平成16年(ワ)第6664号 違憲行為等差止及び損害賠償請求事件
原告 北沢 洋子
被告 国

準備書面(3)補足(2)

2005年4月25日

東京地方裁判所民事第18部合議2係 御中

原告 北沢洋子
代理人 弁護士  内田雅敏

原敏雄裁判長、工藤正裁判官、浜田更裁判官、

2004年11月29日に提出いたしました準備書面(3)の「イラクの実態」の項で触れなかったイラク経済復興の実態についての補足陳述をいたします。
なぜなら、そもそも日本の自衛隊のイラク派遣は「人道復興支援のため」でした。2005年2月3日の時点で、日本政府は7億6,900万ドルの直接支援を行なったと発表しました。しかし対象となった事業の大半は、陸上自衛隊が駐屯しているサマワでの電力、医療、水道などの復興、整備に充てられており、その多くは現物支給です。自衛隊が汗を流して働いているという政府の宣伝には程遠いものです。残りの事業もバグダッド市内の治安警察に車両などを現物支給したことにとどまっています。
このほか、WFP、UNICEF、UNHCRなど国連機関を通じた援助は1億100万ドルであり、ピースウインズ・ジャパンなどNGOの活動に対する支援は2,200万ドルにとどまっています。日本が議長国を務める「イラク復興関連基金」に対してはこれまで、5億ドルを拠出しております。(外務省ウェブサイトより)
以上の事実から、日本政府のイラク人道復興支援は、ムサンナ県のサマワという限られた地域に集中しております。これでは、「イラク共和国の人道復興支援」とはおよそ言えるものではありません。
では、イラク全土の復興プログラムの進行状況はどうでしょうか。
現在、イラクの新政府は4月18日に発足したばかりで、十分に機能していません。また日本のマスコミはイラク現地に日本人特派員を派遣しておらず、もっぱら職業ジャーナリストの訓練を受けていない現地イラク人の取材に依存しているか、または、周辺のアラブ諸国での取材で済ましている状態です。
そこで、私は、米国政府ならびに海外の民間研究機関が発表した資料にもとづいて、イラクの経済、とくに人道復興の実態について、明らかにしたいと思います。

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  1. 米占領軍の復興政策
     2003年3月に始まった米英連合軍の軍事攻撃により、イラクの産業は完全に破壊されました。とくに人びとの日常生活に必要な電気、水道、ガス、電話などのインフラ、さらに人びとの家屋までも破壊されました。イラクの経済復興を語るとき、まずこれら人びとの生活に基本的に必要な(人道)公共インフラの再建を行なわねばなりません。
     2004年6月のイラク人への主権委譲にいたる約1年余りの間に、米占領軍のポール・ブレマー暫定行政当局(CPA)行政官は、100回のCPA法令を発令しました。この中には、政治とともに経済政策が含まれていました。しかし、その多くはイラク経済の復興には全く関連のないものでした。
     たとえば、CPA令第39号には、
     (1)イラクの国営企業200社を民営化する、
     (2)外資がイラク企業を100%所有することを認める、
     (3)外国企業をイラク企業と同等の扱いにする
     (4)米企業がイラク国内で得た利潤を100%国外に送金することを認める、
     (5)外国企業に40年の営業権を与える

