平成八年(行ウ)第二〇号
    自衛隊派遣(UNDOF)差止等請求事件(甲事件)
平成九年(行ウ)第一八六号
 自衛隊撤収請求事件(乙事件)
         (平成一一年六月一四日口頭弁論終結)

主文

事実及び理由


 一 請求
 二 請求の趣旨に対する答弁
 
  
 一 前提となる事実
 二 国連平和協力法及び同法に基づく本件派遣の違憲性等に関する原告らの主張
   1 日米安全保障体制と本件派遣
   2 国連平和維持活動の実態
   3 国連平和協力法及び同法に基づく本件派遣の違憲性
   4 本件派遣が国連平和協力法に違反することについて
 三 争点
   1 争点1(本件違憲権認請求に係る訴えが適法か否か)について
   2 争点2(本件差止請求等の当否
       ー原告久野ら主張の平和的生存権及び納税者基本権が
       本件差止請求の実定法上の根拠となる権利といえるか否か、
       右が肯定されるとして、本件派遣行為により右権利が侵害され
       原告らが右差止請求権等を有するといえるか否か)について
   3 争点3(損害賠償請求の当否
       −原告ら主張の平和的生存権ないし納税者基本権ないし人格的利益が
       国家賠償法等の不法行為の規定の保護の対象となる利益といえるか否か、
       右が肯定される場合、本件派遣行為により右人格的利益が
       違法に侵害され原告らが損害を被っているといえるか否か)について

 
 
 第三 争点に対する判断


 
   1 平和的生存権について
   2 納税者基本権の侵害について
 二 争点1(本件違憲確認請求に係る訴えが適法か否か)について
 三 争点2(本件差止請求の当否
     −原告ら主張の平和的生存権及び納税者基本権が
     本件差止請求の実定法上の根拠となる権利といえるか否か、
     右が肯定されるとして、本件派遣行為により右権利が侵害され
     原告らが右差止請求権を有するといえるか否か)について
 四 争点3(損害賠償請求の当否
     ー原告ら主張の平和的生存権ないし納税者基本権ないし人格的利益が
     国家賠償法等の不法行為の規定の保護の対象となる利益といえるか否か、
     右が肯定される場合、本件派遣行為により右人格的利益が
     違法に侵害され原告らが損害を被っているといえるか否か)について


 裁判官


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          事 実 及 び 理 由
 第一 当事者の求めた裁判

 一 請求
  1 甲事件原告久野成章、同剣持和巳、同信太正道、同墨総扁、同友田良子、
    同林茂雄、同渡邊ひろ子、同和田喜太郎、乙事件原告相原久仁子、同野村修身
   (以下「原告久野ら」という。)の請求

   (一)被告は国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「国連
     平和協力法」という。)及びゴラン高原国際平和協力業務実施計画(以下
     「本件実施計画」という。)により、自衛隊員及び装備を、イスラエル国、
     シリア・アラブ共和国、レバノン共和国周辺地域並びに周辺海域(以下
     「ゴラン高原等」という。)へ派遣して、国際連合等による国際平和維持
     活動等の活動を行ってはならない。
   (二)被告が、国連平和協力法及び本件実施計画により、国際連合等による国
     際平和維持活動等を目的として、ゴラン高原等へ自衛隊及び装備を派遣し
     ていることは、憲法違反であることを確認する。
  2 原告久野ら及びその余の原告ら(以下、両方を併せて「原告ら」という。)の請求
    被告は原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。

 二 請求の趣旨に対する答弁
  1 本案前の答弁
    主文第一項同旨
  2 本案の答弁
    原告らの請求をいずれも棄却する。

          

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 第二 事案の概要
                                        
 本件は、被告が国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、ゴラン高原等へ
 自衛隊を派遣すること(以下「本件派遣」という。)は違憲であると主張する
 原告らが、原告久野らにおいて、平和的生存権及び納税者基本権に基づき、1
 被告が自衛隊及びその装備を本件地域等に派遣して国際連合等による平和維持
 活動等の活動を行ってはならないことを求める(以下「本件差止請求」とい
 う。)とともに、2本件派遣が違憲であることの確認を求め(以下「本件違憲
 確認請求」という。)、さらに、原告らにおいて、3本件派遣により、平和的
 生存権、納税者基本権又は法律上保護されるべき.人格的利益を侵害され精神的
 苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき原告らそれぞ
 れに対して各一万円ずつの損害賠償を請求した事案である。

