最初に全体としてこの事件がどういう特徴を持った事件であったか、若干おさらいをしていきながら、次に一般新聞報道でほとんど伝えられていない、事故究明の盲点がどこにあるのか、私のような軍事専門家の目から見てのお話をしたいと思います。
事件が起こったのは2月9日の午後でした。
問題のグリーンビルというアメリカの海軍原子力潜水艦は、朝の7時59分という非常に早い時間にハワイのパールハーバーを出航していった。正規の乗組員は163.人ですが、この時に実際の乗り込んだのは士官が11人で下士官・兵が95人、合計で106人。定員の6割ぐらいしかいないという、非常に特殊な形で出航しました。
グリーンビルは4ヶ月間ぐらい作戦航海をして、その直後の出動でした。そのため多くの乗組員は、ハワイの潜水艦訓練所で攻撃訓練を受けているとか、あるいは自宅で静養しているというようなことで、ベテラン乗組員のかなりの人たちを乗せないで出航していった。代わりに臨時の乗客として、ワドル艦長の上司にあたる、太平洋艦隊潜水艦隊参謀長で海軍大佐のブランド・フーバ−という人が引率した、16人の民間人を体験搭乗させていた。形からいっても非常に妙な形の出航であったわけです。
体験搭乗の発案者は、マッキーというアメリカ太平洋軍の元の司令官です。
沖縄のレイプ事件の時に、「タクシーに乗る金があるなら女を買えば良かったのに」と言ったけしからん男ですけれども、これが実力者です。この人が民間人を潜水艦に乗せて、アメリカ海軍、特に潜水艦の予算の削減を抑えて、なんとか潜水艦をたくさん作ろうという運動をやっている。マッキーが太平洋艦隊の潜水艦部隊のコネツニという司令官に、民間人を乗せて船を出してやってくれと頼んだ。退職していますけれども元の上官から言われることですから、とても拒否などできるところではない。それでコネツニがワドルに頼んで、グリーンビルを出して民間人を乗せた遊覧航海をすることになった。
ワドルは人並み以上の出世心のある男です。マッキーとコネツニの依頼で、しかも二人とも同乗するということだったので、自分を売り込む絶好の機会だったと張り切ったわけですね。ところがコネツニとマッキーは急用があって来られなくなった。だから、始めからこれは訓練航海として海軍が行うものではなく、民間人を乗せて遊ばせるための航海だった。こういう経過で船は出航したわけであります。
■ワドル艦長の独断で操縦■
ああいう悲惨な事件にいたるにはいろんな理由があるわけですが、まず大きな理由として指摘しなければならぬのは、ワドル艦長の独断的な繰艦指揮です。彼は民間人16人に、原潜の能力がいかに優れているかをデモンストレーションする、艦長である自分の腕前を見せたいという思惑が重なって、安全確認という点では全く話にならない行為を、相次いで続けていきました。
衝突までの航海図を見ますと、えひめ丸は北からやって来るわけですね。南からグリーンビルが北上していく。グリーンビルは衝突前ほぼ一時間の12時32分にえひめ丸を探知します。シエラ13、これがえひめ丸のことです。シエラ1、2、と出航してから探知した水上目標に順番に番号をつけていったわけです。
12時42分になると、グリーンビルは相当な角度で左旋回します。90度以上、100度近い旋回です。さらにすぐ90度以上の角度で右に曲がって北上する。急角度で旋回しますと、ソナー探知はうまく働かない。ソナーというのは海中を伝わってくるエンジン音やスクリュー音などの騒音=音波を受信して水上船舶や海中の敵潜水艦の動きを知る装置です。潜水艦は水中に潜ったらソナー以外に外界を見る目は皆無なんです。水中で極端な運動をやれば、せっかく見つけたシエラの音波も中断してしまう。
さらに13時16分から、時速26キロで上昇・下降を繰り返します。深度49メートルから198メートルまで、ジェットコースターみたいに運転したんです。26キロという速度は、原潜にとっては中の上くらいのスピードだと思いますけれども、それでも相当な速さです。さらにそれが13時25分には増速して、時速37キロの高速でジグザグをやる。13時37分になると、120度旋回しながら潜望鏡深度まで上昇する命令を下す。
航跡の立体図を見ると、ジグザグから反転から、ものすごい急角度の運動をやっていることがわかりますね。魚ではあるまいし。そして旋回しながら潜望鏡深度まで行った。艦体は水中にありますけれども、潜望鏡を立てると周囲から見える深さです。この場合、何のために上がったかというと、潜望鏡を出して艦長や当直士官が安全を確認した上で、もう一度潜って、そして緊急浮上をする。そのための安全確認だったのです。浮上が安全だということにして、一挙に120メートルくらいの深さから海面に向かって突進していくわけであります。
