服務事故再発防止研修」についての東京地裁決定

 東京地裁は、「国旗・国歌斉唱時に起立しなかった者」を対象にした「服務事故再発防止研修」(本来これは、酒酔い運転・セクハラなど教員が事件を犯したり・事故を起こした場合に行われるものです。)に対して、7月23日以下の決定を出しました。

 「本件研修が,本件職務命令等に違反した教職員に対して,公務員としての服務規律を含む教職員としてあるべき一定の水準の維持向上や職務命令違反の再発防止を目的として,それに必要な範囲内で外形的な指導を行うものにとどまるのであれば違憲違法の問題は生じない」と訴えを退けましたが、
「例えば,研修の意義,目的,内容等を理解しつつ,自己の思想,信条に反すると表明する者に対して,何度も繰り返し同一内容の研修を受けさせ,自己の非を認めさせようとするなど,公務員個人の内心の自由に踏み込み,著しい精神的苦痛を与える程度に至るものであれば,そのような研修や研修命令は合理的に許容されている範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生ずる可能性があるといわなければならない。」として、その研修の内容いかんによっては、憲法違反になるという趣旨の決定を出しました。

平成16年(行ク)第202号 執行停止申立事件
(本案 平成16年(行ウ)第307号)

決         定

当事者の表示      別紙当事者目録のとおり

主         文

  1. 本件申立てをいずれも却下する。
  2. 申立費用は申立人らの負担とする。

理         由

第1 本件申立ての趣旨及び理由
 本件申立ての趣旨及び理由は別紙1に記載のとおりであって,申立人らは,相手方が申立人らに対して平成16年6月28日付け発令通知書によってした服務事故再発防止研修を命ずる旨の処分(以下「本件研修命令」という。)の取消し等を求める訴えを本案として,当該本案判決の確定に至るまで本件研修命令の効力の停止を求めるものである(ただし,小・中学校に勤務する教職員2名については,平成16年7月21日に申立てを取り下げている。)。
 なお,これに対する相手方の意見は別紙2に記載のとおりである。

第2 当裁判所の判断

  1.  一件記録によれば,次の事実が一応認められる。
    (1)申立人らは,いずれも東京都に採用され,東京都立学校に勤務する数職員である。

    (2)東京都教育委員会教育長は,平成15年10月23日,都立高等学校長及び都立盲・ろう・養護学校長に対し,入学式,卒業式等における国旗掲揚,国歌斉唱等について定めた通達(15教指企第569号「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」,甲4号証)を発し,これを受けた上記各学校長は,教職員に対し,周年行事,卒業式,入学式等を実施する際,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することなどを内容とする職務命令.(以下「本件職務命令」という。)を発するとともに,本件職務命令に従わない場合は,服務上の責任を問われる旨を伝えた。

    (3)そして,相手方は,申立人らが,本件職務命令にもかかわらず,周年行事,卒業式,入学式等において,国歌斉唱時に起立し,国歌を斉唱することを拒否するなどしたことから,本件職務命令違反及び信用失墜行為等を理由として,申立人らを戒告処分ないし減給処分(以下「本件懲戒処分」という。)とし,さらに,東京都教育庁の処分等を受けた教職員について,適正な教育課程の実施及び再発防止に向けて,命令研修(服務事故再発防止研修,専門研修)を行う旨の平成16年5月25日付け表明(甲5号証)を受け,同年6月28日付け発令通知書(甲1号証)により,申立人らに対し,同年8月2日又は同月9日(申立人A及び同Bについては,さらに専門研修として同月30日)に東京都総合技術教育センターで研修(以下「本件研修」という。)を受けるよう命じた。

    (4)これに対し,申立人らは,行政事件訴訟法(以下「法」という。)8条2項2号に規定する「処分,処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するとして,審査請求手続を経ることなく,相手方に対し,本件研修命令の取消しを求め訴えを提起するとともに,東京都に対し,本件研修命令により申立人らが被った精神的苦痛について損害の賠償を求める訴えを提起し,本件執行停止を申し立てた。

