平成16年(ワ)第10267号 損害賠償請求事件
原告 野村 瑞枝
被告 国

準備書面(5)

2005年7月27日

東京地方裁判所民事第28部合係 御中

原告 野村 瑞枝

第一 平成9年1月27日鹿児島地方裁判所判決が示すもの

1. はじめに
 本訴訟の原告仲間の一人である友田良子は、平成3年に鹿児島地裁に「90億ドル支出違憲確認等請求事件」を提訴し、平成9年に判決を得た(以下この判決という)。(甲第46号証)
 この判決は、違憲確認請求が却下、損害賠償請求が棄却されたものであるが、「平和訴訟と名付けられる同種訴訟の中では最も優れたものと考えられ、少なくとも、議論の土俵をレベルアップしたもの」であるとして当時高く評価された。(平成7年(行コ)第69号大阪控訴審第四準備書面/甲第47号証2頁)
 そこで今回原告野村は、この判決が立脚している理論的根拠を引用して、本件と関連づけながら、原告野村の主張を論述する。

1. この判決は平和的生存権についてどう述べているか?
ア. この判決は、「平和的生存権」について『総論肯定、各論否定』である。そして、総論肯定を『明確に肯定』したことと、各論否定の理由の中にたっぷり平和的生存権肯定を含ませて論じていることがこの判決の特徴である。
イ. まず、総論肯定の中身をみる。

  1. 憲法が国民と国(公権力。以下同じ)との関係において、国に対し、平和の維持を国民に対する関係において義務づけていると解することができ、
  2. これを国民の側からいえば、憲法上、国民は、国に対し、平和を維持するように要求することができる権利
  3. (これを、仮に、「平和的生存権」と命名することもできよう。)があるというべきである。(甲46号証56頁から57頁)。
    以上1から3である。

ウ. 次にこの肯定のどこが明確であるかをみる。

  1. で国を『公権力』といい、
  2. で『国民の側からいえば』とわざわざことわった上で、『国民は、国に対し、平和を維持するように要求できる権利』のあとに『かっこ』で囲んで、
  3. (これを仮に「平和的生存権」と命名することもできよう)とした3点においてである。(1から3まで/甲第46号証56頁)

エ.さらに、各論否定の中身に含まれている肯定部分をみる。

4. 憲法は、本来、国が国民に対し、国民の人権、権利を保障し、もって個人の尊厳を守ることを目的とするものである。
5. 平和的生存権が憲法上保障されていると解することには異論がない
6. 国が国民に対する関係において、憲法上義務づけられている平和を維持するということ
7. 個人の尊厳を保障する上での必要不可欠な人格的利益を広く保障しようとする憲法13条の趣旨(4から7まで=同62頁〜63頁)

オ.ではこの判決は平和的生存権をどう否定しているのかをみる。

8. 平和的生存権の侵害を理由に損害賠償請求を可能ならしめる根拠となる裁判規範性を有する具体的権利としても肯定できることを直ちには意味しない(同62頁)
9. 平和的生存権の具体的中身に何を盛り込むかは、最も重要な政治課題であって、各政党、各界において多様な考え方があり、一義的に明確なものと言えない(同63頁)
10. 誰に対するどのような事実があればその権利の侵害があったといえるか(成立要件)、だれに損害賠償を請求できるか(主体)が明確でなければならないところ、右にいう平和的生存権は、そのいずれの点においても明確とはいい難く、その外延(右にいう平和的生存権という概念を運用して損害賠償の有無を巡る法的紛争を解決すべき範囲)を画することができない曖昧なもので、損害賠償上救済の対象とし得べき現実的、個別的内容をもった権利とは未だいえないから、これを、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償による法的保障を与えなければならない権利に当たると解することはできず、同条項にいう損害が発生したということはできない。」(同64頁)
この判決の上記各論否定部分については、原告は存分に反論できるの

