【共同アピール】
歴史歪曲・戦争賛美・憲法「改正」・
「戦争をする国」をめざす
「あぶない教科書」を
子どもたちに渡してはならない

(一)
 2009年4月9日、文部科学省は新しい歴史教科書をつくる会(以下、「つくる会」)が自由社から検定申請した中学校歴史教科書(以下、自由社版教科書)の検定結果と合格を発表しました。この教科書は516か所にもおよぶ欠陥が指摘されていったん不合格になりました。欠陥の大部分を占める誤記・誤植について文科省の懇切な指摘を受けて訂正、再提出し、さらに136か所の検定意見を付されて修正し、合格したものです。このように多数のごく単純な誤記・誤植を含んだまま検定提出したことは、教科書出版社の常識では考えられないようなずさんな編集体制の下でつくられたことを示しており、教科書としての信頼性が極めて乏しいことは明らかです。
「つくる会」は会報『史』2009年3月号でこの教科書を4月28日に市販することと検定申請中の教科書の目次を発表しました。これは検定申請図書(白表紙本)の一部公開であり、文科省はこのような情報公開をきびしく規制してきましたが、今回これに対してどのような処置をとったのか、あるいはとらなかったのか、今のところ明らかではありません。
自由社版の目次の項目は84で扶桑社版歴史教科書は82ですが、両者を対比すると、35%がまったく同じ、54%がほとんど同じです。また、検定申請した2008年当初、「つくる会」自身が書名を『3訂版・新しい歴史教科書』と呼んで、扶桑社版『改訂版・新しい歴史教科書』を一部手直ししたと述べていました。なお、「3訂版」というのは扶桑社版を改訂したということであり、版権問題が生じることを危惧してか、今回の発表では書名を『新編・新しい歴史教科書』に変えています。
「つくる会」の自由社版教科書の内容は、前述のように約9割の項目がほとんど同じということが示すように、内容も扶桑社版と基本的には同じものです。改訂したのは写真や図版、導入部と側注の一部であり、本文はほとんど同じです。新たに追加した中には「昭和天皇のお言葉」(1ページ分)など特異なものがあります。また、本文を一部改訂したところでは、新たに誤った記述を行っています。例えば、沖縄戦は1945年3月26日の米軍の慶良間諸島上陸ではじまっていますが、扶桑社版は「4月、米軍は沖縄本島に上陸し」をもって沖縄戦の開始とする誤りを記し、検定もそれを修正させていません。自由社版はその誤りを正さないまま、さらに「…上陸し、ついに地上の戦いも日本の国土に及んだ。」と加筆しています。しかし、1945年2月に硫黄島(東京都小笠原諸島)での地上戦がはじまっていますので、これは事実に反する誤りです。文科省は2004年の扶桑社版検定で前述の誤りを放置し、今回の自由社版の二重の誤りを見過ごしています。07年の沖縄戦「集団自決」記述歪曲検定に対する、沖縄県民をはじめとした抗議などで、沖縄戦に関する正しい事実認識の必要性が求められている中で、このような初歩的な間違いを記述した「つくる会」とそれを容認した文科省の責任は重大です。
 扶桑社版歴史教科書は多くの誤りが指摘されていますが、それと共に、次のような重大な問題点をもっています。これらは自由社版においてもそのまま引き継がれています。
 第1に、日清・日露戦争以降の日本の戦争を美化・正当化し、日中戦争は日本の侵略ではなく中国側に責任があるとし、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」とよんで、それが侵略戦争だったことを認めず、日本の防衛戦争、アジア解放に役立った聖戦として美化し肯定する立場がつらぬかれています。韓国併合・植民地支配への反省はなく、むしろ正当化する内容です。「つくる会」は2004年の検定申請時に扶桑社版教科書について、会報『史』で、「日本を糾弾するために捏造された、『南京大虐殺』『朝鮮人強制連行』『従軍慰安婦強制連行』などの嘘も一切書かれていません・旧敵国のプロパガンダから全く自由に書かれて」いると主張していました。扶桑社版歴史教科書は、日本軍「慰安婦」の事実を無視し、南京大虐殺についても否定論の立場をあえて記述しています。日本が行ったアジアの人びとなどへの加害や日本人が受けた被害についてもごくわずかしか記述していません。その反面、戦争に献身した国民を大いにたたえる記述を行っています。戦争を賛美し、「日本の戦争は正しかった」と教え、ふたたび戦争に命をささげる国民を育てるために、悲惨な被害も加害も無視、歴史を歪曲する教科書です。
 第2に、「神武天皇東征」を「伝承」としながらも、大和朝廷成立のところで扱うなど神話をあたかも史実であるかのように描いています。「つくる会」は、「皇室・天皇」は「我が国の歴史の始まりとともに存在した」と主張していますが、これは、神武を実在の天皇とする歴史の偽造です。
第3に、天皇と国家を前面に出し、日本の歴史を天皇の権威が一貫して存在した「神の国」、天皇と国家、為政者の「栄光の歴史」と描き、民衆の歴史、特に女性や子どもについてはほとんど描かれていません。また、聖徳太子の「17条憲法」を全文載せ、「全国の武士は、究極的には天皇に仕える立場」だと歴史を偽造し、「昭和天皇」のコラムに加えて、「昭和天皇のお言葉」を新たに載せるなど「天皇の教科書」という色彩を強めています。
一方で、韓国や中国などアジア諸国の歴史を根拠なく侮蔑的に描き、その上に立って、国際的に通用しない偏狭な「日本国家への誇り」や「日本人としての自覚」、歪曲した「歴史に対する愛情」を強制的に植えつけようとしています。
自由社版教科書の全体をつらぬく「あぶない」内容は本質的に扶桑社版と同じだといえます。
 戦後の歴史学や歴史教育は、侵略戦争遂行に歴史教育が利用されてきたことへの反省をふまえ、科学的に明らかにされた歴史事実を何よりも重んじてきました。さらに、今日ではアジアの平和な共同体をつくりあげる前提として、アジアの人々との歴史認識の共有が求められ、その努力が多方面ですすめられています。ところが、自由社版及び扶桑社版教科書は、今日の世界の動向を無視して、国際緊張を過大に描き出し、歴史事実を捻じ曲げて戦争を美化し、国家への誇り、国家への奉仕と忠誠、国防の義務を強調しています。「つくる会」や日本教育再生機構=「教科書改善の会」は、歴史教科書で日本の過去の戦争を正しかったと賛美し、公民教科書でいままで政府が行ってきた自衛隊の海外派兵を正当化し、それをさらに拡大するための「憲法改正」を公然と主張しています。これは、子ども・国民をこれからの戦争に動員することをねらうものだといえます。
 アジアと世界でいま進んでいる平和への動きを無視し、侵略戦争への痛切な反省から生まれた日本国憲法の理念を敵視する考え方を一方的に子どもに注入するような教科書が公教育の場に持ち込まれることは絶対に許されないことです。

