平成16年10月19日
東京地方裁判所民事第28部B合係御中原告 野村 瑞枝
被告・国は7月21日付の原告あての答弁書で,原告・野村の訴えを,『主張自体失当である』と結論づけた.しかしながら,原告が答弁書及び乙第1号証を詳細に検討している現時点で,『被告の主張こそ失当である』との結論を得つつある.資料が膨大かつ多岐に渡っているので,現在その全てを提出できる段階に至っていない.従ってここでは,答弁書に対する反論のための準備段階としての事実の提示にとどめた.
<はじめに>
被告が原告・野村あての答弁書の中で主張するのは,『平和的生存権に具体的権利性を認めることはできない』ということの一点が主であり,その理由として,最高裁平成元年6月20日第三小法廷の判決を第一に取りあげた上で,『多数の裁判例によって繰り返し明確にされており,判例理論として確定しているものといえる.』と記し,昭和52年から平成9年までの12例をあげている.
そこで原告はまず被告の示した計13例がどのような事件であって,どのような判決がくだされたのかを知りたいと思った.が,何をどう探せばいいのか最初はまったくわからなかった.そのうち,『行裁例集』とか,『判例時報』という文字に気がつき,図書館でこの二つを検索してみた.『行裁例集』はなかったが,『判例時報』は,年代順にずらっと画面に出てきた.この時のうれしさはあまりにも大きくて,言葉にも文字にもできない.
このようにして原告は,まさに被告の答弁書に手を引かれるようにして,判例の海に飛び込んだのである.この海のいかに深く冷たくゆらぎに満ちていたことか.現在原告は出勤の往復をこの海の潜水にあて,昼休みの1時間をコピ−にあてている.
原告はこの過程で何度も涙した.裁判官の勇気に,弁護士の努力に,そしてなにより,原告になったひとびとのやむにやまれぬ気持ちの強さに.
原告・野村はまだ当分判例の海から出ることはできない.たった13例(注1)とはいえ,その判例の前後左右に,歴史,政治背景,諸外国との関係,経済状況などが,見え隠れしながらもガッチリと存在して根太い影響を与えているのである.海の底はそれが浅くても深くても波紋が砂上に描かれる.被告の『平和的生存権に具体的権利性を認めることはできない』との主張は,この波紋のようなものだと原告・野村は考える.波紋の形状は常に曲線で決して三角や四角がないように,札幌高裁昭和51年8月5日判決から東京地裁平成9年3月12日までの12例は,例外なく最高裁の判例を踏襲,あるいはそのまま引用しているからである.
ここに述べるのは,先の13例及び『平和的生存権』にはかかわりのないように見えながら実は底辺で密接に関連していると考えざるを得ない一つのゆるぎない流れを示す大まかな事例である.それを時系列順に記す.なお書証については,次回まとめて提出する予定である.
ア・東京地裁1954年5月11日判決(いわゆるポポロ事件)
- 『官憲の違法行為を目前に見て徒らに座視し,これに対する適切な反抗と抗議の手段を尽くさないことは,自ら自由を廃棄することにもなるであろう.自由は,これに対する侵害に対して絶えず一定の防衛の態勢をとって護って行かなくては侵され易いものである』
(判例時報26号3頁−甲第4号証)
イ・1969年(いわゆる平賀書簡)
- 『なお,この一審判決(札幌地裁1973年9月7日・長沼訴訟)が出る前に,札幌地裁の平賀所長は,担当裁判長である福島判事に対し,裁判の争点について国側を勝訴(住民を敗訴)させる内容を記した書簡を渡し,国を勝たせるように裁判に干渉してきました.』
(『はじめて読む憲法の判例』118頁一ツ橋出版2004年5月20日発行−甲第5号証)
ウ・名古屋高裁1971年5月14日判決(いわゆる津地鎮祭)
- 『さらに,国又は地方自治体のする特定の宗教的活動が大部分の人の宗教的意識に合致し,これに伴う公金の支出が少額であっても,それは許容される筋合のものではない.なぜならば,そのことによって残された少数の人は自己の納付した税金を自己の信じない,又は反対する宗教の維持発展のために使用されることになり,結局自己の信じない,又は反対する宗教のために税金を徴収されると同じ結果をもたらし,宗教的少数者の人権が無視されることになるからである.このような少数者の権利の確保が,個人の尊厳を基調とする人権規定の根底にあり,信教の自由を保障する規定の基礎にあるわけである.人権に関することがらを大部分の人の意識に合致するからといった,多数決で処理するような考え方は許されるはずがない.』
(判例時報630号7頁−甲第6号証)
エ・東京地裁1973年3月27日判決(いわゆるマクリ−ン事件)
