2005年1月28日提出

2004年(ワ)9274違憲行為差止等請求事件
原   告   杉山百合子
被   告   国

原告陳述書(2)(甲26号証)

東京地方裁判所民事15部御中

原 告 杉山百合子

平和的生存権の具体的権利性について

 今回の準備書面の前書きで述べたように、私は法律の本を読むうちに平和に暮らす権利が、法曹の世界ではこんなにも軽い地位しか占めていないかのように書かれているのが不思議でなりませんでした。私たちにとって、少なくとも戦争に出会わずに暮らすことは、生きる上で最低限の条件です。
 小泉首相と私と、一番の違いは、戦争が起こっても生きていられると思えるか、生きられないと思うか、だと感じました。

「先週、有事関連法案が成立しました。国を守る、国民を守るという基本的な問題について、長い間与野党間で意見の一致を見ることができませんでしたが、今回、与党のみならず、民主党、そして自由党の参加、協力を得て成立することになったのは、画期的なことだと思います。「備えあれば憂いなし」という当然のことをようやく議論できるよになりました。関係者のご努力に敬意を表したいと思います。
 参議院でのこの法案の審議で、「私は、侵略者に抵抗しないで言いなりになる『奴隷の平和』は選ばない。平素から日本の平和と独立を侵そうとする勢力に対しては断固たる決意を持って抵抗するという備えがあって初めて戦争は防げるのではないでしょうか。」と発言しました。」

小泉内閣メールマガジン 第98号(2003年6/12)より


 これは、1年半前の小泉首相の発言です。啖呵を切る首相は、かっこいいかもしれません。でも、この言い方は、「生きて虜囚の辱めを受けず」といって多くの兵士・軍属や沖縄の住民を死に追いやった旧日本軍の思想と変わりありません。この国に生きる人の命を預かる人として無責任としか言いようがありません。

 そしてそれは、生き残る確信があればこそです。万が一戦争に巻き込まれたら、真っ先に殺されるかもしれない身になって下さい。私は、自分や家族が死ぬのを前提の平和なんていりません。死にたくないのです。生きたい、家族も生きていてほしい。戦争は、いくら言葉を連ねても殺し合いに他なりません。余計に人を殺した方が勝つのです。始まれば、真っ先に殺される側に立つ身では、どっちがより正しいかは問題ではありません。ただ、もう生き延びたいのです。そうなったら、お互い、自分がより生き延びるために、多くの差別が起きるでしょう。その中で、少しでも力のない者から排除されていくのは目に見えています。

 平和でいてさえ、そうではありませんか。
 10年前の阪神淡路大震災において、避難所にさえ入れなかった障碍者・高齢者は、崩れ落ちそうな自宅での暮らしを余儀なくされました。昨年の新潟中越地震でも、避難所に入れずに車内で暮らしたためにエコノミークラス症候群で亡くなった方のことが報道されました。私たちは、いま、災害で亡くなる人を少しでも減らそうと必死の努力をしているのです。一人でも命が失われないように、そのために努力しているのではありませんか。
 それでも、弱者の立場に追いやられている人は存在するのです。
 災害救急現場で行われるという、「トリアージ」という選別法があります。少しでも生き延びる可能性のある人から救護を施すという方法だそうです。では、と、既に病を抱えたり高齢であったり障碍を持つ人は考えます。そのときに自分は後回しにされるのだな、と。

 平和な暮らしの中でも存在する、意図するとしないとにかかわらない様々な差別。
 それは、戦争という渦に巻き込まれたら、さらに大きな力で私たちを引きずり回すことは想像に難くありません。私は軽度の障碍を持っています。早い話が、今、階段やエレベーターや交通機関の中で道を譲ってくれる人が、戦争になって命が危うくなってもそうしてくれるでしょうか。まして、つばぜり合いをしている政府が。
 だから、平和は私たちの命綱なのです。全ての人権の基本なのです。人権のおまけではありません。おつりでも、ついでの付録でもありません。平和でなければだめなのです。

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 甲第51号証をお読み下さい。イラク戦争に反対する障害者団体の声明です。
 障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会、全国障害者問題研究会常任全国委員会、日本障害者協議会、障害者インターナショナル日本会議のイラク戦争に反対する声明、そして「九条の会」アピールを支持する医師・医学者の会の反戦のアピールです。
 ここに語られているのは、遠いどこかの他人の痛みではありません。今現在も、基本的人権さえ保障されずに、障害や病苦以上に差別と虐待と貧困に苦しむ同じ国民からの、これ以上の苦しみを与えるなという叫びです。これのどこに、具体的権利性がないと言えるのでしょうか。
 障害者の生活と権利を守る全国連絡協議会のイラク派兵「基本計画」の閣議決定に対する抗議声明より一部を抜粋します。

 戦前、障害者は戦争の役に立たない「ごくつぶし」とののしられ、いっさいの権利を奪われてきたことを私たちは忘れることができません。戦争は、「障害者を生み出す最大の暴力」であり、平和と民主主義の中でこそ、障害者の幸せは実現できます。だからこそ、私たちは戦争の放棄と基本的人権の保障を宣言した日本国憲法に励まされ、いかなる戦争にも反対してきました。