    などが含まれていました。これらは、現在、いかなる途上国政府も外国資本に対して認めていないものです。なぜなら、途上国政府は、開発途上にある自国の産業を育成しなければならないので、無制限な外国資本の投資と営業活動を認めることが出来ない筈です。世界で第2位の経済大国である日本でさえも、さまざまな形で外国企業の参入を制限しています。しかし、これらのCPA法令は米国資本が占領終了後もイラク経済を完全に支配することを意図したものにほかなりません。
     CPA令第49号では、企業の法人税の最高を15%に制限しました。また企業の利潤にかかっていた40%の税率を15%に引き下げました。現在イラクでは、米軍の基地建設プロジェクトなどビジネスチャンスはあるのですが、これらは米企業が優先されていて、イラク人企業には発注されないのです。つまり、法人税の引き下げの恩恵を受けるのは米企業ということになります。
     これまでイラクでは銀行はすべて国営でした。しかし、第40号によって、外資が50%参入できることになりました。
     第17号では、イラクで営業する外国企業(治安管理の民間企業を含む)は、イラク国内法の適応から除外されることになっています。これは、米治安管理会社のガードマンがイラク人を殺しても、米企業が公害を垂れ流しても、イラク警察は犯人を逮捕できないし、裁判にかけることも出来ないということです。日本国内の米軍基地で起こっていることと同じです。犯人は米国の裁判所で米国の法律によって裁かれることになります。
     イラクの経済復興がまったくはじまっていないにもかかわらず、2003年6月7日、ブレマー行政官は早々と第12令で、イラクに入ってくる、あるいは出て行く商品には、関税、輸入税、ライセンス料その他のすべてをかけないことになりました。これはイラクが香港のような自由貿易地域になったことになります。
    その結果、イラク国内には大量の消費物資が流入いたしました。人びとの家庭は、まだ水道も止っており、電気も停電続きの状態なのに、人びとは失業しているのに、マーケットには、外国製の衛星テレビ、携帯電話、エアコン、冷蔵庫などの家電製品(この中には日本製品も多い)が溢れかえっています。その結果、停電がさらに頻繁に起こっています。しかし、これをテレビで見た外国の人びとには、イラクが復興しているという幻想を与えることになりました。また、このような外国からの消費物資の流入は、イラクの地場産業を破産に追い込み、さらに復興を妨げるものでした。
     2004年6月30日付けの『ニューヨークタイムズ』紙は、「当初CPAは、2,300件の復興事業が計画されましたが、実際に着手したのはわずか140件でしかなかった」と報道しました。占領下で治安が悪化したことが主な理由でしたが、一方では、占領軍はイラクの復興に全く熱意がなかったことを示しています。これでは、日本政府が「イラク復興関連基金」に拠出した5億ドルの行方がどうなったのか、疑問になります。
     また復興プログラムの遅れは、戦争によって生じた膨大な失業者の雇用の解決を困難にしました。それがまた、占領軍に対するイラク人の不満を増大させ、治安の悪化につながりました。
     2003年10月、米議会はイラク復興資金として、180億ドルの支出を決議いたしました。しかし、その1年後、CPAの手に届けられたのは、そのうちわずか20億ドルでした。CPAは、これで、85万人のイラク人労働者の雇用を創設すると公表しましたが、実際にはCPAの発表によっても、39万5,000人に留まっています。しかもこのうちの半数は、警察、イラク軍など、治安維持要員で占められています。
     たしかにCPAは、道路の整備、清掃などの公共事業も行いました。これは5万人の雇用を創出するという触れ込みでした。しかし、このような仕事は、将来性のない、単発的な、しかも、3K労働であるということで、労働者は2万人しか集まりませんでした。
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  3. イラク復興関連基金について
     2003年10月、マドリッドにおいてイラク復興支援会議が開催されました。ここで、参加国が4年間に330億ドルを拠出することに合意しました。日本は、50億ドルという米国に次ぐ最大の拠出金を公約いたしました。すでに、そのうち5億ドルを支払ったことについてはすでに述べたとおりです。
     米国は、184億ドルの拠出を公約いたしました。しかし、2004年9月の段階では、なんと10億ドルを支払っただけでした。その他の国からは10億ドルが支払われました。このうち、日本は50%を支払ったことになります。
     つまり、鳴り物入りで発足した「イラク復興関連基金」ですが、4年間で330億ドルという公約の中で、1年後には、たった20億ドルしかし払われていなかったということです。なかでも米国はまったくイラクの復興に関心を持っていないことを示しています。
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  5. イラクの石油収入の行方
     イラクは、サウジアラビアに次いで、世界第2位の石油埋蔵国です。この石油収入に関しては、国連安保理決議第1483号で、「イラク開発基金(DFI)」が設置され、ここに入れられることになりました。これがイラク政府の唯一の収入になる筈でした。そしてDFIは、2004年6月の主権委譲までの1年余りの期間、CPAの管理下に置かれました。
     しかし、米国の民間研究機関『フォーリンポリシィ・イン・フォーカス』2004年7月号によると、イラクの石油収入は、少なくとも年間180億ドルにのぼるのだが、そのうちの130億ドルをCPA、つまり米軍の占領費用に使ってしまった。たとえば、バグダッドの米大使館では、1,500人の職員が働いています。これは、米大使館のなかでも最大のものですが、世界各国の大使館のなかでも最大規模のものとなっています。その費用はDFIから賄われました。さらに米軍基地などの建設を受注した米企業の手に、DFIから83億ドルが充てられた、と述べています。                    
     ワシントンに本部がある「オープンソサイエティ研究所OSI)」は、2004年12月、米議会内に置かれている会計監察院が、「CPA時代には、イラクの石油収入のうち、少なくとも40億ドルが使途不明金になっている」と発表したと述べています。その1例として、CPAは1件あたり3億3,900万ドルもの大型プロジェクトを、オープン入札なしに、米ハリバートン社に発注したことを挙げています。監査院によると、このような入札制度を使わないで発注されたプロジェクトは、全体の73%にのぼると報告されています。
     権限委譲後も、また選挙後の暫定議会と内閣が成立した以後、さらに、新憲法制定以後イラクに正統政権が誕生した後でも、米国のイラク実質支配は変わりません。それは、すでにCPA第57号によって、2003年から5年間、イラクのすべての省庁に米人監督官が配置され、監督、観察、政策策定、公務員の雇用、文書へのアクセスなどすべての権限を保証されることになっています。すでにそのために、200人の米国人監督官が配置されています。これは、少なくとも、この5年間、イラクが米軍の占領下に置かれ、経済は完全に米国の植民地になることを意味します。
     このCPAの法令は、占領軍による被占領国の法律の改正を禁じた1907年のハーグ条約に違反しています。米国は1949年のジュネーブ条約とともに、このハーグ条約を批准しています。それゆえ、米国は自ら締結した国際条約に違反しているのです。このことについて、英国のゴールドスミス検事総長は、ブレア首相に対して「米占領軍が行なっている大規模な経済改革は国際法によって認められていないものだ」と警告いたしました。

     以上見たように、イラクの人道復興計画は全く進んでいません。これは、イラクの治安の悪化のせいだと言う以前に、米占領軍がイラクの復興事業を遅らせている上に、如何にして、イラクの石油と経済を支配し、半永久的にイラクを植民地にすることにのみ力をそそいでいるからです。

     小泉首相は、イラクに自衛隊、とくに陸上自衛隊を派遣することが日本の国際貢献であるといっております。しかし、これまで見たように、それは、真の意味での国際貢献ではなく、米国のイラク植民地化に貢献することに外なりません。
     今日、先進7カ国では、英国と並んでイラクに参戦しているイタリアのベルルスコーニ内閣が議会の不信任投票で辞職いたしました。これは、国内のイラク参戦反対の声が大きくなっていることを反映したものです。
     一刻も早く、自衛隊のイラクからの撤退を求めます。

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
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