2006年2月9日判決 14部
福山洋子さんと竹岡顕二さんの訴えに対する判決文(11〜15P部分)

第3 当裁判所の判断

1 本件派遣の差止請求に係る訴えの適法性(法律上の争訟性)について


 原告らは、本件派遣によって原告らの「人格権(憲法前文の平和的生存権、憲法9条、 13条に基づく権利)」が侵害されていると主張し、その「人格権」に基づく妨害排除ないし妨害予防として本件派遣の差止めを請求している。
 ところで、裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」、すなわち、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(最高裁昭和56年4月7日 第三小法廷判決・民集35巻3号443頁参照)。
 しかして、原告らの主張する「人格権」は、その内容が必ずしも明確でないが、原告らの「生命身体の安全についての権利」を含むものと解され、原告らの主張中には、本件派遣によって、イラクの武装勢力等が日本をテロの標的とする危険が迫っており、これによって原告らの生命身体の安全が侵害される危機に瀕しているとした上、その「生命身体の安全についての権利」に基づく妨害排除ないし妨害予防として本件派遣の差止めを求めるという主張が含まれるものと解されるところ、少なくとも、そのような「生命身体の安全についての権利」に基づく妨害排除ないし妨害予防として本件派遣の差止めを求めるという限りにおいては、上記の法律上の争訟に当たるものと解することができる。

2 本件派遣の差止請求及び損害賠償請求について

 原告らは、本件派遣によって原告らの「人格権(憲法前文の平和的生存権、憲法9条、13条に基づく権利)」が侵害されているとした上、被告に対し、その「人格権」に基づく妨害排除ないし妨害予防として本件派遣の差止めを求めるとともに、不法行為(国家賠償法1条1項)に基づいて、その「人格権」侵害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料の支払いを求めている。
 しかしながら、本件派遣によって原告らの権利ないし法的保護に値する利益(以下、法的保護に値する利益のことを「法的利益」という。)が侵害されているとは認められない。その理由は、下記(1)、(2)のとおりである。
 したがって、原告らの本件派遣の損害賠償請求は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきであて、棄却を免れない。

(1) 原告らの主張中には、本件派遣のために、日本においてイラクの武装勢力等によるテロが発生する具体的危険があって、これによって原告らの生命身体の安全が侵害される危機に瀕している(「生命身体の安全についての権利」が侵害され、又は侵害されるおそれがある。)との主張が含まれていると解されるところ、そのような「生命身体の安全についての権利」は、具体的な権利であるということができる。
 しかしながら、トルコ等世界各地でテロが発生し、アル・カイーダ関係者を名乗る者が、テロの犯行を認めるとともに、米国のイラク攻撃を非難し、日本を含む数カ国に対し同様のテロ攻撃を実施する旨の声明を発表したこと(甲36ないし46)、イラクにおいて原告ら主張のような日本人人質殺害事件が発生したこと(公知の事実)は認められるが、それだけで直ちに原告らの主張の如く日本においてイラクの武装勢力等によるテロが発生する具体的な危険があるとは認め難い。仮に日本においてその危険があるとしても、直ちに本件の原告ら(特定の個人)の生命身体の安全が侵害される具体的な危機に瀕しているとは認められないし、原告竹岡が米軍基地の近隣に居住しているにしても、やはり具体的な危機に瀕しているとは認められない。

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(2) 原告等主張の「人格権」なるものは、上記の「生命身体の安全についての権利」をいう点を除けば、権利ないし法的利益とは認められないものである。
その理由は、以下のとおりである。

 原告らは、戦争の脅威と軍隊の強制から免れて、平和のうちに諸々の人権を享受する権利、あるいは平和憲法の価値を体現すべく生きてきた原告らの人格を内容とする人格権が、憲法上、前文第2段において平和的生存権として明定され、平和を確保する手段につき9条によって具体化され、更に13条によって具体的な権利として保障されている旨主張する。
 確かに、憲法は、前文第2段第3文において、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣言し、9条において、1項で戦争放棄を、2項で戦力の不保持及び交戦権の否認を定め、13条第2文においては、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めるなど、日本のみならず世界の恒久平和を念願し、戦争の惨禍から人類が永遠に免れることを希求し、基本的人権を保障する基礎的条件として、日本国民が平和のうちに生存すべき旨の理念を有することは疑いがない。
 しかしながら、上記のいわゆる平和的生存権は、理念ないし目的としての抽象的概念であって、個々の国民の権利ないし法的利益としての具体的内容を有するものではない(最高裁平成元年6月20日第三小法廷判決・民集43巻6号385頁参照)。
 また、憲法は、13条において、憲法上明示的に列挙されていない利益を新しい人権として保障する根拠となる一般的包括的権利を規定するが、その利益が具体的人権として保障されるには、少なくとも、個人の人格的生存に不可欠な具体的利益を内容とするものでなければならない。しかして、原告らが「権利」ないし法的利益として主張するところは、前記の「生命身体の安全についての権利」をいう点を除けば、結局のところ上記の平和的生存権のことをいうにすぎず、個人の人格的生存に不可欠な特定の具体的利益をいうものではない。
 そして、原告らが「権利」ないし法的利益として主張するところには、前記の「生命身体の安全についての権利」という点を除けば、法的利益として認めるだけの特定された具体的利益を見いだし難い。

イ なお、原告らは、被告が、本件派遣に伴い、準戦時体制を整えるため、あらゆる人権(表現、通信の自由、社会権等)を制限し抑圧しており、これが原告らの人格権を侵害するものであると主張するが、その主張自体に照らして、一般的に国民の人権が制限されるような施策がとられているということをいうに止まり、具体的に原告らの人権が侵害されていることをいうものではない。

 そもそも、本件派遣は、何ら原告らに対して向けられたものではないから、それが直ちに原告らの権利ないし法的利益を侵害することは容易に想定し難い。
 なお、原告らが本件派遣によって精神的苦痛を受けているにしても、それは、原告らの権利ないし法的利益が侵害されたことによるものでない以上、差止請求や損害賠償請求の根拠とはなり得ない(一般国民としてのいわゆる公憤ないし義憤と評価されるものである。)。

3 違憲確認請求(原告竹岡)について

 民事訴訟制度は、基本的に現在の具体的な権利義務ないし法律関係をめぐる紛争を解決することを目的とするものであるから、確認訴訟における確認の対象は現在の権利義務ないし法律関係でなければならず、単なる事実行為についての確認は、その確認をすることが現在の権利義務ないし法律関係をめぐる紛争の抜本的な解決手段として最も有効かつ適切であると認められる場合に限って許される。
 しかして、原告竹岡が違憲であることの確認を求めている対象は、本件派遣という単なる事実行為であり、本件で現にされている本件派遣の差止請求及び本件派遣による損害の賠償請求以外に、その違憲であることの確認を求めることが、現在の権利義務ないし法律関係をめぐる紛争の解決手段として必要であるとか有効、適切であるとは認められない。
 したがって、本件の違憲確認請求に係る訴えは、訴えの利益を欠くものとして、却下を免れない。

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