陳述書

東京地方裁判所 民事第13部 御中

2004年7月26日
原告 大野拓夫

 私は1968年、愛知県に生まれました。私が戦争というものを強く意識したのは小学生の頃、父の実家にあった若い男性二人の写真を見てからでした。それは共に20代の若さで戦争のため死亡した私の伯父たちでした。赤紙一枚で戦争に行った二人の代わりに帰って来たものは、木製の位牌だけだったと言います。

 二人の死を信じられなかった祖母は彼らが帰って来るのを死ぬまで待ち続けました。第二次世界大戦での死者は日本に於いて約300万人、中国で約1,000万人、世界では約5,000万人にのぼると言われ、正確な数字は分かっていません。

 私は家族から、そして学校教育に於いて、日本はそうした悲惨な戦争を繰り返さないために戦争を放棄した憲法を持つ素晴らしい国なのだと教えられ、人格を形成しました。

 私が、日本国憲法を本当の意味で最初に読んだのは19才の時でした。特に憲法前文と9条について深い感銘を受け、国連憲章、世界人権宣言とともに世界に誇る哲学を有する法であると理解しました。そのような素晴らしい憲法を自らの国が有することに感動さえ覚えました。日本国憲法前文の「日本国民は、国家の名誉にかけ全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」という条文は、その後私が様々な平和運動、環境活動などを展開する拠り所となっていました。それは、それらの行為が世界の中における日本国民としての責務であるという認識によりました。

 しかし、現実の政治に於いては、日本は朝鮮戦争、ベトナム戦争など数々の紛争の前線基地として、あるいは戦略物資の生産拠点として重要な位置を占めて来ました。それは日本の経済成長とも無縁ではありませんでした。自衛隊は実質上世界有数の軍隊として、東西冷戦及びその後のアジアに於けるミリタリーバランスの要となって来ました。殊に、1990年に勃発した湾岸線戦争では、日本は全戦費の2割(130億ドル:国民一人当たり約1万3千円)を負担し、日本なしでは戦争遂行ができなかったと言われました。

 これによって、それ以降日本が米軍を直接的に支援する枠組みが確立したと言えます。米国の軍事戦略上も日本の占める位置は極めて高くなりました。日本にある約100か所の、米軍基地の地代は、米陸軍の試算で年間凡そ8400億円、それに毎年5000億円にのぼる「おもいやり予算」が日本政府から米軍に対して提供されています。つまり、平時に於いても日本国民一人当たり年間約1万3千円が、米軍のために拠出されている計算になります。

 今回のイラク戦争への自衛隊派兵は、こうした状況を固定化し、米国を中心とした恒久的な軍事同盟に日本が参画する最終段階への重要なステップと言えます。数々の有事関連法が成立し、後は憲法の改悪が残るだけです。つまり、今回のイラクへの自衛隊派兵は単なる派兵ではなく、この先米軍と日本が共に戦い続ける、つまり自衛隊が正式な軍隊として、また米軍の補充機関として血を流し続ける歴史をつくるための、ほんの序章に過ぎないものと言えます。

 私は、このような歴史的選択が、国民的な議論を経ず、なし崩し的に進められていることに対し強い危惧を覚えます。戦争を発動するのは政府ですが、血を流すのも、経済的な代償を払うのも私たち国民で一人一人であるからです。
 思い返すに、日本国憲法は国が再び戦争に加担することのないように、そのためのあらゆる法の成立を認めないと宣言したのです。その歴史的意義を排した、昨今の様々な軍事関連法の成立、そして自衛隊の派兵を政府が押し進める様は、まさに無法と呼ぶべき状態であり、法治国家としての異常事態と言えます。
 司法がこの状態を放置することは、自らの存在理由である法治主義を否定することであり、主権者である国民の一人として当然認めることができません。

 4月に発生したイラクに於ける邦人人質事件に於いて、本来問われるべきは、こうした超法規的状態で自衛隊派兵を押し進めた日本政府への「政治的責任」であるべきでした。しかし、残念なことに日本政府高官は今回の事件の性質は人質たち自身による「自己責任」であるという言葉を繰り返し使用しました。これは世論の矛先を政府への責任追及から人質達個人へと転嫁するものであり、スケープゴートと言えました。

 本来であれば、こうした紛争下での自国民の保護・救出は、国民から権利を付与された国家としての責務であるはずです。しかしながら、政府は人質からその救出にかかった費用の支払いを求めるなど、自らその政治的・道義的責任を放棄したとも言える行為を繰り返しました。
 また、実際の邦人救出にあたっては、日本のNGOや現地住民の昼夜を分たぬ懸命な努力が実を結ぶ一方、政府はその能力を示すことができないばかりか、早期に於いて「自衛隊は撤退しない」とコメントするなど、人命という観点からは致命的なミスを繰り返しました。私にはそれが、国民の生命・財産よりも米国との新しい軍事的同盟時代の確立という国家の目的を優先する政府の態度なのだと理解されました。

 私は、憲法の精神に基づいて行動して来た一国民として、政府による上記のような一連の行動、特にイラクへの自衛隊派兵という具体的行為に対し、私及び共に行動して来た仲間たちの人格の否定とも言うべき耐え難い精神的苦痛を受けていることを訴え、国に対しその賠償を求めるものです。
 また、自衛隊の海外派兵が違憲状態にあることを、司法自らが明らかにし、法治主義の観点から、その撤兵を求められることを切に希望します。

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