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 一 前提となる事実

  証拠(甲二の21、三ないし七、三八、三九)及び弁論の全趣旨によれば、本
 件派遣の経緯について、以下のとおり認められる。


 1 一九四八年のイスラエル国建国以来、四次にわたる中東戦争を経て続いて
  いたイスラエル国とシリア・アラブ共和国との間の紛争については、一九七
  四年五月、両国間で、兵力引き離し協定が締結された。これを受けて、国際
  連合の安全保障理事会決議第三五〇号に基づき、国際連合平和維持活動(以
  下「国連平和維持活動」という。)として、シリア・アラブ共和国南西部の
  ゴラン高原地域における両国間の停戦監視及び兵力引き離し等に関する合意
  の履行状況の監視を任務とする「国際連合兵力引き離し監視隊」(the United
  Natinal Disengagement Observer Force.以下「UNDOF」という。)
  が設立され、同年六月から活動を開始した。UNDOFは、設立以来、活動期間
  を半年ごとに更新されてきており、各国から派遣された約1000名の要員及び
  国際連合職員等が活動している。
    

 2(一)政府は、平成七年一二月一五日、「ゴラン高原国際平和協力業務の実施
   について」及び「ゴラン高原国際平和協力隊の設置等に関する政令(平成
   七年政令第四二一号)」(以下「設置等政令」という。)の閣議決定を行
   い、平成八年一月一五日、ゴラン高原国際平和挽力隊を設置し、これにU
    NDOFの司令部業務分野及び我が国のUNDOFに対する揚力を円滑か
   つ効果的に行うための連絡調整の分野における国際平和協力義務を行わし
   めるとともに、自衛隊の部隊等により食料品等の日常生活物資等の輸送等
   の後方支援分野における国際平和協力業務を実施することとした。
  (二)平成七年一二月一五日の閣議決定で決定された本件実施計画によれば、
   ゴラン高原国際平和協力業務の実施に関する事項の概要は以下のとおりで
   ある。

   (1) 国際平和協力業務の種類及び内容
      次に掲げる業務であつて、UNDOF司令部において自衛隊の部隊
      等以外の者が行うもの(自衛官二名)

      a 国連平和協力法三条三号イからへまで及びタに掲げる業務並びに
       レに掲げる業務として設置等政令二条各号に掲げる業務のうち、こ
       れらの業務に関する広報に係る国際平和協力業務
      b 国連平和協力法三条三号タに掲げる業務のうち輸送並びに機械器
       具の検査及び修理の業務に関する企画及び調整に係る国際平和協力
       業務
      アa及びb、後記り並びにエに掲げる業務のうち、派遣先国の政府
      その他の関係機関とこれらの業務に従事するゴラン高原国際平和協力
      隊又は自衝隊等の部隊等との間の連絡調整に係る国際平和協力業務で
      あって、自衛隊の部隊等以外の者が行うもの(必要な技術、能力等を
      有する者六名)
      国連平和協力法三条三号タに掲げる業務のうち、輸送、保管、建設
      並びに機械器具の検査及び修理に係る国際平和協力業務
      国連平和協力法三条三号レに掲げる業務として設置等政令二条各号
      に掲げる業務に係る国際平和協力業務
       右ア及びイに掲げる業務は、国連平和協力法二条二項の規定の趣旨を
      損なわない範囲内において行う。
       右ウ及びエに掲げる業務は、国連平和臨力法二条二項の規定の趣旨及
      び附則第二条の規定の趣旨を揖なわない範囲内において行う。

   (2)派遣先国
      イスラエル国、シリア・アラブ共和国及びレバノン共和国とする。た
     だし、フィリピン共和国、ヴイエトナム社会主義共和国、タイ王国、マ
     レイシア、インド、スリ・ランカ民主社会主義共和国、モルディヴ共和
     国、オマーン国、サウディ・アラビア王国、アラブ首長国連邦及びエジ
     プト・アラブ共和国において、前記(1)のウ及びエに掲げる業務のうち附
     帯する業務としての物資の補給及び前記(1)のウに掲げる業務のうち輸送
     の業務を行ぅことができる。

   (3)国際平和協力業務を行うべき期間
      平成八年一月一五日から同年八月三一日までの間(なお、後に実施計
     画が変更されたことに伴い、順次延長され、現在も右業務が継続して行
     われている。)