で、以下第二で詳細に述べる。 

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第二 被告が野村に与えた損害の具体

1. 各論否定部分は従来通りであるが、以下に一つずつ反論する。
2. 原告野村は憲法や法律の範囲内にある政策の当否を問題にしているのではなく、憲法や法律に違反していることを請求原因としているのである。
.原告の平和的生存権の主張にあいまいな点はひとつもない。
成立要件=国が自衛隊派兵を強行したことによって原告野村に対して精神的損害を与えた。
主体=国
4.この点について、国家賠償法1条1項を見る。
『国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。』
5.次に本件原告野村の請求が国家賠償法第1条第1項にいう損害になるかならないかを、検証する。

ア.損害になる。なぜなら、最高裁判決で以下の人格権が不法行為上の保護を受け得る人格的権利に当たると示しているからである。まず、この二例をあげる。原告野村は平和的生存権の回復のみの主張であるが、被告は「人格権の具体的内容は、結局、従前から原告(この原告は今の所野村ではない)が主張する平和的生存権にほかならず」とも述べているので、原告野村の主張する平和的生存権とここでいう人格権が別ものであるとはいえないであろう。よって、人格権についての判決を援用した。
    1. =最高裁昭和61年6月11日大法廷判決によれば、名誉権という具体的内容が特定された権利をもって人格権に当たるとしている。
    2. =最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決では、氏名が人格権の一内容を構成するものであるとした上、他人から氏名を正確に呼称される利益という具体的内容が特定された利益をもって不法行為上の保護を受け得る人格的利益に当たるとしている。
    3. 原告野村の平和的生存権は1.2.以上に具体的内容が特定されている。
      どう特定されているかは、原告野村がこんにちまで発表してきた文のうちで本になった(すべて共著であるが6冊である)ものをコピーとともに次回詳細に述べる。
イ.原告に損害をあたえたのが、国民でも天皇でもなく、国の公権力の行使に当たる公務員であったからである。
ウ.国の公権力の行使に当たる公務員がその職務として自衛隊をイラクに派兵した行為によって原告は精神的損害を加えられたことが耐えられず、本件訴えを起こしたからである。
エ.いいかえれば、
    1. 自衛隊がイラクに派兵されなかったら、原告野村は本件を起こす必要はまったくなかった。裁判を起こすと特別手当がでるわけではない。むしろ、時間的にも金銭的にも大きな負担がかかる。それでも本件を提訴せざるをえなかったのは、原告野村の被害が受認の限度を超えたものだったからにほかならない。
    2. 「国が決定した政策の施行(略)により、反対意見者が精神的苦痛を受けたとしても(略)、その苦痛を免れるためには、自由な言論、政治的活動により、反対者が多数派を形成することによって克服することが期待されていることであり、しかも、それで足りるというべきである」と、この判決(前記鹿児島地裁判決)は言っているが、原告の本件提訴自体がここでいう『自由な言論』行為であるので、被告が自衛隊をイラクに派兵したことによる苦痛を免れるための行為であることには間違いがない(甲第46号証65頁)
 なお、「多数派を形成することによって克服する」については、次回において原告野村の平和的生存権の具体的内容を詳細かつ客観的に示すことによって、いかに現状に即していないかを展開する。

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第三 原告の損害は非財産的損害である

1. この判決の平和的生存権についての否定部分は、従来通りの主張にとどまっている。本文2頁2から10にみるとおりであるが、原告の平和的生存権がこの判決によって、国から維持を保障された権利であることが確認できたことは何よりの喜びである。そこで、もう少し踏み込む。

  1. 金銭の貸し借り裁判であれば、貸した金の相手や金額が明確に提示で
    きなければ、成立要件も主体も明確でないからこの判決のいう通りである。
  2. しかし本件の請求原因は金の貸し借りではない。国の公権力の行使によって自衛隊をイラクへ派兵した事実によって損害が加えられたから損害賠償請求をしたのである。
  3. 本件損害は目に見えるものではない。形のあるものでもない。具体的であることが目に見え、形のあるものでなければならないならば、この判決のいうとおりである。
  4. しかし、民法710条は[非財産的損害の賠償]として、『他人の身体、自由又は名誉を害したる場合と財産権を害したる場合とを問わず前条の規定によりて損害賠償の責に任する者は財産以外の損害に対しても其賠償を為すことを要す』であるから、
    ア. 原告野村の身体(身体の内部にある精神が自衛隊派兵によって深刻な打撃をこうむった)が害された。
    イ. 原告野村の自由(自衛隊派兵によって世界の多くが日本を嫌悪したことを痛感するので、その不安と不快は日常生活から原告野村の自由を奪った)が害された。
    ウ. 原告野村の名誉(世界を旅しながら日本はどの国にも武器を向けない国であることを誇ってきたがこれが嘘になったことで名誉を失った)が害された。
  5. 以上、4からが原告野村の平和的生存権の非財産的損害の具体例である。原告野村の平和的生存権についての損害は民法710条の非財産的損害にあたるから、被告は原告野村に対して損害倍種の責に任ずるべきである。

