2004年5月26日
佐 高 信
東京地方裁判所 民事28部合議係 御中
4月7日に小泉首相の靖国神社公式参拝は憲法違反であるという判決を出した福岡地方裁判所の亀川判事は、遺書をしたためて、それを書いたことを知りました。
時代はまさにそこまで来ているということでしょうか。しかし、だからこそ、司法は行政に対して毅然たる態度を示さなければならないと思います。
「戦争の放棄」を高らかに謳った日本国憲法第9条に関して言えば、1959年に東京地方裁判所で下された、いわゆる伊達判決というのがあります。平和憲法の下で米軍が駐留するのは憲法違反であるというこの判決について、『北海道新聞』は「まずもってこの裁判長の法の前には何ものも恐れざる勇気に敬意を表したい」と称えた上で、「在日米軍の存在が、平和憲法の解釈上いままで司法上の問題とならなかったこと自体がおかしいのである。今回の砂川事件の判決はこのような国民の疑問に一つの明快な解答をあたえるとともに違憲審査の終審たる最高裁の決定をうながした点で、画期的に重大な意義をもつといえよう」と指摘しています。
あれから45年経って、遠いイラクに自衛隊が派遣されるまでに状況は変わりました。私これでは「自衛隊」ではなく、他を衛る「他衛隊」だと批判しましたが、不法がどんなに続こうともそれが正義とはならないという言葉が示すように、状況がそのように変わったからと言って法の目指すものが変わっていいはずがありません。いや、むしろ、状況が変わっているからこそ、法はその原理を光らせなければならないでしょう。
イラクへの自衛隊派遣が憲法違反であることは明らかですが、仮に百歩譲って、それをごまかすためにつくられたイラク特措法に従っても、もはや、イラクに非戦闘地域などないことは明々白々ではありませんか。
憲法第9条は理想に過ぎるという言い方があります。しかし、イラク戦争の泥沼が突きつけているのは、その理想をこそ現実のものとしなければ解決できないということでしょう。
かつて、湾岸戦争の時、日本に対して、特にアメリカから、日本はカネは出すけれども血は流さないという非難が寄せられました。しかし、そうではないのだと、当時、高知に住んでいた日本の高校生が、好きだったアメリカのコラムニスト、ボブ・グリーンに英語で手紙を書いたのです。
日本は憲法9条があるから軍隊を出さないのだということですが、それを読んだグリーンがそのことをコラムに書き、全米で配信されました。
そして、それを読んだアメリカ人から、その高校生のところに多くの手紙が寄せられたのですが、そこには、異口同音に、「知らなかった」「アメリカにも9条がほしい」といった言葉が並んでいたそうです。
私は、だから、軍隊ではなく、この9条をこそ世界に“輸出”すべきだと思います。
イラクで人質になった日本人に、アメリカからヒロシマ、ナガサキに原爆を落とされた日本人がなぜアメリカに盲従しているのかという疑問が発せられたそうですが、再びあのような犠牲を繰り返すまいという覚悟が9条にはこめられているとも言えるでしょう。
アフガニスタンで医療活動を続ける中村哲さんは、9条こそが日本の誇りなのに、なぜ、それに違反してイラクに自衛隊を派遣するのか、と嘆いていました。
また、人材育成コンサルタントの辛淑玉(シン・スゴ)さんは、私が対談相手となってまとめた『日本国憲法の逆襲』(岩波書店)の中で、「弱い男ほど暴力を使うでしょ。戦争というのは口できちんと対応できない男たちのなれの果てだと思うんですよ。日本国憲法というのは、軍事力を放棄しろということではなく、巧みな外交によって国際社会に啓蒙をはかり、口だけで国を守れといったわけ」と喝破し、日本国憲法が求めた人間像として、ペルーの日本大使公邸人質事件の時の国際赤十字のミニグ氏を挙げました。
- 「あのとき、本当に人質の命を助けたのはミニグさんです。権力の銃口とゲリラの銃口の間をバギーバッグひとつひきずって何度も往復して、人質を励まし、医者を連れて行き、食料を与え、しかも飄々と威張ることもなく、『赤十字』というゼッケン一枚をつけて、あの紛争のなかに入っていった」
こう語った辛さんは、また、「国際紛争のなかに、日本国憲法というゼッケンひとつつけて、日本は一度として入って行ったことがあるのか」と怒っています。
この辛さんの言葉を私たちはしっかりと受けとめなければならないでしょう。もちろん、司法の場にある裁判官に最も重く受けとめてもらいたいと私は思います。
いま、イラク人捕虜に対する米英軍の虐待が問題になっていますが、大義なき、もしくは疑わしい戦争に従軍して、アメリカやイギリスの兵士たちは正気でいられるでしょうか。ただでさえ、正気を失わせる戦争に大義もないとなれば、残虐行為に走るのは、むしろ、自然でしょう。
そういう意味でも、軍隊を持たないことを決めた憲法9条は平和のための先駆的宣言なのであり、イラクへの自衛隊派遣が違憲であることは明らかです。
私は、当裁判所において、高らかに、イラク派兵をストップする判決が下されることを願ってやみません。