳しいことはわからない。しかし、もれ聞いたところ、羽田の空港にいくようだ。しかし当日、彼らが敵対関係の要人の出入りは羽田には今のところない。そんな少人数で何をやる気か知らんが、目的地はとにかく羽田らしい。押収したあのメモの中にあった、羽田タワーと、その下の左核派、更にその下にあった、国、連盟、というのは、彼ら第三国人連盟のことではないかと思うんだが」
        --中略--
「韓国はどうだった。最近三十八度線はまた荒れ模様じゃないか」
「そうなんだ。北側が何であんな挑発をやるのかわからぬ。例のプエブロ事件の時には顕
(あき)らかにアメリカ側の諜報活動が目立っていたが、今年に入っての一連の摩擦はどれを見ても、北側のしかけたものでね。南側も緊張している。アメリカは沖縄の代替地をとうとう朝鮮に見つけずにパラオまで後退させたようだが、こうなって来ると極東情勢もまた不安で眼を離す訳にはいかんだろう。現に、第七艦隊の主力や、在日航空軍の主力は、朝鮮向けに移動したからな。こないだの済州島のゲリラ事件だって何を目的としたのか知らんが、ゲリラは北鮮の東海岸から出、対馬の海峡を通って島に上っているんだ。韓国側では、あれは三十八度線から気をそらせる作戦のひとつだといってはいるが、ああ事件がつづくと、国境で何が起こるか韓国側もアメリカも固唾を呑んで待っている状態だよ。」
「そうなると、陰で糸を引いているものがあるのだろうが、北鮮は、C国ともS国とも等距離に隔って来ていたが、今度のことで後にいるのはどっちなんだろう」
        --中略--
「いや、想像ではなく、推測だ。しかし、これだけのものが出そろった上ではもう確かだろう。東京にあるもう一台の発信装置を、彼らは羽田のコントロール・タワーにそなえようとしているのだ。羽田タワーとは観光塔じゃない。コントロール・タワーだよ。この発信の誘導で、やってきた飛行機たちを、無駄な時間なくさばいて目的通行、着陸させるためにはコントロール・タワーを、握らなければなるまい。少くとも、私ならそうするよ。東京の発信機は多分、今、タワー占拠の指令を受けた川崎の第三国人部落のどこかにあるだろう」

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『機密報告』より
 これは小説の一部です。“?言”を探すにあたって、小説の一部をあげつらうことはしたくありませんでしたが、これは、使い方が問題というより「この言葉の使われ方を知らなかった」とはいえない証拠として、また、今回どういう気持ちで使ったかの資料として、巻きずしさんから教えていただきました。
 197X年に、警備一課長の警視正や外事一課長の警視正が時の政治の低俗さにも穏やかならぬものを感じながら“北鮮”や“S国”の陰謀とそれに踊らされる軽薄な若者に対峙していく・・・。

(1973年 学芸書林:刊 短編集『機密報告』所収)