平成16年(ワ)第11513号 違憲行為差止等請求事件
原 告  新 井 治
被 告  国

準 備 書 面(7)補足
(陳述用)
法の支配の回復と裁判所の責務
−違憲審査権発動の必要性−

2005年7月22日

東京地方裁判所 民事第1部合2係 御中

原 告  新 井 治

 私たちが、現在社会の正邪を判断するポイントは二つある。一つは立脚点で、もう一つは歴史考証である。私たちの現在がある立脚点は、サンフランシスコ講和条約であろう。東京裁判を受け入れ、サンフランシスコ講和条約を調印して初めて世界の仲間入りが認められたのである。併せて戦前の反省をふまえ現在の平和憲法が出来たのである。ここを抜きにしては今を語れないし、世界の孤児になり、世界からつまはじきにされてしまう。
例えば、小泉が国連主導を良く口にするが、この立脚点をふまえてのことであると思う。とすれば、靖国神社参拝はもってほかである。先の大戦の「結果責任者」であるA級戦犯者に、一国の首相が頭を下げるとは、東京裁判・ひいてはサンフランシスコ講和条約を否定する事になるからである。中国や韓国に言われたから参拝を止めるのではなく、言われる前に行ってはいけないところなのである。

 第二は歴史の教訓に学ぶ事である。
例えば、江戸時代に、誰が中国大陸まで侵略する事を予想する事が出来たでしょう。日清・日露・日中戦争を通じ、国民を洗脳し、先の大戦では1000万人もの中国国民を虐殺するに至った原因は何なのか。そのとき政府は・国民はいかに行動したのか。その反省の視点に立って作られたのが今の平和憲法である。押しつけ憲法と言われるが、準備書面(5)で陳述したように、吉田茂首相の答弁は、国会議員の大きな拍手を持って支持されました。つまり日本国民から絶大なる歓迎を持って迎えられた憲法なのです。

 吉田茂首相は、1946年6月28日の衆議院本会議で、次のように答弁しています。

《『戦争放棄に関する憲法草案の条項におきまして、国家正当防衛権による戦争は正当なりとせられるようであるが、私はかくのごときことを認めることは有害であると思うのであります(拍手)。近年の戦争の多くは国家防衛権の名において行われたることは顕著なる事実であります。故に正当防衛権を認めることがたまたま戦争を誘発するゆえんであると思うのであります。
(中略)
ゆえに正当防衛、国家の防衛権による戦争を認めるということは、たまたま戦争を誘発する有害な考えであるのみならず、もし平和団体が、国際団体が樹立された場合におきましては、正当防衛権を認めるということそれ自体が有害であると思うのであります。』》

 100年の歴史を紐解けば、結論は自ずと今すぐに出てくるはずである。

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 政府のお偉方は、“後世の歴史判断を仰ぐ“と言い、歴史判断から逃れようとします。資料はたっぷりあります、歴史判断は今すぐにでも下せるのです。ただ彼らは、マイナスを認めたく無いだけなのです。マイナスを認めず、今を正当化したいから結論を先延ばしにしようとしているとしか考えられません。もっと謙虚に、プラス面もマイナス面も受け入れて、近隣諸国から歓迎される行動をとらなければなりません。中国・韓国から反日行動をとられるようなやり方をしていると、世界から見放され孤立していくことになるでしょう。そうなって欲しくありません。

 今回目的の自衛隊の歴史(別紙付録参照)であるが、先の大戦で解体したはずの軍隊が、なぜ・どのようにして今のような世界第3位の軍隊に成長してきたのか? 自衛隊は日本の防衛を任務する(自衛隊法第3条)となっているが、年表を見て分かるようにいつの間にか海外派遣から海外派兵(イラク)へと変遷してきている。

 警察予備隊は、朝鮮への米軍派兵の穴埋めをするために、アメリカの指示で創らされた押しつけ軍隊であった。<読売新聞(98.12.3)> このとき政府は警察の不足しているところを補完する組織であるから軍隊では無いと弁明した。自衛隊発足時は、集団的自衛権は認められないが自衛権は認められていると強弁した。今なお集団的自衛権は認められないと言っているが、集団的自衛権も認められていると豪語する閣僚もいる。しかし、「イラク特措法」によるイラク派兵は、アメリカの指示による、戦地への派兵であるから、完全なる集団的自衛権の発動である。自主憲法制定国民会議および政府・自民党の憲法調査会のお歴々は、憲法9条を持っている憲法は押しつけといいながら、国民が反対していたのに、アメリカの指示で日本国民を欺いて創った自衛隊は押しつけとは言わない。主義主張が一貫していないではないか。彼らは、軍隊を海外に派兵して、外国を侵略して“日本は強いんだ”と粋がりたいだけでは無いのだろうかと思う。海外に軍隊を派兵するとき

