2004年12月10日
東京地方裁判所 民事第43部 合議係御中
原告 石川文恵
平和的生存権の具体的侵害を中心に以下の通り陳述します。
1:テロのターゲットとして名指しされたことの恐怖
「あらゆる地域で新十字軍(米英占領軍)へのジハード(聖戦)を促すアピール」
「不義なる者に知らしめるべく、われわれはこの不義なる戦いに参加しているすべての国々に時と場所を問わず、報復する権利を持ち、とりわけイギリス、スペイン、オーストラリア、ポーランド、日本、イタリアはそれに該当する国である。」
→カタールの衛星テレビ局アルジャジーラに
2003年10月10日付で送りつけられた
オサマ・ビン・ラディンの声明
「日本が、アッラーの戦士に踏みにじられたいと願うならイラクへやってくるがいい。その時は東京の心臓部にわれわれの一撃が及ぶことになるであろう」
→サウジアラビアで発生した自爆テロの
実行犯アブー・ムハンマド・アブラジュ
(アルカイダ幹部)の声明
「われわれは、犯罪者ブッシュとアラブ・非アラブを問わずその追随者(とりわけイタリア・オーストラリア・日本)に警告する。『死の車はバグダッドで、リヤドで、イスタンブールで、ジェルバ島(チュニジア)で、ナーシリーヤで、ジャカルタで止まることはなかたし、これからも止まることはないであろう。その時お前たちはその惨劇を自らの首都においてその眼で見ることになるであろう』」
→アブー・ハフス・アル・ミスリー隊
(2001年のアフガン戦争で戦死したアルカイダ軍事部門最高幹部
ムハンマド・アーティフのコードネーム)声明
「これはスペインだけのものではない。日本、イタリア・イギリス・サウジ・オーストラリア・パキスタンの下僕どもへの警告となるであろう」
→2004年3月11日のスペインの列車爆破テロについて、
アルカイダのスポークスマン(ヨーロッパ軍事部門)の
犯行声明
テロリズム(terrorism)の語源から明らかなように、テロとは自らの主義主張を暴力によって恐怖心をあおり、押し通すことである。(この意味からすると、アメリカこそテロリズムそのものと考えられるのだが、この点について今は深入りしない)。
テロのターゲットに日本がなったことが、これらの声明文によって明らかになった。それにより、テロの実行以前に、平穏な日常に突如引き起こされる暴力への恐怖心を日本人に植え付けることにテロリスト側が成功したと、残念ながら言わざるを得ない。恐怖により、心が萎縮する時、行動は守りに入る。事実、スペインで列車同時爆破テロが勃発するや、日本の治安関係者は主要駅構内をはじめとして、新幹線、大規模橋、トンネル、原子力発電所、空港、政府主要機関等々の点検、警護の強化、公共交通機関車内の警乗を実施し始めた。テロのターゲットにされた根本原因である「自衛隊のイラク派遣」を取り除かず、幾多の対症療法を実施しても、まずその効果はのぞめない。そもそも「テロを防ぐ」ことは可能なのだろうか。たしかに他国の場合と比べて、日本国内のテロの実行は容易ではないだろう。その理由は、日本が島国であり、水際作戦(空港や港湾での防衛)が取りやすいこと、武器管理が行き届いているため爆発物等の調達が困難なこと、ムスリム人口が少ないため、テロのサポートが難しいことなどがある。しかし、伝統的アラブが「有言不実行」であるのに対し、イスラム原理主義者は「有言実行」である。アルカイダがいったん名指しして、テロを実行しなかったターゲットは一つもない。アルカイダとは宣言したことを必ず実行に移す「有言実行のテロ組織」である。
2:「テロを防ぐ」ための対症療法が引き起こす権利侵害
- (1)新幹線車内では、車両の前後にあるくず入れと、荷物置き場が、使用禁止になっている。くず入れには、開かないようにテープで目張りされ、荷物置き場は棚板が斜めにされて、一切の荷物が置けないようになった、私の知る限り、ここ1年間は、そのような状態で不便を強いられている。また、車内の電光掲示板では、たびたび、不審物の摘発の協力を呼びかける内容が流れ、不快である。駅構内でも不審物や不審者の摘発に向けた掲示物が目につき、警官の姿も以前に比べて格段に増え、通行人を監視している。
- (2)去る11月8日(月)に、私の中学3年になる息子が友人2人と共に「お台場」を目的地にサイクリングに出かけた。6日(土)に授業参観があり、8日は代休日だった。サイクリングは息子の趣味の一つであり、これまでにも東松山市の森林公園(我が家から往復約70km)等へ出かけている。サイクリング前日には、家から目的地までの地図を全てコピーし、赤線でルートを記入したのを私にも見せてくれた。当日の朝、4時に出発する際、「とにかく交通事故に会わないように、車に気をつけて。スピードを出しすぎない。日暮れが早くなっているので、夕方5時には帰宅するように、」と注意して、見送った。
