【2】、生活感覚としての「納税者基本権」

1)日本国憲法と公債不発行の原則

 戦後の財政法(昭和22年法律第34号)は、公債不発行の原則=健全財政主義と公債の日本銀行引き受けの禁止が強調されている(4条1項・5条)。このことに関して、北野弘久は「これらは、単に財政の技術的要請にのみ応えるものではない。赤字財政になると、きまって「平和への危機」が生じるという歴史的な反省をもとに、「平和憲法」を財政面からも担保する趣旨をも含めて規定されたものである。その意味においてこの財政法の原則は、日本国憲法9条等の具体的発展として高く評価評価されなければならないであろう。」と述べるとともに、伝統的な公法学者である杉村章三郎教授すらが、と断って、教授がこの条項について特記された記述を紹介している。少々長くなるが大切であるので、引用して後に歴史的背景に少し触れることにする。
第4条について
 「満州事変以降のわが国は軍備拡張(参考資料)から次第に戦 時体制に突入して国民に対しては増税政策を強行し、なお不足する場合歳入財源としては赤字公債や戦時公債を発行して愛国心に訴えこれが応募を半ば強制したものであった。財政法4条は赤字公債その他非生産的な、消費的歳出にあてるための公債(いわゆる喰い込み的借入金)発行を禁止するものであり、この条項が厳として存在する限りわが国は将来戦争をおこし、またはこれに参加することは財政上の見地からもできないであろう。なぜなら公債の発行による資金がなくて近代的戦争を遂行することは不可能と考えられるからである。この意味において財政法4条は憲法の基礎原理である平和主義を担保するものといえる。」『財政法 [初版]』杉村章三郎著 43p 有斐閣)
第5条について
「国債を公募、或いは国債引受銀行団の予約受付というような堅実な方法で消化することができず、新規発行分を全部日本銀行に引き受けさせ政府は金額に見合う現金を受け取って使用するという安易な方法をとったのは昭和7年満州事変に始まるといわれる。この方式は経済的にいえば国債を引き受ける資金が民間で貯蓄された資金でなく日本銀行の手で新たに増発された通貨に外ならぬという効果をもたらしし、法律的にいっても国債は政府や政府に対する貸付金が日本銀行券の発行の保証となることから(日銀法32条)、それだけ銀行券の発行を膨張させる危険が生じ、延いてはインフレ−ションをもたらす原因ともなる。太平洋戦争中には戦費の相当部分はこの方式により調達され国民経済を破綻に瀕せしめたのであった。以上の如き苦しい経験に鑑み、財政法第5条は 国債の日本銀行引き受けを全面的に禁止する原則を定めた--。」  (前掲 45・46p)

このページトップへ

参考資料 戦前・戦中の軍事費の推移 

年度
GNP
(A)億円
財政規模
(B) 百万円
直接軍事費
(C) 百万円
GNP比
(C/A) %
財政支出比
(C/B) %
 
1930
139
1,558
444
3.2
28.5
 
1931 125 1,477 461 3.7
31.2
*(191)
1932 130 1,950 702 5.4
36.0
*(772)
1933 143 2,255 854 6.0 37.9 *(839)
1934 157 2,163 952 6.1 44.0 *(830)
1935 167 2,206 1,043 6.3 47.3 *(761)
1936 178 2.282 1,089 6.1 47.7 *(685)
1937 234 4,742 3,278 140
69.1
 
1938 268 7,766 5,963 22.3
76.8
 
1939 33.1 8,803 6,468 19.5 73.5  
1940 394 10,983 70947 20.2 72.4
1941 449 16,543 12,503 27.9 75.6  
1942 544 24,406 18,837 34.6 77.2  
1943 638 38,001 29,829 46.8 78.5  
1944 745 86,160 73,515 98.7 85.3
1945 37,961 17,086 45.0   

(1)財政規模は一般会計と臨時軍事費との純計
(2)直接軍事費は、陸海軍事費、臨時軍事費および徴兵費の合計
(3)ファイナンス21巻1号(大蔵省・1985年4月号)による。
(4)1931〜36年の「*()」は国債新規起債額・単位百万円で(3)の資料とは別途資料『日本帝国統計年鑑』鈴木武雄「財政史」。