本来、潜水艦の緊急浮上というのは何のためにするかというと、故障するとか敵の弾に当たって水中にいてはあぶないという時に、緊急に海面に逃げ出すためです。百何十名の乗組員の生命がかかるわけですから、本当に一秒をも争って海面に飛び出す。そういう繰艦をするわけです。排水タンクから水を一挙にブローして、高速で水の上に躍り出てくる。
この間は潜水艦全体がブルブルッと音を出して震えますから、ソナー探知もできないわけです。見た人の話だと、艦の何分の一かが海面に飛び上がるのだそうですね。鯨のように。
今回は不幸なことにそこへ、えひめ丸がやってきて衝突した。衝突直前のコースを見てください。下から上がってドスンとぶつかったんじゃないんです。海面に上がって、360度近く旋回して、そしてぶつかったのです。
私は事件が起きたことを知った時に、最初にいくつか気になったことがあります。緊急浮上をいつ誰が決めたのかが、第一に私の大きな関心事だったんです。
上からの命令だったのか。潜水艦隊の司令官なり太平洋軍の司令官なりから命令が来て、お前のところはしばらくやっていないから、緊急浮上の訓練をやれというふうに命じられて、出航前からわかっていたのかどうか。どうして、あんなたくさん船が通る所で緊急浮上をしなければならないのか、誰が考えても不思議なことですので。後になって査問会が開かれて分かったんですが、まったくこれはワドル独断だったんです。
問題は3点あります。
まず、ワドルのいちばん大きなミス、これは犯罪的なミスですけれども、潜望鏡深度に浮上する時に、先任将校とかソナー要員とかプロット員たち(それぞれの役割は後で申します)そういう人たちと意見を何ら交わさないで、準備命令を発しているんです。潜望鏡深度へ浮上せよと。すると乗組員たちは、次の命令は緊急浮上だということが分かるわけですね。乗組員たちは不安になったけれども、艦長命令だから絶対です。
次の大きな問題は、緊急浮上に備えるためには、艦のしかるべき幹部を集めたブリーフィングが必要らしいんです。海上は安全だと思うが、諸君たちはどう思うかと。それで幹部たちが安全だと判断すればやるということになっているんですが、そのようなブリーフィングをやらないで突っ走っていったのです。
その次の問題は、艦長は潜望鏡深度に上がった段階で、いきなり急速潜航の命令を発した。次の命令が緊急浮上です。
一連の動作を、ワドル艦長の独断で、次々と命令を発していった。こういうことは大変な問題で、これらすべて直接事故に結びついていくわけです。
■司令室の状況はこうだった■
当日のグリーンビルの司令室がどういう配置だったか、私が作図したものを見ていただきます。似た図はたくさん新聞に出ていますが、どの新聞もみな少しずつ欠陥がある。ここに私がまとめたものがいちばん正確かと思いますが、まだ完全ではないかもしれません。
幹部の配置表です。
- 艦長はワドル中佐
- 副艦長はジェラルド・ファイター少佐。
- そして機関担当のミーダー少佐というのがいる。日本でいえば機関長でしょうね。
- 先任将校がコーエン中尉。ここでいう先任将校とは、哨戒長を兼務しているようで、その別名のようです。
- そして航法士官がスローン大尉、この人はコーエンの上官で、午前中は先任将校の当番だった。
- 午後になってコーエン中尉に代わって、自分は休息に入った。
この数人の将校の中で、査問会で責任問題になり懲戒の対象になったのは、艦長と副艦長、先任将校、この3人です。
下士官には、
- ソナー主任のエドワード・マニボギー一等兵曹、
- ソナー員のボウイ兵曹、
- ソナー訓練生のローズ水兵、
- 非番のソナー員レイエス兵曹。
この中でマニボギー兵曹は軽い懲戒を受けています。
- プロット員のシークレスト兵曹(発射統制官)、
- プロット員のパトリック・ブラウン兵曹。
こういう人がこの場面で、それぞれの役割を演じているわけです。この名簿は、私たちがこれから査問会の記録を読んでいく上で、名前と階級、その日の任務が非常に重要な事になってくると思います。だれがどこに何をしていたかということが、問題解明に非常に役立つわけです。
さて、司令室の中の主な配置ですけれども、司令室は約27平方メートル。5メートル平方ほどですから、本当に狭いところです。そこに10人ほどの海軍軍人と、16人のアマチュア見物人がゴチャゴチャに立っているわけです。この図にはアマチュアの人たちは書き込んでいないのですが、他の新聞にいくらでも書いてありますから、それを見ていただきたいと思います。問題は、海軍の軍人たちがどこで何をしたのかということです。