   (4)自街隊の部隊等が行う国際平和協力隊の業務に関する事項
     自衛隊の部隊等が行う国際平和協力業務の種類及び内容
     前記(1)のウ及びエに掲げる業務
     国際平和協力業務を行ぅ自衛隊の部隊等の規模及び構成並びに装備

      a 規模及び構成
      1 前記(1)のウ及びエに掲げる業務を行ぅための陸上自術隊の部隊
       (人員四三名)
      2 (1)に掲げる陸上自衛隊の部隊のための物資の補給及び前記(1)の
       ウに掲げる業務のうち輸送の業務を輸送機(CH−130H)
       により行ぅための航空自術隊の部隊(人員六〇名)
     b 装備

      1 武器   九ミリメートル拳銃九丁、六四式七・六二小銃三二
             丁及び六二式七・六二機関銃二丁
      2 車両   バス等五両(なお、後に実施計画が変更されたこと
             に伴い、車両数が追加されている。)
      3 航空機  輸送機(CH-l30H)二機
      4 その他  自衛隊員の健康及び安全の確保並びに前記(1)のウ及
            びエに掲げる業務に必要な装備

 (三) 本件派遣における業務の実施の状況
  (1) 司令部業務

    UNDOF司令部は、ゴラン高原に設けられた兵力引き離し地帯の東
   側に所在し、各国から派遣された約九〇名の軍事構成員を含む約二一○
    名により構成されている。
   軽部三等陸佐ほか一名の司令部要員は、平成八年一月三一日に日本を
   出発し、同年二月一日にシリア・アラブ共和国に到着し、UNDOF司
   令部要員の一員として国際平和協力業務に従事した。具体的には、輸送
   及び重機材整備の業務に関する企画及び調整の業務並びにUNDOFの
   活動に関する広報の業務を行うとともに、平成八年七月以降は、これら
   の業務に加えて、重機材整備以外の整備、保管、物資の調達及び給食の
   業務に関する企画及び調整の業務並びにUNDOFの活動に関する予算
   の作成の業務を行った。我が国の司令部要員は、他国の司令部要員と共
   に国連の施設内の宿舎に居住し、一般社会とは隔絶された生活環境のも
   と、必要に応じて我が国からの物資の補給を受けながら生活した。

  (2) 輸送等の後方支援業務
    UNDOFの活動に必要な後方支援業務は、我が国の部隊及びカナダ
   の部隊からなる約二一〇名の後方支援大隊により行われている。
    佐藤三等陸佐以下四三名からなる陸上自衛隊の第一次ゴラン高原派遣
   輸送隊は、平成八年一月三一日から日本を出発し、同年二月八日までに
   全員がシリア・アラブ共和国に到着し、このうち三−名が兵力引き離し
   地帯の西側に、一二名が兵力引き離し地帯の東側にそれぞれ所存する国
   連の施設内に各国部隊と共に配置され、食料品等の日常生活物資等の港
   ・空港等からの輸送、UNDOFの補給品倉庫における物資の保管、活
   動地域内の道路等の補修、道路等の補修に必要な重機材等の整備等の業
   務を実施した。
    これらの要員は、一般社会とは隔絶された生活環境のもと、必要に応
   じて我が国からの物資の補給を受けながら生活した。
  (3) 航空自衛隊は、C-一三〇型輸送機を平成五年五月から一一月にかけ
   て日本とイスラエル国間において運航し、司令部要員並びに輸送隊のた
   めの物資の補給を行うことにより、現地での円滑な活動を支援した。

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 二 国連平和協力法及び同法に基づく本件派遣の違憲性等に関する原告らの主張

 1 日米安全保障体制と本件派遣
   自衛隊が、国際連合等の国際機関の行う平和維持活動に参加することとな
  った源は、旧日米安全保障条約及び一九六〇年に改訂された現行の日米安全
  保障条約の持つ軍事的・政治的な性格に求めることができ、今回のUNDO
  Fへの自衛隊の参加は、冷戦後の日米安全保障体制の新たな段階の中で行わ
  れたという性格を帯びている。
   すなわち、平成七年一一月に発表された新防衛計画大綱は、日米安全保障
  体制を維持・強化することを明記し、また、「日米安全保障体制を基調とす
  る日米間の緊密な協力関係は、地域的な多国間の安全保障に関する対話・協
  力の推進や国際連合の諸活動への協力等、国際社会の平和と安全へのわが国
  の積極的な取り組みに資するもの」であるとし、日米安全保障体制を、グロ
  ーバルな安全保障へ拡大することを「再定義」したところ、このような状況
  のもとで、UNDOFへの自衡隊派遣が行われたものである。
   さらに、平成一一年五月に成立した「周辺事態に際してわが国の平和及び
  安全を確保するための措置に関する法律」その他のいわゆる新ガイドライン
  関連の法律により、我が国は米国の軍事行動に自動的に参戦する根拠を持つ
  こととなり、日本は再び「外国で戦争をする国」になった。本件派遣は、今
  日のこの事態に日本国民を誘導するための導入部となつたものである。 