このページトップへ

2)財政法4条・5条の歴史的背景(高橋是清)。
遠い昔の軍事費と戦時国債の事例は、明治憲法下で時代が違うとと安心していられるだろうか?原告は、悪しき時代への回帰として多用される「いつか来た道」と言う言葉は嫌いである。歴史認識の多様な現代社会での説得力は非常に弱い、故に安易に用いるべきではないと思うのである。しかしである、今回のイラク派兵の実態から受ける精神的苦痛は、この使いたくない語彙を思い出させずにはいられない。
 1)の引用文の事実関係を歴史的に垣間見ることによって、財政法の4条・5条の意義を実感すると共に、納税者基本権の必要性とその発展の願いを訴えたい。
 農村の窮乏は1931年から32年にかけてますます深刻になった。とくに31年に冷害による未曾有の凶作に見舞われた東北・北海道は、同年末から32年にかけて飢饉におちいった。飢餓人口は45万人と言われた。32年に組閣した斉藤実総理は「時局匡救(キョウキュウ)の大任を尽くす」を言明し、施政方針演説で「現下の時局は世人が之を称するに非常時≠フ形容詞を以てしまする程重大であります。」との見解を示した。
 しかし、財源がなく農村匡救予算は大幅に切り詰められる。国家財政は満州事件費(満州事件・上海事件)で圧迫されていたからである。巨額な歳出をまかなうべき大蔵大臣は、若槻内閣から留任した高橋蔵相であった。高橋は、民政党内閣の非募集債方針をすて、赤字公債を発行することによって、これを支弁する方針をとった。32年度の国債新規起債額は7億7200万円(うち満州事件公債3億1000万円、歳入補填公債3億3800万円)に達した。
このような巨額の公債を消化するため、高橋蔵相は日本銀行の公債引受発行制度を創始し、あわせて日銀金利を引き下げ、日銀保障準備発行限度を拡大した(1億2000万⇒10億)。
 これはこの莫大な政府資金の散布と低金利政策によって、景気の回復をはかろうとするものであった。この軍需を中心とするインフレ−ション政策の効果と相まって、金輸出再禁止後、為替相場が惨落した結果、海外から見た日本の物価は非常な割安となり、輸出が促進され、生産は急速に増加した。日本経済は世界に先駆けて大恐慌の不況から脱出しはじめる。
 しかし、赤字公債の発行による矛盾が34年から35年にかけて、明確になってくる。高橋財政のもとで、景気は回復したが、その結果として資金の需要がふえ、公債の市中での消化がにぶり、日銀にストックされる公債がしだいに増加したのである。これ以上赤字公債を発行をつづければ、悪性インフレをひきおこすことが確実となった。岡田内閣の藤井真信蔵相は、35年度予算の編成にあたって、赤字公債の減少につとめ、ある程度それを実現(参考資料)したが、軍事費の増加を押さえることができないまま、病気で辞任する。
 34年11月に高橋が再び蔵相になるが、高橋自身ももはや財政を収支均衡させなければならないと決意し、36年度予算の編成について厳しい縮減方針で臨んだ。これに対して軍拡を要求する軍部は強く反発して予算復活要求をする。しかし、高橋蔵相は「予算も国民の所得に応じたものを作らねばならぬ。財政上の信用といふものは無形のものである。--唯国防のみに専念して、悪性インフレを惹き起こし、その信用を破壊するが如きことがあっては、国防も決して安固とはなりえない。」と、軍部を正面から批判した。軍部はこれを「軍部を誣(シ)うるの甚だしきもの」と猛然と反撃した。結局、双方の妥協により決裂、倒閣の危機派は回避されるが、数ヶ月の後「2・26事件」で高橋が暗殺されたことは周知の事実である。