  2.  ところで,法25条1項ないし3項は,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(法3.条3項に規定する裁決,決定その他の行為を除く。以下,単に「処分」という。)の取消しの訴えの提起は,処分の効力,処分の執行又は手続の続行を妨げないとして,いわゆる執行不停止を原則としつつ,処分,処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるときに限り,その停止をすることができるとしている(ただし,執行停止によって公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について理由がないとみえるときは,することができない。)。
     これらの規定の趣旨に照らして考えるならば,法25条2項に規定する回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるか否かは,処分,処分の執行又は手続の続行により維持される行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなお,申立人らを救済しなければならないほどの緊急の必要性が認められるか否かという観点から検討されるべきである。
  3.  この点,申立人らは,本件研修命令は違憲違法な本件懲戒処分を前提とするもので,これにより,自己の思想・信条等仁反して,その非を認めて反省の意を表明するか,永続的に研修を受講するかの選択を迫られ,自己の思想・信条等に反する表白を余儀なくされるから,これが憲法19条の保障する思想・信条の自由を直接侵害するものであることは明らかであり,申立人らは違憲違法な本件研修命令によって後日の金銭賠償では回復不可能な損害を被ると主張している。
     これに対して,相手方は,本件研修命令の前提となる本件懲戒処分が有効である以上,当該処分を受けた申立人らに対し,本件研修を命ずることに違憲違法はないし,本件研修は,服務事故再発防止研修実施要綱(甲2号証)に基づき,申立人らが本件職務命令違反等を理由に本件懲戒処分を受けたことについて,その再発防止に向け,教育公務員としての自覚を促し,自己啓発に努め,モラルの向上を図ることを目的として実施されるもので,申立人らの思想・信条という内心に立ち入るものではなく,申立人らの権利や法律上の地位に直接不利益を与えるものでもないなどと主張している。

  4.  そこで,判断するに,申立人らが日本国民として,憲法19条により思想・信条の自由を保障されていることはいうまでもないが,他面において,申立人らは東京都の教職員であるから,公務員としての地位に基づいてなされる職務行為の遂行に際して,全体の奉仕者として公共の福祉による一定の制約を受けることがあるのも論を待たないところであり,一般的に,相手方は,命令権者によってなされた職務命令に従わなかった教職員に対し,その再発防止等を目的として一定の研修を受けるよう命じ,その研修において一定の指導を行うことができると考えられる。ただし,それは,あくまでも公務員としての職務行為の遂行に必要な範囲内のものに限定して許されるものであり,個人的な内心の自由に不当に干渉するものであってはならないというべきである。したがって,本件研修が,本件職務命令等に違反した教職員に対して,公務員としての服務規律を含む教職員としてあるべき一定の水準の維持向上や職務命令違反の再発防止を目的として,それに必要な範囲内で外形的な指導を行うものにとどまるのであれば違憲違法の問題は生じないと考えられるが,例えば,研修の意義,目的,内容等を理解しつつ,自己の思想,信条に反すると表明する者に対して,何度も繰り返し同一内容の研修を受けさせ,自己の非を認めさせようとするなど,公務員個人の内心の自由に踏み込み,著しい精神的苦痛を与える程度に至るものであれば,そのような研修や研修命令は合理的に許容されている範囲を超えるものとして違憲違法の問題を生ずる可能性があるといわなければならない。
     そのような観点からみると,本件においては,東京都致育委員会教育長が東京都議会において,「受講に際し,指導に従わない場合や成果が不十分の場合には,研修終了とはなりませんので,再度研修を命ずることになりますし,また,研修を受講しても反省の色が見られず,同様の服務違反を繰り返すことがあった場合には,より厳しい処分を行うことは当然のことである」と答弁しているほか(甲6号証),相手方が,当裁判所に提出した意見書において,『仮に申立人らが研修において,「私は,国歌斉唱時に起立しませんでした。これは客観的には職務命令に即した行為ではありませんでした」とか,「私は,国歌斉唱時に起立しませんでしたが,この件につきましては現在係争中ですので,この点の見解を述べることは差し控えさせて頂きます」との報告書等を作成したとしても,それだけでは,非行に対する反省や本件研修についての理解が十分になされているとはいえず,研修の成果が十分であるとはいえない』などと主張をしていることを考慮すると,相手方が本件研修及びこれに引き続いて実施しようとしている一連の手続において,前記のような合理的に許容されている範囲を踏み超える可能性が全くないとまではいえない。

  5.  しかしながら,本件研修命令自体をもって直ちに申立人らの内心の自由が侵害されるというわけではないことのほか,そもそも現段階においては,未だ本件研修が実施されているわけではなく,日時,場所,2時間の予定であることなど以外は,その具体的な内容や方法,程度も明らかではないこと,本件研修命令に対して申立人らがどのような対応をとるのかも不確定であり,当然のことながら,申立人らの対応に対する相手方のその後の対処も明らかではないこと,仮に,相手方の申立人らに対するその後の対処によって申立人らに何らかの損害が発生したとしても,それは,その段階で金銭賠償を求めたり,当該処分等の効力を争うことによって別途回復可能と考えられることからすると,本件の研修日が平成16年8月2日又は同月9日に予定されていることを考慮しても,現時点において,回復困難な損害の発生を回避するために緊急の必要があるときに該当するものと認めることはできないというべきである。

  6.  したがって,本件申立ては,その余の点について判断すまでもなく理由がないから,主文のとおり決定する。

平成16年7月23日
東京地方裁判所民事第19部

裁判長裁判官  須  藤  典  明
裁判官  森  冨  義  明
裁判官  木  野  綾  子

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