陳述書

平成16年(ワ)第13294号

東京地方裁判所 民事第一部 御中
2004年8月20日 稲葉 菜穂子

 訴状にもある通り、私は私立の大学にて学ぶ学生です。
 親元ですし、今のところ特に不自由もなく、標準的な学生として暮らしています。
 そんな「標準的」な学生の私がなぜ提訴に踏み切ったのかというと、「権利を侵害されている」と感じているからです。

 成人しているので、もう選挙権もありますし、学生ですが一部納税義務もあります。
 国民としての「義務」と「権利」を意識し始めてから、このところの政府の方々の行いに疑問を感じてなりません。

 私たちの納めた税金で何をなさっているのか、と。

 今回のイラク戦争において、日本が拠出した金額は一体いくらに及ぶのでしょうか。

 湾岸戦争時には130億ドルを多国籍軍支援のため拠出したにも関わらず、国際社会から「支援が不十分だ」と非難されたことへの反省に立ってか、今回のイラク戦争にあたっては、金銭的、人的、物的に、莫大な援助を日本は行っている、少なくとも行おうとしているようです。

 また、2004年度版防衛ハンドブックによれば、自衛隊員がイラク国内で復興支援活動に従事した場合に支払われる「手当て」が一日あたり約3万円、これは一体どういう数字でしょうか。それだけ危険だということでしょうか。そしてそれをお金でカバーしてまで派遣する必要が本当にあるのでしょうか。つまり、そこまでして行った自衛隊は、本当に現地の人々のニーズに応え、また無駄のない支援活動ができているのでしょうか。

 そしてこれだけ「お金と手間をかけて」している「支援」は本当に日本の「国益」になるのでしょうか。

 最近通学中に駅や電車の中で、ものものしい警備や、テロ行為への警戒を促す放送が気になります。
 また、さきにアルカイーダによって発表された「自衛隊を派遣したら首都東京を攻撃する」という声明、これによって、都心近くに住む私は毎日おびえながら生活しています。

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 政府の方々は「テロには屈しない」と仰いますし、イラクにおける人質事件に関しても「自己責任」と仰いましたが、日本人、また日本の領土がテロの対象になり、危険に晒されているのは、国家の責任なのではないでしょうか。

 現に、空港などでの警備を厳重なもの(面倒なばかりで、実効性があるのか私は疑問ですが)にしていることなどからも、政府の方々はテロの危険性を認めていらっしゃるという事実が明らかに見えます。

 そのような危険性をわかっておられながら、なぜこういった、ますます日本が「恨まれ」るような、対米追従の政策をとられるのでしょうか。私はぜひ政府の方に伺いたいです。

 何のために私たち国民がこのようなリスクを背負わなければならないのでしょうか。私はきちんと日本国民としての自覚を持って勉強し、義務も果たしています。なのに、納めた税金からは大義なき戦争の支援や、イスラム原理主義組織を敵に回したことによりさらされる「危険」への対処などに莫大な費用が投入され、日常生活は、無駄に厳重な警備のため不便になった上に、さきほど述べたのようにアルカイーダの声明により怯えていなければいけない状態なのです。

 不本意であることこの上ない、としか言いようがありません。

 仮にこの「イラク戦争に関わること」が日本の国益につながるとして、得るものは何であり、得する人は誰なのでしょう。

 たとえば、石油に関して言えば、イラクや中東に多いイスラム諸国と良好な外交関係を保った方が確実に供給を得られるでしょうし、復興支援に関して言えば、日本企業が関わる、つまり復興利権がそこにあるとしても、ODA資金などから莫大な利益を得るのは、現在の日本の不況で喘いでいる中小企業や一般国民ではなく、政府お抱えの大企業や援助コンサル会社などでしょう。

 いわば、国民にとっては何の得にもならず、それどころか「危険にさらされる」「納めた税金が不本意なことに使われる」という不利益まで生ずるものであるのです。

 軍服を着て武器を持った自衛隊よりは、丸腰でその道の心得もある民間の支援団体が派遣された方が、より少ない資金でより役にたつことができる、という声はいろいろなところから聞かれます。どうしてわざわざ危険な目に遭い、お金もかけながら自衛隊を派遣しなければいけないのですか。

 政府の目的は、対米追従の姿勢をより鮮明にすることと、自衛隊を軍隊にするための既成事実を積み上げることにあるように思われてなりません。

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 そもそも、民主主義であるはずの日本で、安全保障にかかわるこのような重大な問題において、議論も不十分なままに政策を推し進められていることを遺憾に思います。本当に国民のコンセンサスを得ていると政府の方はお考えなのでしょうか。

 現行憲法はまだ変えられていませんし、公務員には憲法の遵守義務があるはずです。このところの小泉さんをはじめとする政府の方々の政策は、それに明らかに違反しています。

 それに対し、私は国民としての当然の権利を行使させていただきたいと思います。政府の不正を指摘するのは国民の権利であり、責任であると考えるからです。

 人権に関する裁判においては、下位法があれば下位法に従い、ない場合は最高法である憲法に従うか、憲法の適用範囲を判断されることになると思います。

 しかし、現在の国際社会では、人権に関しては「侵害されている」方の立場からの判断が求められる風潮にあることは言うまでもないと思います。私はさきに述べたように、身の危険も感じていますし、生活に不便も感じていますし、納税者としても国民としても「国家が自らの責任を果たしていない」という不満を持っていますし、これは権利を侵害されたと言っていいものだと思います。

 憲法にはすべての人が「幸福追求権」「平和的生存権」を有することが13条などによって規定されています。これに関する下位法はありませんが、裁判官の皆様に適用範囲を判断して戴く際にはぜひ、今述べたことを考慮して戴きたいと思います。

 そして、忘れてはならないのは、日本国憲法は、国民のみならず「全世界の人々が」ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する、としているということです。

 身に覚えのないことで、イラクの民衆やイスラムの人々に「自衛隊を派遣した日本政府を支持している日本国民だ」と恨まれるのは不本意です。また、納めた税金によって、アメリカの思惑に沿ったイラク占領に日本が協力し、イラク国民の権利を侵害する加害責任の一端を自分も否応なしに担わされていることも不本意です。

 国際社会でも正当性を認められていないイラク戦争に自国が参加することによって与えられる不利益と精神的苦痛は耐えがたいものなのです。

 裁判所が政府の圧力を受け、常識的な判断さえも回避せざるを得ない状況であることは存じています。しかし、何も伊達判決のようなものを要求しているわけでもありませんし、裁判官の皆様を左遷させたいなどという恨みも持っていません。ただ、国民として、立法機関である国会が機能不全であり、行政機関である内閣がワンマンな政策を進めているこの状況下で、もはや頼れるのは法と良心によってのみ判断してくれる司法機関である裁判所しかない、という思いから提訴に踏み切った心情を理解していただきたく思います。

 ともすれば政治権力というものは横暴になりがちです。それに歯止めをかけるために「憲法」があり、それに基づいて治められるのが法治国家なのではないでしょうか。

 日本の国民や領土に対するテロや、自衛隊がイラクに人を傷つけるようなことがあってからでは遅いのです。日本が報復の連鎖に巻き込まれる前に、政府の方には今一度人権尊重の観点から政策の見直しをご検討いただけたらと思う次第です。

 そして、裁判官の皆様、どうか権力を恐れず、良心的な判断をお願いいたします。

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
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