右上の操舵用計器盤のところに、椅子が3つ並んでいます。前の方から、プレーンズマンという人の席。下がヘルムズマンという人の席。プレーンズマンというのは、指示された針度、方向へ向かって平面の操舵をする人。ヘルムズマンは艦の上下の角度を操舵する人。その二人が計器盤に相対して一緒に座っている。そのすうぐ後ろで、操縦監視にあたる潜航士官という将校が見守っているんですね。この3人が組みになっいるわけです。
その左には注水管制官席というのがあって、その前に浮力調整パネルがあります。例えば艦長が「浮上」と言うと、圧搾空気の力で海水を艦内から押し出していく。その排水の作業と舵を上下左右に動かす仕事は、3人一組で完全にぱっと行われないといけないわけです。操舵と注排水と、操縦の重要なところはこの4人の固まりで行われているわけですね。黒丸はつけませんでしたが、ここには当然、人がいるわけですから、4人いたことは確実です。
それから、浮力調整装置の前にもやはり一人の士官か兵がいた。潜望鏡の近くです。潜望鏡の根本は非常に太いですね。大人の腕でも回らないくらい太いと思います。その潜望鏡が2本ありますから、非常に場所をとるわけですね。それが真ん中にドカンとある。そして艦長と先任将校(哨戒長)が潜望鏡の近くにいて、彼らは動いている。彼らの椅子があるわけではないようですから。
■ソナーマンは絶叫した■
以下は私のアイデアです。ソナー室情報の艦長への伝達方法が3ルートあるということを、3月7日付けの読売新聞だけが報じた。これはすごいニュースです。私はこの報道で、非常によく分かった、初めて真相に迫れるという感じを持ちました。
第一のルートは、ソナー員の報告はマイクとスピーカーで艦長と司令室に達するという。第2のルートは、レピーターという電子モニター、これは先ほど話したソナーモニターです。艦長や哨戒長の目の前に周辺状況が映るようになっている。
三番目が他船航跡図で、うでのいいプロッターが書くものです。そういう3つで艦長や哨戒長はいながらにして状況を把握できる、戦闘の指揮もできる。
私はこのマイクとスピーカーによるルートはどうなったんだろうという事が大きな疑問でした。どうしてかというと、長い間軍事問題を研究して、冷戦中はソ連の原子力潜水艦とアメリカの原子力潜水艦が、海の中でキャット・アンド・マウス・ゲームをやり続けてきたことに、非常に関心を持ってきたんです。以前、潜水艦の乗組員からも話を聞いたことがあるので、ソナーマンの仕事についても、概念的にはなじんでいたんです。
潜水艦の海中の闘いを少しは分かっていただかないと、ソナーマンの腕と本当の役割が分かりません。例えばソ連の潜水艦が行く、アメリカの潜水艦が後ろを追いかけていく。スクリューが回ると水が乱流を起こして、後ろから行くとつけられた方は分からないわけです。先を航行する潜水艦は不安になり、しばしば回転して後ろを確かめる。そのときに後ろからついていく潜水艦は、ぼやぼやしているとぶつかってしまうわけです。冷戦中の米ソ潜水艦の水中接触事故は、しばしばこういう状況で起こっています。
ソナーマンは、ものすごい鋭敏な耳を持っているんです、音楽家の耳と同じように。百人のオーケストラの指揮者は、一人のバイオリニストの音の違いを気づいて注意することがあるんだそうですね。同じことがソナーマンでも言えるんです。彼らは前の潜水艦が舵を取り始めた瞬間に、前の艦は旋回を始めた、スピードがいくら、何度の方角と、舵を取るごとに全部とらえている。コンピューターの力ではなくて、耳の力です。
艦長の耳元にスピーカーがありますからそれを使って、目標は進路を修正した、潜航している、左に行った、右に向かった、と刻々と口で報告するんです。艦長はそれを聞きながら、また同時にソナー画面を見ながら判断して、作戦の指揮をとっていくわけですね。
グリーンビルでも、マイクとスピーカーは絶対生きていたと思うんです。故障するわけはない。コンピューターとは全く違う、いちばん易しい電気装置で、故障してもすぐに直せるんです。
さて、今回の衝突事件の場合を考えてみましょう。シエラ13号を発見してからぶつかるまで1時間ちょっとですが、その間に無謀な運転があったりして、しばしばソナー探知が中断されていきます。何も聞けない状態になっていく。その後潜望鏡深度まで浮上したわけですね。潜望鏡を立てたときには、高速で走ってはいないんです。その瞬間にソナーマンの耳にはシエラ13の音がバーッと入ってくるわけです。
ソナー電子画面でも はっきりと接近してくるのが見えます。一度潜って反転して急浮上するまでのいくらかの時間、潜水艦は静止状態になります。その時には完全に静穏な状態になって、周辺の音波はガンガン入ってきます。えひめ丸は接近しているわけですから。ガンガンとプロペラの音が響いてくるわけです。それをソナーマンが聞き落とすわけはないんです。ですからソナーマンたちは絶叫します。「水上目標接近中」と絶叫します。