ところが夕方5時を過ぎても帰って来ない。友人の親から「ケータイに赤坂警察署から着信が入っていたが、仕事中で出られなかった。気になる」と連絡が入った。結局、3人が帰宅したのは、6時半だった。帰ってくるなり、「警察に4回つかまった」と息子の第一声。よくよく聞いてみるとまず平日に中学生がフラフラしていることがよくなかったらしい。そして地図上では自転車で横断できると思っていた所が渡れず(歩道橋が急階段で自転車で上がれなかった)無理に渡ろうとしている時、たまたま警官に見とがめられたこと。また、友人の一人の自転車に改造を加えている点を、また別の警官に注意されたとのこと。さらに、もう一人の友人の自転車がリサイクル自転車(廃棄されそうになったのを修理した)だたことが見とがめられ、パトカーに乗せられ、赤坂警察署まで連行されたこと。3人の持ち物は全て調べられ、ペットボトルの水を飲もうとすると「それは酒か」と疑われ、「タバコはないか」と、しつこく荷物の中身を見られたという。息子が地図を見せ、サイクリングの目的を説明し、友人の自転車は盗んだものではないことを説明し、ようやく疑いが晴れたという。
とにかく、行く先々(4地点)で警察官に呼び止められ、不審者扱いを受けたことに対し、息子は強いショックを受け、一通り話し終えると、夕飯にほとんど手をつけず、早々と寝てしまった。
目的地「お台場」へ行くのに、どうしても都心を通過しなければならなかったのだが、ここまで都心がピリピリしているのは、予想をはるかに超えていた。息子は、「10歩、歩けばおまわりさんに出会う。」「あれほどうじゃうじゃおまわりさんがいるとはびっくりした」「交差点ごとにこうばんがあるようだ」などと話していたが、今回の件ですっかり警察官に対するイメージが変わってしまった。今まで「おまわりさんは、ぼくたちの味方で、いざという時には守ってくれる存在」と思っていたが、実はそうではなく、少しでもおかしな点が見受けられると、不審者扱いし、こちらの落ち度を見つけだそうとする、敵意さえ感じさせる存在となってしまった。
特に3回目の交番付近通行中に警官に呼び止められた際には、一気に5〜6人の警官に取り囲まれ、非常に威圧感を覚えたという。今でもこの時に事を思い出す度に「怖かった」ともらしている。
- (3)空港では、くつを脱いでまで身辺検査を受けなければならなくなった。時間がかかり不快である。駅のホームのくず入れは中がわかるように透明なものに取り替えられた。街の中、駅などの防犯カメラ設置は、飛躍的に増え、もはや「防犯」の域を超え、「監視」カメラとなっている。いつも、どこででも、他者から監視されなければならない息苦しい世の中に急速に向かいつつある。「テロを防ぐ」ための対症療法が疑心暗鬼の世の中を招き、「安全のため」には、表現の自由、行動の自由をはじめ、様々な人権が抑圧されてもしかたがないという風潮が引き起こされていくのは耐えられない。
3:パフォーマンスとしてのイラク派遣が引き起こす権利侵害
自衛隊のイラク派遣は、人道復興支援のためでなく、小泉首相がアメリカにいい顔をしたいための政治的パフォーマンスである。自衛隊がイラクに駐留し続けることが、唯一の目的であるため、どんなに費用対効果が悪くても関係ない。フランスのNGO「アクテッド」は6000万円で1日当たり10万人分以上の給水、浄水、保険教育を実施してきたのに対し、自衛隊は400億円かけても1万600人分の給水しかできない。さらに、今回、サマワの治安悪化により、給水活動にあたる人員を減らし、宿営地の警護にあたる人員を増やすという。費用対効果の更なる悪化は言うまでもなく、このような税金の使われた方に強い憤りを覚えるし、精神的な苦痛を感じる。
しかし、この税金の使われ方に対する精神的苦痛以上に胸を痛めることは、自衛隊のイラク派遣により、人の生命の重みが急速に軽くなってしまった事実である。イラクですでに5人の日本人の尊い生命が政治的パフォーマンスのために失われてしまった。去る11月に、香田証生さんという日本人青年が人質にされ惨殺された時、人の生命がこんなにも粗末に扱われることに、食事ものどを通らないほど非常に強い精神的苦痛を味わった。あの時、小泉首相は早々に「テロには屈しない。自衛隊は撤退しない」と断言し、交渉の余地を自ら絶ってしまった。一人の生命を救うこともせず、国益とは誰のためのものなのだろうか。香田さんが殺されてしまったことを伝えるテレビのニュースを息子たちに見せることはあまりにもつらく、私はテレビのチャンネルをニュース番組に合わせないよう苦労した。人の生命がこれほど軽く扱われる世の中が、青少年に与える影響は計り知れない。映画やテレビドラマのフィクションで人が殺されるのと、事実とでは全く受け取り方はちがう。特に今回は政治的パフォーマンスという「国益」のために、一人の人間をみすみす見殺しにした。この事実の重みを私たち大人は深刻に受け止めなければならない。残念ながら、中学3年の息子が通う学校では香田さん事件の後、「首切り遊び」が流行ってしまった。「どろけい(どろぼうと刑事)」という鬼ごっこの中で刑事につかまった場合、首を切られる真似をし合うのである。学校の教室で、亜kていで、折に触れ、生命の尊さを語り教えてきたことが水泡に帰している。
今後、自衛隊員の生命が失われることも予想される。一日も早い自衛隊の撤退こそが、これ以上の「国益」による犠牲者を生み出さないための唯一の道である。
- ※イラクの人々に対して、加害者となる精神的苦痛、憲法や法律がなし崩しにされることの精神的苦痛などは、今後、陳述していく。