準備書面(5)補足
2005年(平成17年)4月 15日
東京地方裁判所民事第1部合議2係 御中
原告 新井 治
記
日本国には世界に誇れるものがあります。それは戦後60年の間、誰一人として国外の人を殺さなかった事です。この“日本の宝”が実現できたのは、日本に平和憲法があったからです。日本の平和憲法の精神は、本文4Pに十二分に述べられておりますが、吉田茂首相は、1946年6月28日の衆議院本会議で、次のように答弁しています。
- 《 『戦争放棄に関する憲法草案の条項におきまして、国家正当防衛権による戦争は正当なりとせられるようであるが、私はかくのごときことを認めることは有害であると思うのであります(拍手)。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。故に正当防衛権を認めることがたまたま戦争を誘発するゆえんであると思うのであります。
(中略)
ゆえに正当防衛、国家の防衛権による戦争を認めるということは、たまたま戦争を誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された場合におきましては、正当防衛権を認めるということそれ自体が有害であると思うのであります。』 》つまり、自衛戦争をも放棄している絶対平和思想であります。ここで、特に注目すべきは、吉田茂首相の発言が、大きな拍手により、多くの国会議員(国民)からの支持があったことです。
近年、自衛の戦争は認められていると政府は詭弁しております。また、自衛のためなら海外も攻撃してよいという法律を成立させました。これは平和憲法を有名無実化するものであります。憲法の屋上屋を許さず、憲法が国の最高法規であることを、おくらばせながらもきちんと判断しなければならない時期に来ていると思います。
去る3月4日イタリアの女性記者ジュリアーナさんを乗せた車がアメリカ軍の銃撃にあい4人が死傷した。(資料−7) 世界にセンセーションを巻き起こしましたこの事件も、イラクでは特に特別なことではないのです。“停止命令に従わなかった”“怪しいやつだ”いや、“怪しいと思っただけで” ただそれだけの理由でアメリカ軍は日常的にイラク人を殺害しているのです。ただ、ニュースとして流してないだけなのです。特に日本では意図的に報道していないように感じられます。しいて言うならば、今回の事件がニュースになったのは、友軍国の邦人だっただけのことなのです。日本も何時このような事件に巻き込まれるやも知れません。 思い起こせば、2年前03年11月29日 奥参事官らが死体で発見されました。犯人はいまだに判明しておりませんが、今回の事件を重ね合わせて見ると、“停止命令に従わなかったから撃ち殺された”という話がありますが、あながち的外れではないと考えられます。
もし仮にそうだとすれば、イタリアとの違いは肌の色が白と黄色の違いだけです。黄色だから黙殺されてしまった、という考えも成り立ちます。
要は、友軍の邦人まで平気で撃ち殺してしまうアメリカ軍に正義があるのか。アメリカのイラク占領に正義があるのか。そのアメリカの片棒を担いでいる日本に正義があるのかということです。イラクでは、自衛隊の水はもう必要ありません。基地の中から出られず、自己満足している自衛隊に派遣の意義があるのでしょうか。アメリカ軍の武器・弾薬・兵隊を運んでいるのは契約違反です。
イラクの旧政権崩壊から2年経った4月9日、フセイン元大統領の像が倒されたバグダッド中心部の広場で、数万人の反米デモがあった。反米デモ参加者だけでなく、沿道の人々も大きな声援を送っておりました。(NHKニュース報道) 今やイラクでは、反米感情が非常に強いということです。ブッシュの思惑とは裏腹に、アメリカ軍が駐留すればするほど、反米感情は強くなって行きます。
日本もこのままイラク駐留を続けていくと、アメリカ軍と同一視され、イラク人々の憎しみを買うだけです。日本が世界の正義を取り戻す方法はだだひとつ、自衛隊を一日でも早く撤収することです。そのうえで、イラク暫定政府に銃を持たない文民の立場で協力することです。そのことにより日本は、イラク及びイラク人から厚い信頼を受けることになります。そのことが同時に、日本国が正当防衛の名のもとに外国の人を殺す心配、アメリカ軍に殺されるリスク及びアメリカ軍に間違われて、イラクの人に殺されるリスクから必然的に解放されることになるのです。日本の平和憲法のありがたさを改めてかみしめたいと思います。
添部資料
資料−7 (05.03.05 朝日新聞)