【1】法論としての「納税者基本権」
1)現在の税法は明治憲法を踏襲
租税の法論は明治憲法の旧弊を脱することができずにいる。
日本国憲法のもとでも租税の徴収面と使途面とは法的に切断されて理解されてきて、納税者は租税の使途面のあり方については、法的になんらの権利を有しないと考えられてきた。
納税者は、法の格別の規定がない限り、自己の納付した税金の使い方について、司法的統制(judicil control)を加えることができないとされてきたわけである。これでは、いかに租税法学が租税の徴収面において納税者の人権保障のために精緻な法理論を構築したとしても、その納付した税金が納税者・国民の生活・人権を破壊するために使用された場合には、そのせっかくの法理論もほとんど無意味になってしまう。
2)納税者訴訟の「主観訴訟」と「民衆訴訟」
租税の使途面について日本国憲法は、従来被告=国が主張するように、果たして納税者に何の法的権利をも保障していないのであろうか? 北野弘久法学博士は「日本国憲法の財政に関する諸規定を、従来のドイツ法的視角からではなく、アメリカ法的な新たな視角から解明することによって、この面でも納税者の法的権利を抽出することが可能である--。」と述べている。(『納税者の権利』 北野弘久著 岩波新書 12p)
「アメリカでは、よく知られるよううに、納税者訴訟が主観訴訟として判例法上容認されてきた。」具体例では連邦段階の判決で、原告適格のために二つの要件の充足を要求している。
- 第一、連邦納税者は、連邦憲法1条8節の課税・支出条項のもとでの権限の行使(立法)についてのみ違憲を争うものでなければならない。納税者と当該立法との間に理論的連絡(logical nexusga)が必要である。
第二、連邦納税者は、問題としている議会の権限の行使(立法)が、議会の課税・支出権限の執行に課せられた特定的な憲法上の制約(spesific constitutional limitations)を超えるものであることを示さなければならない。原告のこれまでの平和違憲訴訟に適合させると
- 第一、議会の権限行使については、議会の制定した自衛隊関係法、それを前提とする毎年度の予算、納付した所得税額の一部が自衛隊関係費にも支出されることを前提とする所得税法等がある。原告らとこれらの諸法律との間に論理的連絡があることはいうまでもない。
第二、上記の法律が憲法9条、19条、20条、30条、99条等の特定的な憲法上の制約を超えるものであることを原告等は説得的に論証している。民衆訴訟であれば、訴訟提起を許容した特別の法律規定が必要である。これまでの原告等(本件訴訟は原告鈴村元一)は、個々人の個人的な権利・利益の侵害を問題にしているので、特別の法規を必要としないのである。
- 租税とは何か
ア)従来の日本の学者の租税の定義では日本の法的根拠が全く示さ れていなかった。日本の法的根拠を示さない定義は日本において法的概念を説明したことにはならない。このような初歩的な学問的手続すら、従来の日本では看過されてきた。
イ)従来、財政学ではほぼつぎのように租税を定義してきた。「国または地方公共団体がその必要な経費に充てるために、国民から強制的に徴収する金銭給付である。」
1919年のドイツ租税基本法1条1項では「租税とは、特別の給付に対する反対給付ではなく、給付義務につき法律が定める要件に該当するすべての者にたいして、公法上の団体が収入を得る目的で課する一回限りまたは継続的な金銭給付をいう。」
エ)租税概念は歴史的な概念である。それゆえに、歴史社会の変遷に応じて厳密には租税概念も変遷する。
現代においては関税のような特殊なものを別としても、一般の租税自体が国家の財政収入を確保するためという収入目的のほかに、国家のさまざまな政策目的(景気政策、租税優遇措置による産業政策)を達成する手段としての役割を担っている。つまり、そのような政策目的を達成するためにときに収入目的を犠牲にすることが行われるのである。この意味において前出の財政学上の定義それ自体が、現代的租税概念の特質を十分に表現しないものとして不完全であるといわねばならない。
- 日本国憲法の租税概念
ア)日本の実定租税法(国税通則法、国税徴収法、地方税法等)には租税を定義した規定はどこにもない。しからば、租税の法的概念は憲法に求めるより他に方法はない。
イ)日本国憲法自身は租税を直接的に定義した規定を持っていない。しかし憲法30条、84条において「税」という概念を使用している。憲法が、いやしくも「税」という概念を使用する以上は、何らかの法的概念としての租税概念を予定しているはずである。
ウ)憲法の予定しているはずの租税概念を憲法全体の法規範的構造から法理論的に構成することができる。これによって構成される租税概念が憲法概念としての租税概念であるということに なる。
エ)租税概念を法理論的に構成するといっても、これまではの法律論学の理論においては、二つの異なったレベルの概念なり原理なりが、さまざまな領域において必ずしも十分に区別されてこなかった。
