前田哲男
2004年7月2日昨日7月1日、自衛隊は創設から50年を迎えました。私は、この間の43年間をジャーナリストとして、また研究者として、自衛隊及び日米安保協力の活動実態と変化を見続けて参りました。カンボジアとザイールにおける自衛隊の海外活動にも同行し、記事や著作、論文で発表してきました。
それらの経験を通じて今回のイラク派遣が、“戦時における”“戦地に対する”“占領統治支援”への、したがって「戦闘任務・武力行使と一体化した」自衛隊部隊の派遣、すなわち「海外派兵」という意味で、従来と異なる“究極の違憲領域”に踏み込んだものと考えます。このような行動が、国家の基本法である憲法の名において行われるとすれば、日本国憲法前文および第九条は、もはや法的規範たりえず、憲法は“改正されるより先に停止された”と断ぜざるをえません。それは「憲法の死」であると同時に、「民主主義の死」であり、「法治国家としての日本の死」でもあります。
最高裁は、一九五九年の「砂川事件判決」において、憲法第八一条に規定された違憲立法審査権の適用条件を
「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであって・・・」
と判断を回避しましたが、今回これほど「一見極めて明白に違憲無効」な政府の決定が行われたからには、もはや内閣の「統治行為」の範疇ではなく、「違憲なりや否や」の法的判断は裁判所の職掌に属すものと考えます。法と現実の乖離がここにまでいたって、裁判所がなお判断を回避することは許されません。本法廷において、明解な憲法判断がなされることを期待します。以下、わたしが違憲立法審査権の発動をもとめる根拠をのべます。
第一に 小泉首相は、「憲法前文」を誤読していることです。
小泉首相は、「イラク人道復興支援のための基本計画」を閣議決定したのちの記者会見(一二月九日)で、
「憲法をよく読んでいただきたい。憲法の前文の一部を再度読み上げます」とのべ、
「われらは、全世界の国民が等しく恐怖と欠乏から免れ・・・」の段落を朗読し、
「まさに日本国、日本国民として、憲法の理念に沿った活動が国際社会から求められているのだと私は思っております」
と、あたかもイラク派兵が憲法理念の実践であるかのように強弁しました。そのうえで
「この憲法の精神、理念に合致する行動に、自衛隊の諸君も活動してもらいたい」
と激励したのです。しかし、これは明らかに憲法の誤読であります。
なぜなら、憲法前文は、その冒頭の段落において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」とのべています。前文の主眼は「政府の行為による戦争野禁止決意」にあるのであり、それを前提としたうえでの「国際社会における名誉ある地位」や「全世界の国民の恐怖と欠乏」に対する国際協力の呼びかけであることは一読明瞭です。前文全体を律する国家非戦の部分を故意に見落とし、あたかも派兵が「この憲法の精神、理念に合致する行動」であるかのように言いつのるのは牽強付会以外の何ものでもありません。首相の憲法読解力を正しく改めさせる必要があります。第二に かりに自衛隊を合憲と認めたとしても、海外派兵は、自衛権の発動要件および自衛隊法に違反することです。
政府は、自衛隊保有の根拠として「自衛権発動の三要件」をあげ、その枠組みにおいて合憲であると説明しています。一九七二年一〇月一四日、衆議院決算委員会に提出された政府資料によれば、
- 「憲法第九条のもとにおいて許容されている自衛権の発動については、政府は、従来からいわゆる自衛権発動の三要件(わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合に他に適当な手段のないこと及び必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)に該当する場合に限られると解している」
と、その範囲をしめしています。自衛権発動の存立基盤は、この三要件に限定されているのです。自衛隊が自衛権発動の主体として存在する組織である以上、その行動には厳格な法的妥当性と整合性がもとめられることはいうまでもなく、イラク派兵の是非は、まず「三要件」によって測られなければなりません。そしてその結果は、だれの目にも「否」であります。
さらに自衛隊法第三条は、任務を「国土防衛」と「内乱鎮圧」に限定しています。同条は、
- 「自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対して我が国を防衛すること主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。」
と規定しています。すなわち前記「自衛権発動の三要件」に照応した、専守防衛、日本列島守備隊としての実力の位置づけです。ここから海外派兵を認める解釈はまったく見出すことはできません。自衛隊合憲論に立っても、その合憲性は「自衛権発動の三要件」と「直接侵略及び間接侵略に対して」以外に行いえないのです。このようにイラク派兵が自衛隊法に違反した任務付与であることは「隊法第三条・任務」に照らしても明白です。本条項は一九五四年の制定以来一度も改正されていません。ということは、本件イラク派兵は言うにおよばず、一九九一年のペルシャ湾掃海艇派遣以降行われてきた自衛隊の海外任務は、ことごとく憲法違反であり、かつ自衛隊法違反であったということになります。
くわえて、自衛隊法成立時に「海外派兵を禁止する国会決議」がなされた事実も指摘されなくてはなりません。一九五四年六月二日 参議院本会議は自衛隊法を成立させるにあたり「自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議」を満場一致で採択しました。そこには、