この場合はソナー員が4人もいた。レイエス軍曹は非番のソナー員ですが、艦長の相次ぐ無謀な命令であぶないと感じて、しかも目の前にいるのは見習い中の若い水兵ですから、すぐ後ろから助けたわけです。レイエスは査問会でいちばん重要な証言をしているんですが、轡をかけられています。しゃべるなと。
第一ソナー員も仕事をしています。ですから、米海軍の発表から新聞が新米の兵に全責任があるかのごとく書いているのは、まったく間違っています。新米とはいっても、すでにグリーンビルに30会乗っているんです。接近するえひめ丸の出すスクリュー回転音やエンジン音など、大きな音を聞き逃す事はあり得ないわけです。そういう点で、わたしは米海軍の非常な作為を感じます。
もう一つの作為は、3つのルートがすべて故障していたと発表したことです。読売新聞の記事では、海軍の予備調査結果を報告したグリフィス少将の話として、「当時のグリーンビルは全ルートが機能していなかった可能性を指摘した」というんですね。曖昧な表現です。それに読売の記者はクエスチョンマークをつけている。それに、ソナー探知の解析について、「熟練者でないと見分けがつかない」とい書いている。これは全然デタラメな見方です。パッシブ・ソナー探知では熟練者であろうがなかろが、音源がきちんと見分けられるわけはない、おおまかにそこにあると分かればいい。そのことと、音がどんどん接近してきて危険な状態にある時に注意を喚起しないということとは、別のことです。
■組織ぐるみの虚偽と隠蔽■
ここで、私は何点かアメリカ海軍が組織ぐるみの虚偽をやっているということに気がついたわけです。第一点は、先ほど言いましたように、ソナー室と司令室を結ぶボイスの有線報告装置が存在するのに、その存在を曖昧にしている。このことはマスコミのすべての人が見落としている。
2番目はソナー員のローズ水兵を無能呼ばわりして、彼にすべての責任を負いかぶせていることです。非番のベテランのサポートもあり、第一ソナー員はベテランです。これも虚偽の証言です。
3番目は、非番のソナー員レイエス兵曹が果たした正当な役割を、米海軍は評価できない。レイエス兵曹に本当に証言されたら、全部ばれるわけですから。
4番目は、これは私が気づいたことですが、ESMという装置のことです。エレクトニック・サポート・メジャーとか、エレクトニック・サベイランス・メジャーとか言われるものですけれども、要するに電波的に水上を監視する装置です。レーダーではなくて、相手の電波をパッシブに探知する装置です。潜望鏡の先にアンテナがついている。実際にどういう風に使うかというと、例えば潜水艦が敵の沿岸に人を送り込むために浮上するとしますね。浮き上がったときに頭上に敵の対潜哨戒機がいれば一発でやられますから、まず潜望鏡を上げると同時に、ESMの受信アンテナを回して、レーダー電波を探す。上に哨戒機がいればその捜索レーダーが回っていますから、そのレーダーの電波を受信して、敵がいるということを察知するわけですね。潜水艦の固有の装置です。
衝突の経緯で、13時37分、「海上船舶のレーダーを受信するESM、対電子支援担当員も、ノーコンタクトと報告した」とあります。電波をESM装置が探知しなかったなど、あり得ないことです。潜望鏡を上げて、コーエン中尉も「ノーコンタクト」、ソナー主任も「ノーコンタクト」、電子支援要員まで「ノーコンタクト」。これは真っ赤な嘘です。
3月5日の海軍の査問委員会で、ブリフィス少将がこう言っています。「80秒しか潜望鏡を上げなかったので、電波探知装置を使う時間がなかった」。ふざけた話です。80秒という時間は、電波探知で言えば非常に長い時間です。交戦中なら、一分半もアンテナを上げたら、対潜哨戒機に完全にとらえられてしまいますから、すぐ攻撃を受けるのは常識です。80秒もあれば、1000メートル先にえひめ丸の航海レーダーが回っているわけですから、その電波を確実に受けている。
もう一つ大きな問題はソナー記録を抹殺したということです。客に鯨の声を聞かせたときに新しいディスクを入れ忘れたので、「事故にいたる所のソナー記録は存在しない」という。こんなことは絶対にあり得ないことだと思います。
ESMの問題、ソナー室がらみの問題を、米海軍はよってたかってごまかしをやっている。新聞記者も知識がないので分からないのでしょう。そこで軽くごまかされて、米海軍に都合のいいような情報しか新聞やテレビには出ていないのが現状です。
私は、米海軍の組織ぐるみの虚偽と隠蔽に怒りを覚えています。遺族の方々は現場に行って、証言を聞かれたり査問会の状況を見て米海軍の不誠実さを感じておられるでしょう。事件の真相究明のために、さらに努力したいと思います。
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