松尾報告 2

 ではどういう研究をやったのかということですけれども、概略はご存じと思いますのではしょりまして、歴史的な経過を追っていきますと、三つの分野に分けて研究をしたわけです。

 第一分類は防衛庁所管の有事法です。例えば自衛隊法の一〇三条で徴用・徴発が決まっていますが、対応する政令がない。第一分類については八一年の四月に研究が終わって、概要が発表されています。防衛白書に資料として載っています。

 第二分類は防衛庁以外の各省庁所管の有事法です。例えば戦死者が出た場合、どうその死体を処理するか。これは墓地埋葬等に関する法律で、自治体の長の許可がないと処置できない。戦争中そんなことをやっていられないというので、適用除外とする。第二分類については八四年の一〇月に研究が終わりまして、これも概要が発表されて、防衛白書の後ろに記載されています。

 第三分類は所管官庁が明確でない法令。例えば捕虜を扱うのがどこの官庁か決まっていない。第三分類は八七年から八八年の間に防衛庁では研究は終わっています。八七年から八八年の間というのは、発表がないから正確には分からないんです。なぜこのように判断したかというと、防衛白書の記述から類推したわけです。八八年の白書で初めて、内閣官房が検討していると書いている。八八年の防衛白書ができるまでの間に、防衛庁では研究を終えて、内閣官房に上げているということです。

 民間防衛についても、これは第三分類に入るべきことですけれども、防衛白書では八八年版からは別枠で民間防衛を記述しておりまして、別途この検討が必要だというふうに書いてあります。もう一つ、八八年の白書の記述の変化は、これまでは一貫して「自衛隊の行動にかかわる有事法制」と言っていたのですけれども、八八年版からは米軍の行動にかかわる有事法制も必要だと書き始めました。ちなみに、米軍の行動にかかわる有事法制の中身ですが、これは防衛庁が国会答弁をするところを見ますと、内容は自衛隊の行動にかかわる有事法制の内数と言っておりますから、主語を変えれば転用可能、すぐできると、そういう関係になっています。

 なお、栗栖発言がどう処理されたかということですが、七八年七月に彼は首になった後、九月に防衛庁はこういう発表をしています。「最近問題となった防衛出動命令下令前に急迫不正な侵害を受けた場合の部隊の対応措置に関する問題は、本研究とは別途に検討している」。本研究とは有事法制研究です。ですから、栗栖発言で言った超法規的な行動を取らざるを得ないという手だては、有事法制
とは別だてでやっていると当時、発表しています。この研究がどうなったかと言いますと、2000年の一二月、
「部隊の行動基準の作成等に関する政令」が制定されました。部隊行動基準というのは防衛庁用語ですが、要するに交戦規則です。今年の防衛白書でも、有事法制の取り組みの中に、このROE(交戦規則)の記述は入っています。これで辻褄があうということになります。

 周辺事態と日本有事
 現在の段階ですけれども、ではなぜ森首相、小泉首相が国会での演説で、有事法制の法案化を検討すると意思表示をしたことをもって、内閣官房で作業がスタートしたのか。私はこれまでの手順で言いますと、安全保障会議の議決あるいは閣議の議決がなければ、政府レベルでの有事法制の法案化は、たぶん手続き上できないのではないかと思っていたのですが、実はそうではなかった。つまり、行政改革の一環で内閣総理大臣の権限強化をやったわけです。
 内閣法の改正がそれに当たるわけですが、首相の閣議の発議権が明確になりました。内閣官房の総合調整機能が強化されたわけです。ですから、ここで国家システムがひとつ変わっておりまして、首相の意思表示をもって実務レベルでのスタートが可能になるという、そういうメカニズムがここで働いたのではないか。ですから、行政改革というのは、ガイドライン路線とワンセットで動いていると思います。