(二)
 そもそも日本国憲法は、日本がふたたび侵略戦争をしないという国際的宣言であり、国際公約でもあることを思い起こす必要があります。また、1982年に教科書検定による侵略の事実の隠蔽に対しておこったアジア諸国からの抗議を契機に、教科書検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代史の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がなされていること」という条項(近隣諸国条項)が政府によって付け加えられたことも、忘れてはならないことです。1993年には日本軍「慰安婦」について、日本軍の関与と責任、アジアのたくさんの女性を傷つけたことを認めた河野洋平官房長官談話で「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」という決意を示しました。さらに、1995年の村山富市首相談話で、「植民地支配と侵略によって」アジア諸国に与えた「多大の損害と苦痛」にたいしてお詫びと反省を表明しました。1998年の日韓共同宣言、日中共同宣言でも、「両国民、特に若い世代が歴史への認識を深めることが重要」と表明しています。歴史への反省は2002年の日朝ピョンヤン宣言でも引き継がれています。これらの言明は日本政府の明確な国際公約であり、同時に日本国民への公約でもあります。しかもその考え方は、侵略戦争を否定し諸民族の平等と平和を重んじてきた第二次世界大戦後の世界の潮流に照らしても当然のことです。日本政府はこのような国際公約を誠実に守る当然の責任と義務を負っています。
 2007年以降、日本軍「慰安婦」に関して、アメリカ、カナダ、オランダ、EU、韓国、台湾の議会で決議が行われています。2008年には国連自由権規約委員会の第5回日本政府報告書に対する「総括所見」でもこの問題が指摘・勧告されています。日本国内でも、宝塚市、清瀬市、札幌市、福岡市で「慰安婦」問題について意見書採択が行われています。それらの決議や意見書では、「慰安婦」問題をはじめ日本の侵略戦争の歴史をきちんと教科書に載せ、教育することが求められています。
 ところが自由社版及び扶桑社版教科書は、こうした日本政府がこれまで公式に表明した国際公約及び日本国民への約束に明らかに違反する内容を含んでいます。特に韓国との関係では、2002年のワールドカップ共同開催などによって、友好的な交流が発展し、によって1日に1万人が行き来するほどになり、過去の誤った歴史の克服と歴史認識をふまえた和解の条件が成熟しつつあります。この教科書は、こうした状況に逆行する教科書といえるでしょう。こうした重大な問題に関し、諸外国の政府・国民が日本政府の対応について意見を述べるのは当然であり、政府としても真摯な対応が求められるところです。これを内政干渉などといえないことは、2001年当時の外務省自身が国会でも正式に答弁しているところです。