*[法認識論のレベル]
現実に存在する租税構造を客観的に認識して得られる租税概念。
*[法実践論のレベル]
立法論・法解釈論を展開するにあたってベ−スとなる租税概念。
この場合には、租税概念の構成にあたって憲法を頂点とする
実定法秩序の枠のなかで可能な限り望ましい価値が
追求されることになる。
- 納税者側の租税概念
われわれは、納税者の立場にたった租税の法的概念を憲法の諸規定から抽出しなければならない。
ア)明治憲法の場合とは異なり、日本国憲法はそのような納税者の立場にたった租税概念の抽出を可能にするだけの法的環境が存在する。すなわち、日本国憲法は国民(納税者)主権と基本的人権(平和的生存権を含む)の尊重を強調している。
イ)これらの憲法条項をベ−スにして、憲法の予定する納税者側の租税概念を抽出することが可能である。このような納税者側の租税概念の構築こそが、法実践論的には意味がある。
ウ)納税者側の租税概念は従来の租税概念(財政権力側のもの)とは異なり、納税者の「福祉」を考えるものである。
- 納税者側の租税概念構築にあたっての留意事項
従来、納税者が納めた税金をどのように使用するかという問題は、法的には、もはや租税概念とか租税法律関係とか租税法律主義とかの問題ではなくその外の問題と見られてきた。日本の法律学の理論では、伝統的に租税概念の構成において租税の徴収面と使途面とが峻別され、両者が切断されてきた。
ア)納税者は狭義の租税法律関係(租税の徴収面)においてのみ登場すだけで、租税の使途面においては納税者は全く登場しないわけである。つまり、租税の使途面においては法的には納税者は全く疎外され「納税者」として扱われてこなかった。
イ)租税の使途面の問題はもっぱら議会において決せられるべき歳出予算の問題であり、法律学としての問題にはならないとされてきた。
ウ)しかし、現代資本主義のもとでは、租税の使途面にまで租税法学の考察の対象を拡大しなければ、真に納税者の生活・人権を擁護することはできない。なぜなら、せっかく狭義の租税概念(徴収面)のレベルにおいて租税法学理論を精緻に構築してみても、納税者が納めた租税が納税者の生活・人権の侵害・破壊するかたちで使用された場合には、ほとんど意味がなくなってしまうからである。
4)租税法律主義の原則
議会のみが課税権を有するという法理である。もともと主権者である国民が課税権を有するものであるが、国民の代表機関である議会が国民に代わって課税権を行使するにすぎない。議会は租税法律を制定・改廃するというかたちで課税権を行使するのである。
- 国民は議会の制定した法律の規定するところ以上には納税義務を負わない。つまり、国民は法律の規定するところ以上には租税を徴収されないという権利をもっているわけである。
- もちろん、憲法に違反したどのような内容の租税法律を作ってもよいというわけではないので、ある租税法の規定が違憲である場合には、国民・裁判所は、当該租税法の規定に拘束されないのである。
- 納税者は、合憲の租税法律の規定するところのみに従って、納 税義務を負うものである。
*小括
ここにいう納税者基本権(taxpayer's fundamental human righst)とは、歳入面・歳出面の双方にわたって納税者に関する憲法レベルにおける、さまざまな自由権・社会権の集合的権利を意味 する。
1)納税者基本権の可能性
1:納税者基本権の具体的範囲は、広義の財政法(finance law 歳入面と歳出面の双方を包合する)という特殊法上の納税者に関するさまざまな権利を包合する。
- 納税者基本権は、その基底的な妥当性の根源を納税者主権に置く。それゆえ、この権利は憲法理論的には納税者主権論の展開として説明することもできる。
- 財政民主主義は納税者基本権を具現化するための納税者による手続き的コントロ−ルの手段である。日本国憲法が直接的に規定する財政議会主義ないしは財政議決主義は、財政民主主義のすべてではなく、このような財政民主主義の具現化のための一つの手段にすぎない。
2)新福祉目的税論
具体的に租税の使途のあり方は、平和的生存権の確保を含むさまざまな憲法条項の法的拘束のもとで論ぜられねばならない。
- 日本国憲法のもとではすべての租税は、憲法の意図する福祉目 的のために徴収されかつ支出されなければならない。その意味 ではすべての租税は福祉目的税といえる。
- 議会はその財政権の公使にあたって徴収面にしろ使途面にしろ決して法的に無拘束下にあるわけではない。これに反する行為は、憲法上の納税者基本権の侵害を意味する。
- 具体的に、もし政府が他の納税者の租税について徴収すべき租税を徴収していない場合(いわゆる不公平税制)には、人々は納税者として納税者基本権の侵害を理由に法的手段に訴えることは可能である。また、違憲・違法の疑いのある租税の使途についても、同じことが言える。