- 『(略)米国人である原告が本国の行ないつつある右政策に対し,滞在地である日本国内において自己の見解を表明し,主として在日米国人に対して反戦を呼びかける行為は,政治活動というよりは,むしろ一米国人としての自然の思想表現であって,これをもってわが国の政治問題に対する不当な容像とみることはできず,このために日本国民の利益が害される虞れがあるということもできない.』
(判例時報702号46頁−甲第7号証)
オ・最高裁1977年7月13日大法廷判決における藤林追加反対意見(津地鎮祭訴訟)
- 『たとえ,少数者の潔癖感に基づく意見と見られるものであっても,かれらの宗教や良心の自由に対する侵犯は多数決をもってしても許されないのである.そこには,民主主義を維持する上に不可欠というべき最終的,最少限度守られなければならない精神的自由の人権が存在するからである.』
(判例時報855号24頁−甲第8号証)
カ・1987年12月1日号ジュリスト31頁(いわゆる『つまずきの石』松江地方裁判所長・古崎慶長)
- 『大東水害最高裁判決があってから,下級裁判所は,水害訴訟に関する限り,一斉に右にならえをして原告を敗訴させているから,この判決はまさに<つまずきの石>である.しかし,前項の総括で述べたように,下級裁判所は,容易にこの<つまずきの石>を重宝しすぎる嫌いがある.』
(甲第9号証1)
キ・同上同頁(大東水害訴訟証人の木村春彦氏の記述)
- 『なおこの際,この裁判の証人としてもう一つ明らかにしておきたいのは,科学者,特に土木工学,河川工学,水理学等の分野の科学者で水害裁判の被災原告側の証人となる人がほとんどいないということである.このことは,これらの科学者が何らかのかたちで被告行政の代理である建設省や府県の土木部と密接な関係があり,原告住民側に立つと政治的圧力がかかったり,アカ呼ばわりをされたりすることがよくあるからである.』
(甲第9号証2)
ク・最高裁1988年6月1日大法廷判決(いわゆる自衛官合記事件)における伊藤反対意見
- 『私は,現代社会において,他者から自己の欲しない刺激によって心を乱されない利益,いわば心の静隠の利益もまた,不法行為法上,被侵害利益となりうるものと認めてよいと考える.(略)私は,基本的人権,特に精神的自由にかかわる問題を考える場合に少数者の保護という視点に立つことが必要であり,特に司法の場においてそれが要求されると考えている.多数派支配を前提とする民主制にあっても,基本的人権として多数の意思をもっても奪うことのできない利益を守ることが要請されるのはこのためである.思想や信条の領域において,多数者の賛同するものは特に憲法上の保障がなくても侵害されるおそれはないといってもよく,その保障が意味をもつのは,多数者の嫌悪する少数者の思想や信条である.(略)』
(判例時報1277号34頁−第10号証)
ケ・1989年全国裁判官懇話会における谷口正孝元最高裁判事の講演『裁判における判断基準』での参加者の質問より抜粋
- 『(略)最高裁の判例は一つに固まっている場合においても,国民の中には意見が多数あるわけですし,在野法曹にも意見が多数あり,また,裁判官にも明らかに表明はしないけれども,多数の意見があるわけでして,そういう点において,結局裁判官というのは良心に従ってやっていくと,自分の本当に正しいと思うところでやるしかないのではないかと思うわけです.その結果,事実上の不利益を受けるというのは本来おかしいのですが,受けるというような状況は覚悟してやらないと裁判官としては,やっていく張り合いがなくなってしまうんじゃないかと考えております.(略)』
(判例時報1316号17頁3段7行目〜14行目−甲第11号証)
コ・福岡地裁2004年4月7日判決(いわゆる靖国訴訟)
- 『現行法の下においては,本件参拝のような憲法20条3項に反する行為がされた場合であっても,その違憲性のみを訴訟において確認し,又は行政訴訟によって是正する途もなく,原告らとしても違憲性の確認を求めるための手段としては損害賠償請求訴訟の形を借りるほかなかったものである.(以下略)』
(判例時報0000甲第12号証)
<注1>コンサイス判例六法平成13年度版(三省堂2000年11月1日発行)に掲載されている判例の総数(提訴後判決を得るにいたったものの総数ではない.その中からコンサイス判例六法編纂委員が選んで載せた数である)は1947年から1999年までで4619件であり,そのうち,憲法判例とされているものは計358件である.実際の判例数はこの数より多くなる.
上記10点は,本丸に入るための橋のようなものである.本丸とは,被告の記す『平和的生存権は具体的権利性に欠ける』との主張である.次回,原告はこれについての反論を主に数字によって展開してゆく予定である.
以上