 2 国連平和維持活動の実態
   国連平和維持活動は、国連憲事上、何の法的根拠もないものであり、一九
  六五年のスエズ動乱において英仏等の共同軍事行動が行われ、これが安全保
  障理事会で是認されたことがその端緒となつた。国際連合の文献(「ブルー
  ヘルメット」)によれば、平和維持活動とは、「紛争地域の平和の維持若し
  くは回復を助けるために国連によつて組織される軍事要員を伴う活動」であ
  るとされ、軍隊の軍事活動を基本とするものである。そして、スエズ動乱の
  際の経験をまとめた「国連緊急軍基本原則」が以後の平和維持活動の指針と
  なつた。
   しかるに、その後の国連平和維持活動の実際においては、その時々の国際
  情勢によつてその性格や活動がいかようにも変化しており、特に、湾岸戦争
  後に派遣されたイラン・クウェート停戦監視団では、関係国の同意原則等が
  放棄され、平和維持活動自体が変質している。

 3 国連平和協力法及び同法に基づく本件派遣の違憲性
   自民党は、湾岸戦争の勃発を契機として、国際貢献が求められているこ
  とを口実に、自衛隊員を平和協力隊員として国連平和維持活動等に協力さ
  せること企図し、さらに、カンボジアでの平和維持活動に自衛隊を派遣す
  ることを意図して、野党の反対を押し切り、衆参両院にて国連平和協力法
  を「可決」させた。しかしながら、右の国連平和協力法の制定手続には、
  参議院国際平和協力特別委員会における採決を欠くという違法があり、同
  法は成立していないというべきである。
   仮に国連平和協力法が一応成立しているとしても、自衛隊の部隊等及び
  装備を海外に派遣して国連平和維持活動に従事させることを内容とする同
  法は、憲法違反の存在である自衛隊を自衛でない軍事活動を行わせるため
  海外に派遣するという二重の意味での憲法違反を犯すものである。また、
  仮に自衛隊の存在自体について、政府見解のように自衛隊は自衝のための
  必要最小限度の実力であり、自衛のためにのみ用いられることにより合憲
  であるとの立場をとつたとしても、国連平和協力法は、自衛隊に自衝行動
  ではない軍事活動を行わせ、海外に派遣するものであつて、違憲であるこ
  とは明白である。
   したがって、国連平和協力法は違憲の法律であり、同法に基づいて行わ
  れた本件派遣は憲法に違反するものである。

 4 本件派遣が国連平和協力法に違反することについて

 (一) シリアとイスラエルとは、今なお敵対関係にあり、停戦に合意してい
   るだけであつて、合意が破れればいつでも戦争が再開される状態にある。
   ゴラン高原において停戦の監視及び両軍の兵力引き離しの任務に当たっ
   ているUNDOFは、全体で一〇五二名の歩兵からなる一個の軍隊であ
   るところ、派遣された自衛隊員は、有機的な一個の組織たる軍隊の後方
   支援部隊として組み込まれている。
    また、派遣地域の一つであるレバノン共和国の南半分は、現在イスラ
   エルが占領しており、ゲリラ組織と戦争状態にある地域である。

 (二) 本件派遣は、国際連合事務総長の要請に基づくものではなく、また、
   現地の国連軍最高責任者において自術隊がUNDOFに参加することに
   否定的見解を述べていたにもかかわらず、自衛隊の海外派遣の実績を絶
   やさないために行われたものであり、したがって、それは、国連平和維
   持活動への参加につき国際連合事務総長の要請があることを要件として
   いる国連平和協力法三条−項に違反する。

 (三) 本件派遣において、自衛隊輸送隊員は、兵力引き離し地帯に駐留する
  カナダ隊の宿営地に同居し、兵力引き離し地帯の各所に駐留する国連軍
  のために必要品の輸送に当たっているが、これは明らかに国連平和協力
  法三条三号ロにいう「緩衝地帯その他の武力紛争の発生防止のために設
  けられた地域における駐留及び巡回」に該当し、また、自衝隊員は、同
  号イからへまでに規定された業務を行っているところ、これらの業務は、
  国連平和協力法附則第二条によつて実施が嫌結されているので、国連平
  和協力法に明白に違反するものである。

