2005年4月8日提出

2004年(ワ)9274違憲行為差止等請求事件
原   告   杉山百合子
被   告   国

原告陳述書(3)(甲65号証)

東京地方裁判所民事15部御中

原 告 杉山百合子

平和的生存権が脅かされていることの立証

  1. :軍隊の論理と「平和」
     前回陳述しましたように、「平和」は、「生存」の必要最低限の条件です。それが脅かされていることを説明いたします。
     「平和を守るための軍隊」であるという言われ方をすることがあります。そのとき、「平和」には2つの種類があるようです。たとえば、前回の陳述書でご紹介した小泉総理大臣にとって、「奴隷の平和」といわれるものは平和のうちには入らないようです。このような人々にとって、「平和」「戦って勝ち取る」ものであり、それは、「敵」である人の犠牲の上に成り立つことが当然だということです。しかし、アメリカのブッシュ大統領のようにだれかを完全な悪人に仕立てて、「悪人とその人の仲間だけを倒す」ことができるなどというのが机上の空論であることは、通常の知識のある人なら了解できることであると思います。正義は常に相対的なものです。
     戦争に負けて、または武力攻撃によって抵抗できなくなった人々の暮らしを「奴隷の平和」というなら、イラクの今が、正にそうではないのでしょうか。アメリカ政府・日本政府が「テロリスト」と呼んでいる人々は、小泉首相と同じく「奴隷の平和はいらない」といって戦っているわけです。
     しかし、2004年春に一方的に大規模な攻撃を受けたファルージャをめぐる攻防とは違い、今は、双方の戦いは一般のイラクの人々の思いからは、大きくずれているようです。第一、町中での無差別な攻撃が続くようでは普通の暮らしの再建もままなりません。

  2. :イラクの現状と、普通の暮らしが望む平和
     3月10日に、私たちは、大阪で自衛隊のイラク派遣を違憲だと訴えたイラク人ジャーナリストの方を囲んでお話を伺いました。甲第66号証を提出します。
     幼稚園に通う途中で爆発に遭い、吹き飛んでしまった子ども。何日もあとに学校の屋根で子どもの身体の半分が見つかったのです。日本でこんな事が起きたら、どう思いますか?
     ただ町に食事に出かけたときにいきなり撃たれる若者。理由は、いつの間にか設けられていた検問所に引っかかったというのです。この町にそんなことが起きたら、私たちは町を歩くことができますか?
     そして、毎日のように外国の軍隊が攻撃され、それに対する軍隊からの攻撃もあります。でも、攻撃してきた人がどこにいるか分からないので、とにかく手当たり次第に銃撃され、爆撃される。やった方には理屈があるのでしょうが、普通に暮らす人には、いつ殺されるか分からない、ただそれだけなのです。この人々も、私も思います。ただ、殺されないで暮らしたい。話はそれからです。どっち側でもいいから、殺されないことが一番だとは思いませんか?
     戦争に勝たなければ平和でないという、軍隊の論理では、平和は永遠に実現できません。勝つ側があれば、負ける側もある。そして、負けた方がまた同じ論理を持ち出すなら。

  3. :この国の平和
     そして、この日本も、かつて戦争で負けました。そして、そのあと、戦争をして勝ったことはありません。この国は、では「奴隷の平和」を謳歌しているわけですか?
     私はこれでいい、これがいいのです。勝たなくていいんです。戦争で勝たなくても、多くの国々と協力して平和に貢献することができているこの国がいいんです。
     では、負けなければいいのでしょうか。武力で勝つと言うことは、「平和のため」とはいいながら、「負けての平和」は目指していないのだから、とにかく目的は「勝つ」ことになります。目的は、平和そのものではなく「勝った平和」なわけです。そうなれば、戦争に役に立つかどうかで人は選別されることになります。力のない人、身体に不自由を抱える人、年をとった人、子ども・・・。私たちは「保護」される対象ではあれ、決して主権者とは思ってもらえなくなります。戦争の中で、だれが、「みんなちがってみんないい」なんて言ってくれるでしょうか。誰が、「障害も個性だ」なんて言ってくれるでしょうか。今ここで、頭で考えただけでも分かるではありませんか。