(三)
 今年は中学校教科書の採択が行われます。
歴史を歪曲し、戦争を賛美し、憲法「改正」・「戦争をする国」をめざし、国際社会での孤立化の道に踏み込む自由社版及び扶桑社版の「あぶない教科書」が、子どもたちの手に渡されることを、私たちは許すことはできません。現在、公立の学校で扶桑社版の「あぶない教科書」が採択されている東京都杉並区(歴史)、栃木県大田原市(歴史・公民)、東京都立中高一貫校と特別支援学校(歴史・公民)、滋賀県立中高一貫校(歴史)、愛媛県立中高一貫校と特別支援学校(歴史)、一部の私立中学校(歴史・公民)において、採択をやめさせるために、当該地域はもとより全国的な活動が求められています。
 さらに、来年開校予定の東京都立中高一貫校をはじめ、各地域で扶桑社版及び自由社版教科書を採択させないよう声を上げ、関係機関への働きかけを強めていく必要があります。
私たちは、地域の草の根の活動によって「つくる会」教科書を2001年には公立中学校の採択地区ではゼロに終わらせ、2005年には、杉並区・大田原市では残念な結果になりましたが、採択率で0.39%という結果に終わらせました。このことが2006年の「つくる会」の内紛・分裂の主な原因になりました。この教訓を活かして再び地域で草の根の世論を高め、広めることができれば、扶桑社版及び自由社版教科書をゼロ採択に終わらせことができます。
いま、扶桑社版・自由社版教科書がねらう「憲法改正」には国民のほぼ3分の2が反対しています。憲法を守り生かそうとする運動も全国7000以上の「九条の会」の活動をはじめ各地に広まってきています。扶桑社版・自由社版の「あぶない教科書」を採択させない、このような多くの人々の平和への願いに応え、それを草の根からさらに大きな世論に発展させていくカギでもあります。なぜなら、教科書は地域単位で採択されますから、「あぶない教科書NO!」の世論を地域で草の根からつくる必要があるからです。
いまこそ、日本の市民の良識と平和への強い願いをアジア・世界に向かって示そうではありませんか。そして「つくる会」や日本教育再生機構=「教科書改善の会」の教科書とその運動に終止符を打たせようではありませんか。
また、扶桑社版・自由社版以外の教科書の戦争の記述=侵略戦争における加害と被害、沖縄戦や植民地支配に関する記述はさらに後退しています。この問題は、歴史歪曲勢力による誹謗・攻撃と、「つくる会」などと連携する政治家の介入・圧力によって文部科学省が採択制度を改悪し、現場の教員の意見を排除して教育委員会による採択を推し進めたことに大きな原因があります。この文科省の採択制度改悪は、「近い将来学校単位の採択に移行する、それが実現するまではより多くの現場教員が採択に関われるように制度を改善する」(現場教員の意見を尊重するよう採択制度を改善する)という1997年、98年、99年の閣議決定に違反して強行されたものです。
私たちは、アジアの平和な共同体をつくるための前提となる歴史認識の共有を求めて、検定・採択制度の改善を要求し、教科書記述の改善を実現させようではありませんか。

2009年4月9日

アジア女性資料センター/一般財団法人歴史科学協議会/大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会/沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会/大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会/女たちの戦争と平和資料館/学校に自由の風を!ネットワーク/教科書・市民フォーラム/憲法を生かす会/憲法・1947年教育基本法を生かす全国ネットワーク/子どもと教科書全国ネット21/子どもの未来を望み見る会/「子どもはお国のためにあるんじゃない!」市民連絡会/在日本大韓民国青年会/ジェンダー平等社会をめざすネットワーク/社会科教科書懇談会/杉並の教育を考えるみんなの会/全国民主主義教育研究会/「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク/「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワーク/男女平等をすすめる教育全国ネットワーク/中国人戦争被害者の要求を支える会/地理教育研究会/東京歴史科学研究会/南京への道・史実を守る会/日中韓3国共通歴史教材委員会/日本出版労働組合連合会/日本の戦争責任資料センター/日本婦人団体連合会/八王子手をつなぐ女性の会/ピースボート/ふぇみん婦人民主クラブ/許すな!憲法改悪・市民連絡会/歴史教育者協議会/「歴史認識と東アジアの平和」フォーラム日本実行委員会(以上35団体、2009年4月8日現在)

問合せ・連絡先:子どもと教科書全国ネット21
    千代田区飯田橋2-6-1 小宮山ビル201
掾F03-3265-7606 Fax:03-3239-8590


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