 (四) さらに、自衛隊員は、現地において、UNDOFの全部隊が参加する
  総合訓練や射撃訓練等に参加し、陣地の警備にも従事しているところ、
  これらの行為は、国連平和協力法二四条三項の「武器の使用」を定めた
  規定の内容に違反している。

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 三 争点
  本件における争点は、(1)原告久野らの本件違憲確認請求に係る訴えが適法か
 否か(争点1)、(2)本件差止請求等の当否−原告久野ら主張の平和的生存権及
 び納税者基本権が本件差止請求等の実定法上の根拠となる権利といえるか否か、
 右が肯定されるとして、本件派遣行為により右権利が侵害され原告らが右差止
 請求権等を有するといえるか否か(争点2)、(3)原告ら主張の平和的生存権及
 び納税基本権ないし人格的利益が国家賠償等の不法行為の規定の保護の対象と
 なる利益といえるか否か、右が肯定される場合、本件派遭行為により右権利な
 いし人格的利益が違法に侵害され原告らが揖害を被っていいるといえるか否か
 (争点3)であり、これらの点に関する当事者の主張は以下のとおりである。


1 争点1(本件違憲権認請求に係る訴えが適法か否か)について

(被告の主張)
 (一) 本件違憲確認請求は、その請求の文言自体に照らし、単なる事実の確認
  を求めるものであり、現在の権利又は法律関係の確認を求めるものではな
  いから、確認訴訟における対象適格性を欠くものとして不適法である。


  (二) また、現行制度上、裁判所は、具体的な権利又は法律関係についての紛
  争を離れて抽象的に処分等の合憲性を判断する権限を有しないところ(裁
  判所法三条)、本件違憲確認請求は、抽象的に自衡隊を本件地域に派遣し
  たことの違憲確認を求めるものであるから、右請求に係る訴えは、司法審
  査の対象となり得ない不適法なものである。


(原告久野らの主張)
 (一)
 確認訴訟における対象の適格性は、原告の法律的地位に対して被告が加
  えている不利益を除去するためにどのような権利又は法律関係を選ぶのが
  有効・適切かによつて判断されるべきである。本件においては、本件差止
  請求が認容されたとしても、将来にわたつて再び同様の事態が形を変えて
  繰り返されることが容易に予測できるのであつて、本件違憲確認請求は、
  これらの行為を封じ禍根を断つ効果があるから、確認の利益があることは
  明らかである。


 (二) また、原告らは、本件派遣により、平和的生存権及び納税者基本権とい
  う実定法上の権利又は法的に保護されるべき人格的利益を侵害されている
  ので、具体的権利侵害があり、争訟性が認められる。


 (三) そもそも、憲法一二条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
  国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と規定する
  ところ、本件派遣は、高度の違憲性・違法性を有し、そのもたらす結果が
  派遣自衛隊員の大量死亡という極めて重大な結果に結びつく切迫した危険
  があることから、原告らは、主権者としての国民の「憲法擁護の責任」を
  踏まえ、右条文が法的な効力のある規定であると理解して、本件違憲確認
  請求に係る訴えを提起したものである。裁判所はこれを踏まえて、本件の
  実体審理を行い、憲法擁護義務(憲法九九条)のある裁判官としての職責
  を全うしなければならないというべきである。


2 争点2(本件差止請求等の当否ー原告久野ら主張の平和的生存権及び納税
  者基本権が本件差止請求の実定法上の根拠となる権利といえるか否か、右が
  肯定されるとして、本件派遣行為により右権利が侵害され原告らが右差止請
  求権等を有するといえるか否か)について


(原告久野らの主張)
 (一) 平和的生存権の侵害

  (1)
 憲法前文は、「平和のうちに生存する権利を有することを確認する」
   と規定して、平和的生存権の存在を明確に確認している。
    この平和的生存権は、社会において国民一人一人が平和のうちに生存
   し、かつ個人の幸福を追求することができる権利を有するという形で、
   憲法一三条をはじめとする憲法第三章の各条項によつて個別的な基本的
   人権として具体化されており、特に憲法三一条は、「生命、自由、幸福
   追求に対する国民の権利」の尊重を規定しているところ、人間の生存と
   尊厳を根こそぎ侵害し剥奪する戦争に対する保障を当然に含むものとい
   うべきである。
    そして、憲法九条は、戦争の放薬、戦力の不保持及び交戦権の否認を
   定めることにより、主観的権利としての平和的生存権を、客観的、制度 
   的側面で保障するために設けられた規定であつて、憲法九条に違反する
   行為は平和的生存権を侵害するという関係にたつことは明白である。
    しかるところ、前述のとおり、国連平和協力法及びそれに基づく本件
   派遣は、これまで自衛目的にとどめられてきた自衝隊を海外へ派遣する
   という意味において、国民の平和的生存権を根底から崩しかねず、憲法
   九条に対する重大な違反であつて、平和的生存権の侵害の軽度は極めて
   著しいものがある。


