平 成16年(ワ)10460 違憲行為差止等請求事件
原   告  鈴 村 元 一
被   告   国

2005年 8月10日

準備書面(7)
「判例について」
被告乙1〜5号証に反論する

東京地方裁判所民事第15部合議A係 御中

原 告 鈴 村 元 一

 そもそも、「判例」は判例であり、それ以上でもそれ以下でもなく、同系列の事件の参考にはなっても、無条件で証拠能力を有するものではない。裁判判断は「法」基づいて判示され、関連判例は傍証にすぎない。証拠と主張するからには本件事件の実態の裏付け(認否)を伴って、参考資料的要素として提出されるべきであり、千年一日の如き判例羅列はマンネリ、怠慢である。
 特に、軍隊が海外派遣され、邦人が殺害され、日本国がテロの報復対象国に指名されている現在、被告の提出証拠の価値はゼロに等しい。

【1】、憲法76条3項

「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」

1.裁判官の良心
裁判官は「良心に従い」職権を行使するといっても、たとえば、ある法律が自分の「良心」に照らすとよくない法律であるからといって、裁判官がその法律を無視して裁判をするということなどは、許される道理ではない。
要するに「法」を離れた「良心」に従って裁判をすることは許されないのであるから、ここにいう「良心」を個人的・主観的良心と解したにしても、それは「法」を離れた個人的・主観的良心 ではありえない。
裁判官は、「憲法および法律」に厳正に従ってその職責を行使すべきだということが、「良心に従い」の意味である。
2.「この憲法及び法律にのみ拘束される」
1)ここにいう「法律」は、たんに形式的意味の法律だけでなくおよそいっさいの客観的法規範をさすことは明かである。
2)慣習法などの不文法も、含まれる。要するに、これは、裁判が客観的法規範に準拠すべきことを定めるものなのである。
3.判例は、76条3項の法律か否か。
◇法論・学説
 ・判例法もここにいう「法律」に含まれるとの説。
・判例は法規でないから裁判官を拘束しないとの説。
・確立された判例法といいうるものは裁判官を拘束するが判例そのものは直ちに裁判官を拘束しないとの説。
◇原告の主張
1)日本の場合には、形式上、制定法と個別に判例そのものが「法」として存在するわけではない。
2)判例は「法」ではなく76条3項の「法律」には含まれない。
3)判例そのものが独自の法として存在するものではなく、存在する法の解釈を示したものである以上、裁判官は、裁判にあたって、判例の法解釈がまちがっていると思ったならば、自分の正しいと確信する解釈をとることができるのである。
4)判例は、抽象的な法の規定に具体的内容を与えるものとして、実際上はきわめて重要な意味をもつから、まったく無視されてよいというものではない。裁判所の法解釈が事件ごとにバラバラというのでは、国民の権利を不安定にするから、そういう事態は基本的に避けるべきである。
 5)しかし、その拘束力は、76条3項が「憲法及び法律にのみ拘束される」という場合の拘束力とは、次元の異なったところでの拘束力である。

【2】、憲法判例の変更

  これまでに憲法判例変更は、事件名を列挙するまでもなく実在する事実である。憲法訴訟の専門文献に「明示的変更」「黙示的 変更」という類型別の記述が為される現実があることは、被告の提出証拠が如何に有効性が希薄であるかの証左でもある。
  判例変更の要因については裁判所が熟知するところと思われるが、原告の主張も挿入して「屋に屋を重ねる」愚を試みる。

  1. 時の経過と社会の変化
     1)時の経過に伴い、社会での人々の意識が変化することは、
      判例変更を生み出す一要因である。
     2)時の経過に伴い、立法事実が変化し、それを受け入れて裁判所が判例変更を行う。
     ◇本件訴訟はこの項目の典型であると主張する。
      それは、イラク特措法が、立法府の議場混乱による不成立を
      主張するような瑣末的な立法府の問題でなく、司法が拠り所とする
      立法事実に重大な錯誤があるからである。
  2. 裁判官の構成の変化
    裁判官の価値観や憲法感覚が憲法裁判に関係している、そうであるが故に、憲法判例の変更が裁判官の交代によってもたらされ る。

  3. 政策的判断
     1)判例変更には、最高裁判所による政策的判断の要因が
      かなりの程度かかわっていた。
      (黙示的変更にて確認されると言われる)
     2)明示的変更をするか、黙示的変更にとどめるかは、
      まさに最高裁判所が憲法秩序の形成において行使する
      政策的判断である。
     3)最高裁判所は、政治過程や社会の状況が判例変更を
      受け入れてくれるか否かの判断をすることもある。
     4)大法廷を開いて判例変更を行う余裕がないといった
      事件処理の負担との関係で、
      小法廷での黙示的変更にとどめることもある。

【3】、国家賠償請求権と参政権的権利

  1. 国家賠償請求訴訟には、たんに個人的な権利の救済を求めるという側面だけでなく、そのことをつうじて具体的な政策の当否を問うという側面が含まれていると思える。
  2. 憲法17条が「公務員の不法行為」としていること、そして、それをうけて国家賠償法1条1項が「公務員の故意又は過失」を要件としていることについて、民法上の不法行為と同じ枠組みで考えるのは、適当でないことになる。
  3. 行為を行った公務員個人に主観的に故意・過失が認められるかどうかを問題にするのではなく、その行為じたいに客観的に瑕疵があれば、不法行為を構成するととらえるべきである。
  4. それに対する国の責任は、行為を行った公務員に肩代わりして負うもの(代位責任)というよりも、国じしんの自己責任と解すべきである。
  5. 国家賠償請求権の参政権的意義という点からいえば、立法行為(立法の不作為も含む)を違憲とする国家賠償請求も、これを否定すべき理由はない。むしろ、付随的違憲審査制のもとで、立法行為の違憲性を裁判上争うための手段として、重要な意味をも つと原告は主張する。

以上。

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