このページトップへ

3)前防衛庁長官石破茂と「財政民主主義」
 イラク派兵当時の第65代防衛庁長官石破茂は近著(『国防』新潮社)でウソとホントをコネマゼて傍若無人な発言をしている。石破発言の一部を採録紹介すると共に、少々意見を述べて主張に加えたい。
 石破は「私は、[財政民主主義]が戦争回避に果たす役割が、非常に大きいと思っています。」「--限られた予算に中で軍事費をバランスよく確保していく上でも、果たす役割が大きいと思っています。しかし今の日本において、少なくとも軍事部門においては、財政民主主義が健全な形でワ−クしているとは思えません。戦車がいくらするか、戦闘機が一機いくらするか、ほとんどの人がしらないのです。野党はもちろん、与党でさえ、そんなことに関心を持っている者はごく少数です。[防衛費増大反対]という人も、中身をみていないし、バランスがとれているかもチェックしていないのです。」(前掲、29〜30p)と書いている。

▼イラク戦争に大義はあったのか?
「--国の数だけ正義があるというのが、国際社会での現実です。--どこから見ても隙の無い、“大義ある戦争”なんて、今まであったことがないのではないでしょうか。」「永遠の真理は《勝てば官軍》ということなのかもしれません。」
「《イラク攻撃は国際法違反だ》と言った国もあります。」「しかし国際法とは、一体、誰が解釈する権限を有しているのでしょうか?実は誰もいないのです。」「大量破壊兵器の有無が問題なのではなく、要するに国連決議をそれぞれの主権国家がどのように解釈するか、なのです。」
「戦闘地域」と「非戦闘地域」
「--《戦闘地域》とは、別に弾が飛び交っている地域とい う意味でなく、憲法9条で禁止されている《戦闘行為(国際紛争を解決する手段として、国または国に準じる組織が、織的計画的な武力の行使を行っている状態)》が行われているところなのです《国または国に準ずる組織》ですから、一部の暴徒やテロリストが暴れていても、それは《治安が悪い》状態であって、《戦闘地域》の定義から外れるのです。 

このページトップへ

4)「納税者基本権」と「公序良俗」
 通常の社会生活において、物事の善悪の判断を常識的、習慣法的、に不文律で判断して、それを公序良俗を規準にしていると思い込んでいた。しかし、すくなくとも公序良俗の語彙を不文律と限定解釈するのは誤りであることを最近になって知った。民法の90条は〔公序良俗違反〕「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス」と明文化されていることに気付いた。原告は、本件訴訟における「イラク自衛隊派遣」に租税を使用することは民法90条違反であると主張する。
 法律に上位法と下位法という用語があるらしきことは認識しているが、それが実定法として、どんな役割と権限なのかについては無知である。「違憲の事件」を「民法90条」を根拠に主張することは、軽蔑に値する行為なのかと不安である。しかし、原告の心理としては「公序良俗に違反する行為」というのが一番ピッタリする心境なのである。北野学説の如く日本国憲法下での租税は「福祉目的税」であると確信している。歴史的な人権宣言の時代(1789年)には、社会権という概念はなかった。だが、現代では社会権の充実がその国の価値を決めると言ても過言ではあるまい。
 本件訴訟の被告の行為は、分かりやすい比喩にするならば、「共同募金により集金した金員を広域指定暴力団へ供給し、募金方法は合法的であったのだから、募金者は文句をいう権利はない」と開き直っているに等しい。
 主権者としてこれほど明快な「納税者基本権」がなぜ否定されるのだろうか?
 原告は従来「悪法は法にあらず」と思っていた。しかし、憲法訴訟に参加するようになって考え方が変わった。恥ずかしながら、悪法でも破棄されない限り厳然たる束縛力がある、故に「悪法も法である」という単純なことに実感としては、気が付ずにいた。まさに馬齢を重ねてきたと言うべきであり、この実感はショックだった。
しかし、このショックで物事の本質から逃避しようとは思わない。現状打破について、司法上の限界克服について次回の準備書面で具体的に主張を展開したいと考えている。

おわりに

 本件「納税者基本権」にかかわる数字的細目については、後日、次回期日までに「納税者基本権」以外の主張の書証と共に、提出を予定しています。

 尚、今後については、

  1. 主張計画通りに次回「法の支配の回復と裁判所の責務」を提出します。
  2. 次回期日に書証(各準備書面に付随する証拠とその説明書)と証人申請1名を予定しています。
  3. 主張計画が終了した段階で、最終意見陳述書を書証として提出して、陳述を行いたい(次々回期日)と考えています。

 訴訟進行よろしくお願いいたします。

このページトップへ