平成16年(ワ)第11271号 違憲行為差止等請求事件
原 告  門 脇 恭 代
被 告  国

準備書面(4)の補充

2005年4月19日

東京地方裁判所 民事第45部合議 係 御中

原 告  門 脇 恭 代

原告門脇恭代は、次のような被害を受けている。
2004年7月20日、第一回の法廷で陳述したように、父は1944年原告が5歳の時に戦死。夫の父もルソン島でマラリヤによる病死の報を受けた。
30代に入ったばかりの母は原告を、義母は3人の幼子をかかえて、仕事を探し苦労を重ねてこども達を養育した。
末娘を背にして、魚の行商で生計をたてたという義母の苦労話は、私たちが結婚する頃に、婦人雑誌の応募作品に入選したほどである。

村の戦没者の慰霊祭には、戦争遺児として稚児行列に加わったり、平和を願う作文を書いたりする中で、父たちの死の意味を考えるようになった。
兵隊として、生死をかけて戦わなければならなかった戦争とは、いったいなんだったのだろう?
爆弾を受け、燃えさかる火の中で苦しみもがいて死んでいったおびただしい数の人たちのいのちは、なんのためだったのか。
納得できる答えは見つかっていない。

「戦争と平和」は日本だけでなく、世界中のどの国にとっても永遠のテーマかもしれないと思う。

大学4年の時の安保闘争ではデモに参加し、体制に立ち向かおうとする時、力によって抑えられるこわさと、こんな場合は個人の考えや思いは聞いてもらうどころではないということを知った。
全体主義の中に一歩踏み込めば、すべてはそのために進められ、どんな理由にしろ、協力できない人間は切り捨てられる。ひとたび戦争ということになれば、国と国の戦いでも、民族の憎しみによるものでも、ただ目的のためのみの殺戮となる。

中学、高校の国語教師、小学校の教員を定年退職して自由な時間の中で思うことは、91歳の母が、体のあちこちに痛みや不調を感じながらも食事を摂り、テレビを楽しみ、新聞や本を読むことができること、自分は、飼い犬との散歩の道中に見つける四季折々の自然の変化に目をとめたり、知人と会えば挨拶を交わす、そんななんでもない日常のなかにしあわせを感じ、喜びがあるということである。
闘病生活半年で旅立っていった夫の介護を通して考えたことは、究極の幸福は、日常のささやかで、取り立てていうべきことでもない営みの中にあるのだということだった。
憲法に保障される平和的生存権、人格権は、何も起こらなければ、そんなあたりまえの、誰もが享受できる日々の中に存在していると考える。
日本の国民だけでなく、生命を受けた全世界の人々にも、この恩恵はあるはずだ。

「イラクに大量破壊兵器がなかったことは、昨年10月、米国の現地調査団が決着をつけた。では、米国はなぜ「ある」と信じたのか。情報機関があまりにお粗末で、まったく誤った判断を政権中枢に伝えていたからだった。
だが、情報が誤っていたにしても、誤った情報をそのまま受け入れ、戦争という究極の政策決定をした以上、その政治責任は問われるべきだ。 
開戦以来、この2年間の死者はイラク側が約2万人、米英軍などの多国籍軍で1600人以上にのぼる。人質となって殺された外国の民間人も多い。」

朝日新聞社説2005年4月2日
これで戦争をするとは「米国の情報力」より抜粋

そのようなアメリカに追従して自衛隊のイラク派兵を行ったことを、小泉首相は今、どのように考えているのだろうか。大義のない殺戮に加担しただけのことではないか。
人道支援というなら、学校を建てたり井戸を掘ったり道路や橋をつくるのなら、武器を持ち、迷彩服をきた自衛隊ではなく、より自由に活動できるNGOの人たちで十分であろう。

バクダッドやファルージャ攻撃などの生々しいニュースに接するにつけ、原告の胸は痛み、つらい。テロリストたちの行動についても、つくづく痛ましく、あわれに思う。この世に生を受け、愛され、夢や希望を持って成長したのだろうに。生活に苦楽はつきものだから、幸せな人ばかりではないだろうが、それでも生きる喜びはあっただろう。
戦火のなかでは、人間だけでなく多くの生き物たちも突然の死を余儀なくされたにちがいない。

アメリカの独断によって、とりかえしのつかない多くのいのちの喪失と悲しみが残され、それを支持した日本政府がいた。
われわれは自分達だけの平和的生存を喜んでいられるだろうか?
戦禍をみつめるこどもの瞳に刻まれるものはなんだろう。思いはどんどん膨らんで耐え難い。

環境破壊も大きい。ベトナムでの枯葉剤散布によるダイオキシ、イラクの劣化ウラン。砲火や爆弾による空気汚染は地球温暖化にも悪影響を与えるだろう。戦争による後遺症は世代を越えて受け継がれる負の遺産である。地球も悲鳴をあげているのではないか。
世界で起きるさまざまな出来事を他人事とは思えず、報道に接して一喜一憂するのは原告だけではないと思う。
想像力さえ豊かならば、人としての痛みを感じるのは当然であろう。

日本も米英国と同様に、テロの標的になっている。イラク攻撃の加害者とみなされているからだ。
不審者、不審物警戒のために、警備は強められる。緩やかではあっても、国民の自由は少しずつ制約され、うばわれる方向にむかうだろう。
憲法の精神は今後どのように守られるのかと不安でいっぱいだ。

学校現場における日の丸、君が代の強要は、こどもたち一人一人の個を大切に、それぞれの持ち味を生かしてよりよい人間性を育てたいと願う学校関係者の願いとは相反するものである。
現場の友人達の苦しみ、悩みは深く、それは児童生徒の指導、教材研究、採点など必要不可欠な本来の仕事への時間、エネルギーをそぐこととなる。無力感に襲われた教師から、次代の日本を担う力強いパワーを持つ人間が育つかとこれもまた不安になる。

日本だけでなく世界のあちこちで地震、津波、台風などによる大きな被害が頻発している。自衛隊の活躍は大きく、この場合は素直に応援したい。
最近のようにたてつづけに災害が起きるのを見ていると、「戦争なんかやってる場合じゃないよ」と思えてくる。
今後、わが国がどのような方向に向かおうとするのか、考えると不安でいっぱいであるが、ともかく今は自衛隊のイラク派兵を差し止めることによって、軌道修正の大きな一歩を踏み出すことが出来ると考えている。そのことは、原告の平和的生存権、人格権の保障にも近づくことになるのである。

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
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