 (2) 憲法前文にいう平和的生存権は不明確であり裁判上の救済を求める根
   拠となる権利ではないとする被告の主張は失当である。もっとも、平和
   的生存権の具体的な権利内容は、国民の置かれているさまざまな局面に
   よつて異なをことは事実であるが、本件訴訟でいえば、まさに戦争を繰
   り返そうとする政府の具体的行為、すなわちゴラン高原等への自衝隊派
   遣行為が現在もなお継続しており、かつ周辺事態法等の成立により一層
   強化されようとしている状況の中では、裁判所に対しその違憲性の確認
   と、差止めを求める権利として機砥させることが、原告らの有する平和
   的生存権の内容として最も妥当するものであり、右の意味において、権
   利の主体、成立要件、法律効果はいずれも明確というべきである。
    また、平和的生存権は、「戦争や軍隊によつて侵害されない生命権」
   ととらえると、極めて明確な権利ということができるところ、ゴラン高
   原等での活動は、明らかな軍事力の行使であり、事態の推移によつては
   原告らを戦争に巻き込みかねない重大な危険をはらむものであるから、
   原告らの平和的生存権を侵すものというべきである。


 (3) 納税者基本権の侵害
    憲法は、国民主権を基本横造とし、国民の意思のもとに国家が運営され
   るという国民国家の形態をとつているから、国民の国家に対する義務に先
   立って必ず国民の権利が観念され、その権利を実現するためないし調整す
   るための負担として、はじめて国民の義務が生まれるという横造をとると
   解すべきである。そして、このような権利は、主権者たる国民の本源的な
   権利であり、間接民主主義が有効に機能しないときは、自ら主権者として
   の権利行使を直接に行うことが認められる。
    そうすると、国民の納税義務について定める憲法三〇条は、国民の義務
   のみを定めるものと解すべきではなく、納税者たる国民が、その反面とし
   て、「主権者たる国民の財政監視の権利」を当然に有することを前提にし
   ているというべきである。そして、納税義務は、国が憲法条項を忠実に実
   践履行することにより初めて発生するものと解するべきであるから、国民
   は、「憲法に適合する目的のために、かつ、憲法の条項に従ぅのでなけれ
   ば、租税を徴収され、あるいは自己の支払った租税を使用されない権利」
   という納税者基本権を有する。
    しかるところ、本件派遣は明らかに平和主義と憲法九条に違反する違憲
   な行為であり、そのための財政支出は、納税者基本権を侵害している。ま
   た、本件派遣は、間接民主主義の制度により作られた法律にさえ適合しな
   いものであり、憲法の予定する本来の制度が機能しない非常時ともいうべ
   き状態にあるのであるから、憲法一二条が要請している「権利の闘争のた
   めの義務」の実現としても、国民が納税者基本権を裁判所において行使す
   ることが認められるというべきである。


 (三) 本件差止請求権等
    前記(一)及び(二)記載のとおり、原告らはその平和的生存権及び納税者基本
   権を侵害されており、したがって、現に行われている右侵害行為を除去す
   るとともに、将来にわたって右権利侵害行為が行われないようにするため
   に、本件差止請求をし、本件違憲確認請求をすることができるものという
   べきである。


 (被告の主張)
  原告らが本件差止請求等の根拠として主張する平和的生存権及び納税者基
 本権は、以下に述べるとおり、いずれも私法上保護されるべき権利と認める
 余地がないから、原告久野らの被告に対する本件差止請求等ま、いずれも失
 当である。