 武力の行使は、攻撃された方だけでなく、する方にも被害を与えます。甲第52号証より抜粋します。

「未復員」という言葉をご存じだろうか?
 今ある精神科を中心とした国立病院(療養所)はその前身が日本軍の病院であった例が多い。関東でいえば国立武蔵療養所(現国立精神神経センター武蔵病院)、下総療養所などである。戦争中に今でいうPTSD(心的外傷後ストレス症候群この場合戦闘の中でそのショックで発病すること)に病む兵士の増加に対応して軍はこれらの病院を作った。戦場からこれらの病院に送られた兵士たちは、敗戦後も差別ゆえに故郷に帰ることができず、「未復員」という状態のまま閉鎖病棟に拘禁され続けた。


 戦争は、かかわった人のどちらをも傷つけます。戦争は、死者と弱者の拡大再生産に他ならないのです。


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武力を使わず、平和を守る方法

 小泉政権の元で、2002年より2004年まで国連の軍縮会議日本代表部特別全権大使としてジュネーブを中心に誠実で精力的な活躍で数々の軍縮成果を上げ、現在も国連軍縮会議委員を務める猪口邦子さんは、「戦争は外交の失敗であり、戦場は議場の失敗の形態である。」と書かれています。『戦略的平和思考 戦場から議場へ』初版(猪口邦子 NTT出版)というこの本で、私は、国際社会のもう一つの最前線、外交の場で、世界の多くの優秀な専門家が、戦争に至らない方法をともに作るために日夜努力を重ねられている姿を知りました。甲第48号証には、その中の一部を猪口さんのホームページより転載して提出します。第二章の冒頭部分をここに引用します。

 「世界にはいま軍縮という機運はなく、そのようなときに軍縮の大使となるのは大変と思うが・・」。昨年、ジュネーブの軍縮会議政府代表部特命全権大使への依頼を受けたとき、外務省でそう告げられもした。戦闘的な気分の広がる9・11テロ以降の世界で軍縮外交は逆風のなかにあり、大きな成果は期待できない時なのにその任務を依頼している、という率直な告げ方にある種の誠意を感じた。またその一言は、この時期の軍縮外交のウイニング・ストラテジー(成功戦略)を考える際に重要であった。
 まず、逆風のなかでは、灯火を守るということがひときわ大事である。ヒロイックな成果を目指すのではなく、軍縮外交の灯が吹き消されないよう匿名なるパートを確実に担っていかなければならない。第二に、順風満帆のときには見逃すかもしれないささやかな可能性の兆しにも敏感でなければならない。第三に、単純な二律背反の基準で他国や他者をとらえる短絡は許されず、すべての国となんらかの側面で手を携える余地を見いだすよう努めなければならない。そして第四に、小さな成果を礎に軍縮コミュニティーの自信回復を図り、軍縮の翼に未来をのせていくという自負を各国から引き出していかなければならない。

 そして、核廃絶決議案が、逆風と思われた国連総会で過去最高の支持を得て採決されたのです。次の文は、この章の終わりです。

 最終日、もはや人影もなくがらんとしたそのラウンジを通り抜けると思わず公使が言った。「我々の主戦場でしたね」。私にとっては鎮魂の場であった。戦争を知らない世代の大使だが、核廃絶決議案は鎮魂の思いを込めて守り抜きたかった。無数の無念の無告の思いを、次の核軍縮交渉へとつなげるためにも。

 見得を切るのが大好きなどこかの国の首長に聞かせたい言葉です。被爆国であり、平和憲法とともに復興した日本という国には、外交の場でこそ力を発揮する事が求められているし、必ず可能にする力があると信じます。
 この本には、戦争で傷ついた国だからこそ、また、地道に現地の支援を続けるNGOがいるからこそ、信頼を得て交渉の成立に結びつく体験が描かれています。この方については、甲第41号証にインタビュー記事を提出しておきます。小泉内閣の一員としての職務を果たしたこともあり、政府への批判という形では発言されていませんが、この中でも、「人は武器があったら和解しません。」と書かれています。

 国政に携わる皆さん、武器を用いて国際社会に出ていくことは、その政策が失敗したと自ら認めることになるのではありませんか? それは、誠実な外交努力を続ける公務員の方々への裏切りでもあります。あなた方の日々の努力が覆され、武力によってしか回復できない関係にしてしまったと認めるのですか?
 早計に武器なんか持ち出さずとも、日本の体験、日本の知恵、日本の技術、日本の精神力、どれも、イスラム諸国とそれに対抗する国々のどちらにも信頼され得る力があるはずです。まだ間に合います。皆さんは、どうか、そのような場でこそ活躍してください。

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
会としては2007年9月 解散しました。
ここでは、訴訟の記録を残していきます。
Eメール:nora@cityfujisawa.ne.jp
携帯電話 090・5341・1169