 では、なぜ今年なのか。これは九七年に新ガイドラインに変わった、シフトしたことに起因していと思います。新ガイドラインでは「立法上の措置を義務づけられるものではない」という旧ガイドラインの文章をそのまま置いたんですが、その後ろに新しい一行があるわけです。「しかしながら、具体的な政策や措置に適切な形で反映されることが期待される」という文章を足した。義務づけはないが期待されているからやる、ということです。

 もう一つは、新ガイドラインは旧ガイドラインの「極東有事」「周辺事態」と言い直しまして、強く前面に押し出したものになった。法整備についても、この周辺事態についての法整備を先行させまして、その手当てが終わったので日本有事の法整備に移行した。

 時間的なズレは、周辺事態の手当てを先行させたことに関係があると思います。

 では周辺事態というもののをどう考えるか。私は普通の言葉に言いなおすと、アジア太平洋地域で戦争が起こる、在日米軍がそれに参戦する、それに対して自衛隊が、武力行使をしない範囲での作戦行動で対米支援をする、自治体、民間も加わる。そういう戦争です。この周辺事態での自衛隊の行動は、個別的自衛権の行使ではないというのが日本政府の見解です。ですから新しい法律が必要になったわけで、そのために周辺事態法を作り、自衛隊法を改正して、あるいはACSAを改正した。周辺事態での自衛隊の作戦行動を、米軍と戦争をしている当事国がどう判断するかということは、日本政府の見解とはまた別個の問題になると思います。

 いずれにしても、周辺事態の法的な手だてが終わったので、次の段階の日本有事の有事法制の手だての段階に入ったのが今だということです。政府が「わが国への武力攻撃が発生した場合のものである」と言っているわけですから、日本有事の法的な措置というわけです。この場合は当然、個別的自衛権の発動になります。

 新ガイドラインでは、周辺事態日本有事とを分けて記載しております。周辺事態には相互協力計画で対処する。日本有事には共同作戦計画を作成して対処すると、別個に書いてあります。けれどもちゃんと読むと、二つは別のものではなくて、リンクしてワンセットになっているわけです。具体的に言いますと、新ガイドラインでは、二つのケースを考えている。一つは、周辺事態日本有事に波及する、そういうシナリオが一つ。もう一つは、周辺事態と日本有事がいっぺんに同時に起こるというシナリオです。したがって新ガイドライン下での戦争というのはアジア太平洋地域での戦争で、そのための法的な措置が必要となっている。

 ですから抽象的な意味で日本を守るという法整備ではないのです。なぜ日本に対する武力攻撃が発生するかと言えば、それは日本政府がアジア太平洋地域で米軍の実施する戦争に加担するからです。

 なお、防衛庁ではいま平時と戦時のグレーゾーンである領域警備というものについて、法整備が必要だとしていて、自衛隊法の改正を考えております。これは早ければ今度の国会に出るのではないか。それから、防衛白書に記載はありませんけれども、ACSAのもう一回の改正、日本有事にいまのACSAは機能しませんから、有事ACSAへの改正の可能性がある。あるいは、戦時ホストネーション・サポート協定がたぶん必要になってくると思います。これらはまだ防衛庁は言っていませんし、新聞報道もありません。

 よく有事法制日本有事のものではないという人がいるのですが、それは私は正確ではないと思います。日本防衛のための有事法制ではないということが間接的には言えますけれども、防衛庁がいま進めているのが日本有事のためのものではない、個別的自衛権発動のためのものではないというのは、ちょっと無理がある。

 例えば、こういう説明をする人がいます。周辺事態法九条では自治体・民間への協力要請に止まっている。それをやらせるためには自衛隊法一〇三条を使わなければならない。だからそのための法整備をやっているんだと言うのですが、これは明らかに事態が違います。周辺事態の場合はあくまでも周辺事態法の九条を適用する。自衛権が発動されれば自衛隊法一〇三条が適用される。そういう形です。ですから、周辺有事日本有事に波及してくる、あるいは周辺有事日本有事が同時に起こる、このことを想定することが大事だと思います。


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