- 「本院は、自衛隊の創設に際し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照し、海外出動はこれを行わないことを、ここに更めて確認する。右決議する。(拍手)」
と記録されています。これを受けて初代防衛庁長官に就任した木村保安庁長官は、「申すまでもなく自衛隊は
- 我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略並びに間接の侵略に対して我が国を防衛することを任務とするものでありまして、海外派遣などというような目的は持っていないのであります。従いまして、只今の決議の趣旨は、十分これを尊重する所存でございます。」
と答弁しています。決議には「海外出動」という包括的、一般的な用語が用いられ、「ここに更めて確認する」と、念押しされています。長官答弁に明らかなとおり、「海外派遣」もふくめ、自衛隊法上行いえない行為としています。これが五〇年前、自衛隊が創設されたさいの国会と政府の確認事項でした。忘れ去られてはならない重い原点の一つです。
もうひとつ、自衛隊隊員の服務規程である「自衛官の心構え」にも、国土防衛専一しか明記されていないこともあげられます。
「自衛官の心構え」(61年制定)の「使命の自覚」には、
- (1)祖先より受けつぎ、これを充実発展せしめて次の世代に伝える日本の国、その国民と国土を外部の侵略から守る。
(2)自由と責任の上に築かれる国民生活の平和と秩序を守る。」と明記されています。
「自衛官の心構え」は、防衛庁と自衛隊員の、いわば労働協約にあたる文書といえます。そこには、自衛隊法第三条とほぼ同趣旨の文言しか書かれていません。侵略排除、国土・国民防衛が引き受けるべき義務のすべてであり、そのためには「責任の命ずるところ、身を挺して任務を遂行する」義務が課せられているとはいえ、文面に見る限り海外任務は想定されていません。そのような契約で入隊した隊員に、イラク戦地の、合計すれば、すでに一万人ちかい死傷者がでた戦地に送り出す任務を与えることは、基本労働権の侵害であり、サービス労働の強要だ、としなければなりません。隊員に対するこのような任務付与は、イラク派兵が、憲法第九条のみならず第一三条(個人の尊重・幸福追求件・公共の福祉)や第一八条(奴隷的拘束及び苦役からの自由)にも抵触する可能性をもふくんでいます。第三に、「安保条約」の規定から見ても、イラク派兵は逸脱しています。
小泉首相は、前記記者会見において日米安全保障条約に言及し、
- 「日本の平和と安全を図るには日本一国ではできません。だからこそ、日米安保条約を締結し、日米同盟を大事にしていかなければなりません。・・・日本にとってアメリカは同盟国でありますし、日本もアメリカにとって信頼に足る同盟国でなければならないと私は思っています」
と安保協力の立場からイラク派兵の意義を強調しました。しかし、根拠のないことです。
安保条約第五条は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方への武力攻撃に対し・・・共同して防衛する」と規定しているだけで、日本領域外における両国の共同行動について何の権利義務も設けていません。反対に、現行安保条約を締結した岸信介首相は、一九六〇年の「改定安保条約批准国会」において次のように領域外任務を強く否定しています。
- 「この新安保条約の基本的の考え方として、二つの大きな前提があります。一つは、国連憲章の精神にのっとり、国連憲章のワク内において結ばれておるという前提であります。・・・第二は、日本国憲法のワク内ですべてのことが律せられるということであります。・・・いかなる場合におきましても、この条約におけるいわゆる実力行使ということが行われるためには、国連の憲章に違反しての不当な侵略行為が現実に行われた、他から不当に武力が行使されてわれわれの平和と安全が害せられたという事実がない限りにおいては、日本の自衛隊の力も、あるいはアメリカの防衛上の実力も、これはやらないという建前でございます。」(60年2月26日 衆・安保特別委)
「日本は、極東の平和と安全が日本の平和と安全にいかに緊密な関係があるといいましても、日本の自衛隊が日本の領域外にでて行動することは、これは一切許せないのであります。」(3月11日 同)小泉首相も岸首相も自民党員ですし、安保条約の条文もかわっていません。ですから安保条約を引き合いにイラク派兵を正当化するのは間違っているばかりでなく、国民を欺くことでもあります。
以上、三点にわたり自衛隊イラク派遣の違憲・違法性についてのべました。
問題点はそれにとどまりません。現地イラクからの報道は、自衛隊の人道復興支援など行いえないほど全土に拡大した占領軍への抵抗武装闘争と、犠牲者の増大を告げています。自衛隊員に死者が出る、自衛隊員の発砲によってイラク人が殺される事態がいつ起こっても不思議ない一触即発の情勢がつづいています。にもかかわらず政府は、六月二八日から、自衛隊をアメリカ主導の多国籍軍の一員とする決定を行いました。法改正や国会承認もなしに、持ち回り閣議による決定と政令改正のみをもって、いかなる人道復興支援がなされるのか、また可能なのかの見極めもつかない状況先取りのかたちで、自衛隊の任務をいちだんとエスカレートさせました。
ことは緊急を要します。自衛隊が海外で「殺す・殺される」事態に遭遇する前に、裁判所が、イラク派兵の違憲・違法性を明らかにし、自衛隊の撤収命令を宣告されることを、つよく要望いたします。