  1. 自尊自衛のため
  2. やむをえなかった
  3. 国を守る
  4. 国益

といった耳に心地よい言葉を並べるが、そういう言葉は全て“まやかし”である。海外に軍隊を送るということは、その時点で“自衛“の言葉からは外れております。ゆえに先輩諸氏は、国内のみの防衛であると言ってきたのではないですか。今の自衛隊イラク派遣(派兵)は、外国への軍隊派兵であり断じて認めるわけにはいきません。

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 我が国憲法の3本柱の一つ“主権在民”の骨格は“三権分立”です。司法が政府の違憲違法を示さずして、誰が政府の暴走にブレーキをかけることが出来るでしょう。政府の暴走をチェックさせるために、司法にブレーキをかける機能を持たせたのであるから、三権分立の任務を果たさなければ司法の存在意味は無くなります。また、主権在民も無くなってしまうということになります。司法の判断は大きいのです。たとえば国会議員の“1票の格差”を例にとれば、司法が違憲判断を示したからこそ、国会は1票の格差を是正しようと努力しているのです。

 「新しい憲法の話」の中の46ページに、『裁判所は、国会で作った法律が、憲法に合っているかどうかしらべることができるようになったことです。もし法律が、憲法にきめてあることにちがっていると考えたときは、その法律にしたがわないことができるのです。だから裁判所は、たいへんおもい役目をすることになりました。』と書かれております。

 今の日本は、世界第3位といわれる軍事力を装備しています。世界第3位の軍事力は、“きわめて明白な違憲状態である”ということは明らかである。

 また、有事関連法が(03年)制定されました。これはブッシュの言うような先制攻撃論に立っている法律です。危険と判断したら“判断しただけで”外国を攻撃出来る。という内容です。何という暴挙であろう。平和憲法の元でこんな事が許されるのだろうか。これでは「武力攻撃事態法」ではなくて『武力攻撃したい法』ではないか。完璧に憲法の屋上屋の法律である。

 これまで原告が、準備書面において繰り返し述べてきたように、砂川事件をめぐる最高裁の大法廷判決が、いわゆる「統治行為論」によって9条問題に関する議論を事実上封印してしまう中で、憲法第9条に関する解釈は大きく変遷させられてきたと判断しております。そのときの司法判断の忌避が、現在の自衛隊の違憲状態を造り上げてきたのです。“違憲状態”を改正するか放置するかは立法の裁量であり、違憲状態の修正は困難であるからといって、違憲か合憲かの判断を忌避すべきでは無いと考えます。少なくとも『これまでの歴史考証をふまえて』「新しい憲法の話」の趣旨に則り、将来への禍根を残さないうえからも合否の判断をしなければならないと考えます。是非明確な判断を期待いたします。……………

 そのときから日本は大きく変わることを確信いたします。

 最後に、原告は「平和のうちに生存する権利」を有していると主張してきた。被告は、原告らには「救済を請ける訴えの利益が無い」とのみ主張し、後は貝のように閉ざし口をあけようとしない。しかし考えて欲しい。スペイン・マドリードでの列車同時爆破事件(04.03)、英国ロンドン市内列車同時爆破事件(05.07.07)がおこった。これはイラクへ軍隊を派遣している国への報復攻撃なのは明らかである。つまりイラクに軍隊を派遣している日本も、事件に巻き込まれる対象国なのである。自衛隊のイラク派兵によって、原告自身に一見何も起こらなかったとしても、何も無いわけではない。市民を対象としたあのような攻撃は、どのような対策をもってしても防ぎきれるものではない。準備書面(4)のなかでも詳しく述べているが、原告は、日常的に事件に遭う恐怖と不安におののいて生活している。これは被告がいくら否定しても、被告代理人にもふりかかる危険のリスクは原告と同じなのである。今回の事件でまたひとつ現実味を帯びてきました。

 過激派からの自爆攻撃から私たち日本人の財産と生命を守るには自衛隊の撤退しかありません。これはテロに屈したのではありません。集団的自衛権の否定を正確に履行する日本外交を正規な軌道に戻しただけなのです。

 添付資料−8 自衛隊年表   添付資料−9 読売新聞

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
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