 (一) 平和的生存権について
   原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権は、その概念が抽象的
   かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成
  立用件、法律効果等のいずれをとつてみても何ら明確ではなく、その外延
  を画することさえできない極めてあいまいなものである。すなわち、権利
  には、極めて抽象的・一般的なものから、具体的、個別的なものまで各種、
  各段階のものがあり、そのうち司法強制性になじむのは具体的、個別的な
  権利であるところ、憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」は、平
  和主義を人々の生存に結びつけて説明するものであり、その「権利」をも
  って直ちに基本的人権の一つとはいえず、これをもって裁判上の救済が得
  られる具体的権利ということはできない。
   また、憲法九条は、憲法の基盤をなす平和主義の原理を規範化したもの
  であり、国の統治機構ないし統治活動についての基本的政策を明らかにし
  たものであつて、国民の私法上の権利義務と直接に関係するものとはいえ
  ない。
   したがって、平和的生存権なるものが、排他性を有する私法上の権利で
  あるとは到底認められず、これをもつて不法行為の被侵害利益とすること
  もできない。


 〔二〕納税者基本権について
   納税者基本権なる概念は、平和的生存権にもまして不明確なもので、憲
  法その他にこれを明記した条文は存在せず、その概念、具体的な権利内容、
  根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のどれをとつてみても何ら明確で
  なく、その外延を画することさえできない極めてあいまいなものである。
  しかして、このような納税者基本権なるものをもって、排他性を有する私
  法上の権利であるとすることはできない。
   また、納税者から徴収された租税は、原則としてその使用目的を個別的
  に特定することなく、国家財政の叫般財源となるものであり、その監督は、
  国民の代表者で構成される国会においてすることとされているのであって、
  憲法上、国民の納税義務と国費の支出とは、直接的、具体的な関連性を有
  しない。したがって、租税の用途と租税の徴収を直接結びつけ、「憲法に
  適合するところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利」
  を有し、これが私法上の権利であるとする原告らの主張は、国家財政の財
  源の確保及びその支出の仕組みや国民による監督方法について憲法の定め
  る基本的制度に反するものであつて、主張自体失当である。


3 争点3(損害賠償請求の当否−原告ら主張の平和的生存権ないし納税者基
 本権ないし人格的利益が国家賠償法等の不法行為の規定の保護の対象となる
 利益といえるか否か、右が肯定される場合、本件派遣行為により右人格的利
 益が違法に侵害され原告らが損害を被っているといえるか否か)について


(原告らの主張)
 (一) 平和的生存権及び納税者基本権の侵害

   前記2(原告久野らの主張)のH及び出と同じ


 (二) 人格的利益の侵害
  「現行日本国憲法の大帰則である平和主義・平和原則のもとで安全平穏
  に生活できる利益」(これには、戦争に加担しないで平和に生きたいとい
  う思い、人殺しには加担したくないとの言念、自己の納める税金を戦費に
  使用させたくないとの切実な願いを含むほか、現行憲法の大原則である平
  和主義・平和原則の廃止を許さないという信条や、核兵器も軍隊もない平
  和な日本と世界を作りたいという理想も含む。)は、法的に保護されるべ
  き人格的な利益というべきである。
   ところで、不法行為は、確立された権利に対する侵害行為のみならず、
  未だ権利として明確に確立されていなくとも法律上保護されるべき利益に
  対する侵害が違法であると認められれば成立するところ、個人の内心的な
  感情についても、それが害されることによる精神的な若痛が社会通念上受
  忍すべき限度を超えるような場合には、人格的な利益として法的に保護す
  べき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いか
  んによつては、不法行為が成立すると解される。そして、原告らの精神的
  苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたと評価されるためには、原告ら
  が一定の特殊な地位にあること等によつて通常の社会生活の中では生じ得
  ないような深刻な不快感、焦燥感が生じることが必要である。被告は、本
  件派遣により、現行憲法の最も大事な原則の一つである平和主義・平和原
  則をないがしろにし、そのうえ、国民の代表者としての国会が定めた国連
  平和協力法さえ無視する既成事実を積み重ねているところ、原告らは、こ
  のような事態に対して極めて深刻な不快感、焦燥感を感じ、日本国憲法の
  平和主義・平和原則が失われたときに何が起こるのかという点に関する見
  通しや判断に基因する深刻な危機感を有し、本件派遣が日本が再び軍事優
  先の国家となる契機となることを心から憂慮しているところ、このような
  事態を改善させるために、本件裁判以外にも多様な努力と運動を繰り広げ
  ているが、事態の緊急性は、間接民主主義の制度のもとの言論や表現の自
  由の行使の範囲内だけでは十分でないところまで来ているとの認識を持っ
  ている。以上のとおり、原告らは、「特殊な地位」にあり、「現行日本国
  憲法の大原則である平和主義・平和原則のもとで安全平和に生活できる利
  益」を極度に脅かされているということができる。