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第四 この判決は国家にとっての不合理が何であるかを明らかにした

1. この判決は棄却の理由を以下のように記している。

  1. 「このことは、総論で争いようのない権利・利益(平和的生存権でもよいが)であっても、その具体化された中身(各論)につき争いがあり、その違法性の有無が一義的に明確でない事柄について、国の政策に対する反対者(日本国民のみならず外国人)が、右政策の施行によって良心や信念等が侵されたことをもって、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償による法的保護を与えなければならない利益に当たると解することの不合理( )を想起すれば、容易に理解できるであろう。」としているが、( )内が大変重要であるので以下に記す。
  2. (これを肯定すれば、本来、自由な言論、政治的活動によって克服すべき無数の事柄について、反対者の良心、信念等が侵害されたことに法的保護を与えることを肯定することになる。)
  3. 原告野村は準備書面(1)4頁において「大東水害判決から最高裁判決ががらりとひっくり返ったこと」を記したが、それまでの水害判決がすべて国民側の勝訴だったのに大東水害から後はほとんど国側の勝訴になった不思議を思い出さずにはいられない。裁判所法4条は[上級審の裁判の拘束力]であるが、国側が負け続けると裁判所は裁判所法4条を無視してでも国民を負けさせる判決に転化できるのである。
    原告野村はなぜ裁判所が裁判所法を破ることが出来るのかを知りたかったが、この判決の( )内が教えてくれた。
  4. 原告野村はまた、準備書面(1)3頁に記したように、長沼ナイキ事件の担当裁判官だった札幌地裁の福島裁判長は所長の平賀氏から国側に有利な判決を出すように書簡を渡されたことを明らかにしたが、これは過去のあの一回だけだと誰が思うであろうか? つまりはいつの時代も国からの圧力はあって、その結果、例えばこの判決の( )内のごとき内容が記されることになるのである。
     ここで付け加えたいのは、原告野村が平賀書簡問題を準備書面に書いたのは、平賀所長が福島裁判長に書簡を渡したからであって、書簡を渡されたことを福島裁判長が公開したからではない。この公開こそ、裁判官の勇気であったが、この勇気はその後の過程で見事につぶされてゆく。それでも原告野村はこの勇気があった事実を知ってから、本件に大きな力を得たことを心をこめて付記する。
  5. 現実に不合理が起こることはありえないことを一番よく知っているのは下級審の裁判官であろう。克服すべき無数の事柄についてのすべてを、国民が提訴することはありえないし、原告野村が甲第14号証で示したように、過去60年間の憲法訴訟あるいは平和訴訟の原告数は被告答弁書があげただけでも延べ3000名にすぎない。1989年で日本国の総人口は約1億2千万人である。(甲第48号証)
  6. なお、反対者が多数派を形成するためには、選挙はまったく意味をなさなかったことは、原告が選挙権を得た1963年以降の国政選挙が25回(衆参同日選1回とした)しかなかったことからも明らかである。(甲第49号証)
  7. 以上、この判決は国民が国を訴えた場合、裁判所はどう判断せざるを得ないかが明確に示されているのである。

第五 次回で原告の平和的生存権が裁判規範性を有することを示す
 
本準備書面(5)の結び

 今回は鹿児島地裁判決からの援用によって原告の主張を展開したが、次回は原告が書いてそれが共著として書籍になったものだけを使用して、原告の平和的生存権が裁判規範性を有する権利であることを証明する。

以上

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
会としては2007年9月 解散しました。
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