意 見 陳 述
2004年7月20日
アメリカでもイギリスでも、イラクの大量破壊兵器問題では、「情報は不十分で疑わしく、誇張されたものだった」と指摘されている。これに対しブッシュ大統領は反論した。
「大量破壊兵器の備蓄は発見できなかったが、サダム・フセインはこうした兵器を作る能力を有していた。彼は危険な男だ。」
実際には旧フセイン政権は、開戦前に国連の査察再開に応じ、廃棄に関する資料を提出しており、兵器の製造、使用はきわめて難しかったとみられる。更に、
「自分も米議会も国連も、兵器の備蓄があると考えていた。」と語り、誤認は他国の情報機関も同様だったと指摘する。その上で、
「世界は、フセインが権力を失ったことでよりよくなった。米国はより安全になった」という。
ドイツテレビ東京支局長のクラウス・シェラーが書いている。
「ブッシュ政権は、情報機関の単なる意見を“事実”にし、イラクの“脅威”を組織的に作り上げた=「米国のカーネギー国際平和財団」はそう批判した。
アナン国連事務総長は訪独した際、ブッシュ大統領とその支援者たちによって世界が無法状態になってしまうと嘆いたという。強いものが正義の何たるかを決め、他はそれに従うという構図である。
- 日本は小泉首相が強調する米国政府への忠誠によって、国際的名声を得るよりも、損なうことになるかもしれない。イラクに派遣される自衛隊の武器は、戦闘地域に必要なものであり、憲法が禁じていることは、日本人ならだれもが知っている。日本政府は、「国際的な義務を果たさなければならない」と言っているが、実際は、小泉内閣のブッシュ政権に対する義務ではないか。
(2004・1・23 朝日新聞)昨年秋の総選挙以来、日本の外交、安保政策は猛スピードで動いている。
イラクへの自衛隊派遣、ミサイル防衛の導入決定、米国主導の多国籍軍参加。
国内論議の無い多国籍軍参加決定については、まさに驚きとしかいいようがない。国の針路にかかわる選択が、イラク情勢に左右されながら、既成事実の積み上げの中で行われていく危うさは、ほんとうに不安である。
原告は1938年、*国家総動員法が公布、施行された年に生まれた。
* (日中戦争に際し、人的および物的資源を統制し、運用する広汎な権限を政府に与えた委任立法)
1944年父の戦死公報あり。国民学校一年生の8月終戦。奉安殿に一礼をしての登下校の学校生活は、教科書に墨を塗る事から始まって一変する。夜は防空壕に入ることなく、明るい電球のもとで遊んだり勉強したりが許されるという解放感は、戦争が終わった喜びとなる。以来50年以上も、日本が戦争に手を染めなかったことは、この国に生まれた原告の何よりの誇りであり、喜びであった。日本が平和と民主主義の国であるという自覚は、一教員として教え子の前に立ったときの支えでもあった。
被告の答弁書に、「イラク人道支援特措法に基づく自衛隊のイラク派遣は、原告に向けられたものではないし、そもそも原告の具体的な権利義務ないし法律関係に対し、何らの影響を及ぼすものではない。」とある。しかし、原告の側に立って考えると、「何らの影響を及ぼすものではない」ということは全くなく、国民の厳粛な信託による国政が、正道を外れようとしていることに心を痛め、報道される戦争やテロの惨禍を見聞きするにつけ、心底痛ましく悲しい。
被告のいう、「ただ政治の面において平和理念の尊重が要請されることを意味するにとどまるものである」「したがって、平和的生存権に具体的権利性を認めることはできない」という表現には、主権者たる国民一人一人に対する為政者の思いなど微塵も無く、日本国憲法の精神を無視した横暴さ、横柄さしか伝わってこない。独善的なおごりの姿勢ではないか。
違憲確認の訴えは、「原告の有する法律的地位に危険または不安が存在したとき」有効であると述べているが、こと平和に関しては、そのときでは遅いのである。国民の知らないうちに軍靴の音は近づき、気が付くと戦いの真っ只中に居たということは歴史の証明するところである。
アメリカの先制攻撃を受けてバクダッドから逃れる途中、車が撃たれイラク人の家族は逃げた。残された車に寄り添って呆然とした表情で座り込む犬の写真が原告の脳裏を離れない。家族の人たちはどんな思いでこの飼い犬を残したのか。置き去りにされた犬の目には、何が映っているのか。
これこそ戦争の悲劇ではないかと思う。個人の意思も希望も好き嫌いも、国家という大きなものに飲み込まれて、いやおう無く同調させられる世界。豊かな人間性も殺し合いの中では押し込めるしかない。
誤爆という弁解はあっても、幸福の絶頂である結婚式の最中に人生の幕をおろされたカップルの、そしてゆかりの人々の無念さは、想像することもできないだろう。そんな理不尽なことが許されていいのだろうか。
多面的に見ても正当性の少ないアメリカによるイラク攻撃に加担することになる自衛隊派遣は憲法に反することとして、違憲立法審査権の発動と請求の趣旨どおりの判決を求める。