 (三) 原告らの損害
   政府の本件派遣行為により、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍を繰
  り返させない」という憲法の最も基本的な価値ないし理念は踏みにじられ、
  原告らは前記H及び出記載の権利ないし人格的利益を侵害されて、精神的
  な苦痛を被っている。右に対する慰謝料は、原告らそれぞれにつき少なく
  とも一万円は下らないというべきである。
(被告の主張)
  原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権及び納税者基本権並びに
 人格的利益は、以下に述べるとおり、いずれも私法上保護されるべき権利な
 いし法的利益と認める余地がないから、原告らの被告に対する損害賠償請求
 は、失当である。
 (一) 平和的生存権及び納税者基本権について
   前記2(被告の主張)の(一)及び(二)記載のとおり
 (二) 原告ら主張の人格的利益について
  (1) 不安、焦燥等、内心の静穏な感情に対する侵害は、現代社会において
   は一定の限度では甘受すべきものであるから、国家賠償法一条一項の適
   用により金銭賠償を受けるためには、そぅした精神的苫痛が金銭的慰謝
   によつて除去又は軽減できるような個人的、具体的揖害といえるもので
   あることが必要であり、単に個人の内心に抽象的かつ主観的な不安感等
   が生じたにすぎない場合には、同項の保護の対象となる法的利益とはい
   えず、また、およそ具体的な精神的損害が発生しているとも認めること
  (2) 原告らが法律上保護される利益として主張するところの「現行憲法の
   大原則である平和主義・平和原則のもとで安全平穏に生活できる状態」
   とは、「戦争に加担しないで平和に生きたいという思い、人殺しには加
   担したくないとの信念、自己の納める税金を戦費に使用させたくないと
   の切実な願い」、「現行日本国憲法の大原則である平和主義・平和原則
   の廃止を許さないという信条」、「核兵器も軍隊もない平和な日本と世
   界を作りたいという理想」を含めた生活信条全体を意味するというので
   あるが、これらは結局のところ、「平和的生存権」、「納税者基本権」
   の主張と同様に、その内容を何ら確定することができない抽象的かつ不
   明確なものにすぎず、個人の内心の抽象的かつ主観的な政治的信条等に
   すぎないから、およそ法律上保護されるべき利益として認められるもの
   ではない。また、原告らが被った精神的損害の内容として主張する「深
   刻な不安感、焦操感」、「日本国憲法の平和主義・平和原則の行方につ
   いての不安」、「日本国憲法の平和主義・平和原則が失われてしまうか
   もしれないという非常な危機感」については、結局のところ、原告らの
   憲法解釈あるいは政治的信条に反して本件派遣がなされたことに対する
   不安や焦燥等にすぎず、原告らと憲法解釈等を同じくする者の共通の感
   情として、いわゆる公憤の域を出ないものであり、個人的かつ具体的な
   損害といえるものではないばかりか、金銭的慰謝によつて除去又は軽減
   されるこさのないものであるから、金銭的慰謝の対象とならず、国家賠
   償法上救済されるべき損害に当たらないことは明白である。


 (3) 仮に、原告らが被ったと主張する精神的苦痛が、個人的かつ具体的拐
   害といえるものであるとしても、このような内心の静穏な感情に対する
   侵害行為が国家賠償の対象となるのは、それが社会通念上甘受すべき限
   度を超えるもので、どのような人にとつても異種独特の不安感等が生じ
   ることが無理もないと認められるような客観的状況が存在することが必
   要であり、しかも、右状況との相関関係上、加害者の行為態様が違法な
   ものであると評価できる場合に限られるというべきである。
    ところが、原告らの主張によつても、原告らに発生したとする精神的
   損害なるものは、原告らの憲法解釈又は政治的信条に反する行為が行わ
   れたことによる不安、焦燥等にすぎず、およそ、社会通念上甘受すべき
   限度を超えるものと認められない。しかも、原告らが違法と主張する行
   政機関の行為は、直接国民に向けられた行為ではなく、国民−般の立場
   に立つ原告らにとつて、かかる行為が侵害行為とされて不法行為が成立
   するに足りる程度の侵害の客観的状況が原告らの立場との相関上きわめ
   て明白かつ強度のものということもできない。したがって、仮に、原告
   らが内心の静穏な感情を害されたことによつて、個人的かつ具体的な精
   神的苦痛を被ったとしても、それが社会通念上甘受すべき限度を超え、
   不法行為が成立するものとは到底認められない。

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