  4. :勝者の恐怖
     さらに、勝ったらもう安泰なのでしょうか。合意で得られた平和でなければ、いつでも反撃の恐怖があります。甲第67号証を提出します。『9・11ジェネレーション』という、アメリカに留学していた女性が高校での体験を書いたものです。2001年にアフガニスタンへの攻撃を始めたアメリカでは炭素菌事件が起き、“テロ攻撃”の恐怖から、空港では厳重なボディチェックで、爪切り一つが見つかったばかりに髪の毛の中まで調べられ、サンダルもX線検査を受け、飲み物を持っていれば、その場で飲んで見せなければならない。また学校では、外国へ旅行する生徒に、他国で不満のはけ口となって被害を受けないようにと、「アメリカ人と見られない方法」を教える。逆に、国内のアラブ系の人々は星条旗を掲げて、ことさらに国家への忠誠心を表さなければならない。これが、私たちの望む平和ですか?
     また、彼女はこの高校での世界史の授業を綴ります。第二次世界大戦での勝利国にいながら、その勝利は正しかったのか、様々な角度から調べ上げ、真摯に討論し合う教師と生徒たち。そして今の戦争へと思いをつなげます。日本の高校より格段に深い学習です。この国に住む人々の多様さに救われる思いです。
     平和への道は、こちらにあると思いませんか?

  5. :軍隊を用いない国際貢献
     甲第68号証を提出します。日本のNPO団体がカンボジアで地雷撤去の活動を続けている事を書いた記事です。
     甲第69号証を提出します。ニューヨークで5月に行われる核拡散防止条約の再検討会議に於いて、日本政府がどのような立場をとるかを報道したものです。これまではアメリカ政府に同調することが多かった日本政府が、昨年の会議で被爆国としての自覚を持って非核国の提案に賛成したことが書かれています。甲第70号証では、アメリカが、はっきりと核実験のための主張をすることが報じられています。どちらが本当の平和への道ですか?
     戦争に勝つか負けるかが大事なのではありません。大切なのは、人を殺さない選択こそが平和だと認めることです。それしか、私たちが生きる方法はありません。
     アメリカも日本も、残念ながら行政のトップに進軍ラッパをかっこよく吹くことが大好きな人を据えてしまいました。でも、聡明な法律専門家である裁判官の皆様、法務省の皆様は、勢いのいいことに惑わされることはないと思います。
     公平に法律に照らして判断してください。この国の憲法は、武力による平和を求めて綴られていますか? それとも、他国との協調による平和を求めていますか?

  6. :阻害される主権と脅かされる平和
     軍隊の論理がどのようなものか、甲第71号証をお読み下さい。インド洋大津波の救援に行った自衛隊が近隣の銃撃戦で活動を中断したにもかかわらず、その情報は公開されないことが書かれています。普通の救援団体が被害にあったらすぐにその情報は報道されるはずです。被災地救援でさえそうなのです。
     一度軍隊として海外に出たら、ほとんどが機密情報となるでしょう。情報のない私たちに主権者の権利を使うことはできません。
     すでに、私の住む神奈川でもさらに平和的生存権が脅かされている事実を甲第72号証と甲第73号証で提出します。
     このことを体験させられた方の証人尋問の申請を、前回提出いたしました。1977年に、横浜で米軍ジェット機の墜落で家を焼かれてお連れ合いが瀕死のやけどを負わされた椎葉寅生さんです。被害者でありながら、主権者の権利を奪われ、軍隊の論理に向き合わされた方です。昨年の沖縄での米軍ヘリ墜落事件を見ても、先日の日米合同委員会での米軍事故ガイドラインを見ても、この形は変わっていません。(甲第74号証)
     さらに日米での情報共有を進める現状では、日本政府は私たち国民と米軍とどちらを向いているのか、大変心細い思いです。(甲第75号証)
     事実から判断してくださるように、証人尋問をお願いいたします。

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