東京地方裁判所民事第一部御中
平成十六年七月二日 原告 渡邉 修孝
このたび私は、東京地方裁判所に訴状を提出しました。これは、自衛隊員のイラク派兵が憲法違反であり、サマワでの活動もイラク特措法の規定から逸脱しているものであるとの認識に至ったからであると共に、私がイラクで不当に被った不利益についての損害賠償請求及び、外務省から私への「立替費用」の支払請求がなされたことに対する債務不存在確認を求めるためです。
自衛隊員のイラク派兵という憲法違反については、日本政府が、陸・海・空の自衛隊に行わせている武装した海外「派遣」活動として憲法前文に規定された「平和的生存権」に違反していると言えます。また、これは武力の不保持と交戦権の否認を規定し、そして「集団的自衛権」の行使を認めていない憲法9条にも違反するものであります。このような事は、従来の政府見解にすら前例がありませんでした。さらに、自衛隊法3条1項に規定される「自衛隊は、わが国の独立と平和を守り国の安全を保つため直接侵略及び間接侵略に対して、わが国を防衛することを主たる任務とし」という自衛隊の存在目的にも違反しているのです。よって、私はこの自衛隊イラク派遣を憲法違反であると認識します。
日本政府は、自衛隊の活動地域をイラク特措法において「非戦闘地域」に限定しているので、自衛隊員が「戦闘行為に巻き込まれることがない」という前提に立って憲法規定に抵触しないと主張しています。しかしながら、私が今年の3月にサマワ市内を調査したところによると、既に1月の段階においてサマワ市内では米軍やオランダ軍による「ゲリラ掃討作戦」が行なわれており、誤認攻撃によって民間人の犠牲者が出るなどの問題が起きていました。また、2月末にはゲリラによるサマワ市内への迫撃弾攻撃などが行なわれている状況でもありました。さらに言えば、他のイラク主要都市において、米軍を初めとする『有志同盟国』駐留軍に対する、ゲリラからの攻撃が止まない状況下にありながら、小泉首相はこのように発言しています。「どこが戦闘地域でどこが非戦闘地域なのか、私にわかる訳がないでしょう」、「自衛隊員でも襲われたら殺される可能性がある。相手を殺す可能性も無いとは言えない」などが示すとおり、やがては派遣された自衛隊員が、戦闘での死傷者として、あるいは逆に自衛隊員の発砲によってイラク人の死傷者が出ることは不可避になる危険性があるということです。そして、これは多国籍軍として派遣された『有志連合国』駐留軍が受けた現地被害の実例を見ても明白な事態です。イラク特措法第2条の「非戦闘地域」とは、「現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行なわれることがないと認められる」場所であるとされています。そして「戦闘行為」とは、「国際的な武力紛争の一環として行なわれる、人を殺傷し、または物を破壊する行為」と規定しています。この4月から5月にかけて現地ゲリラによる、サマワ宿営地を狙った迫撃弾攻撃が再三行なわれました。さらに、これにとどまらず、サドル派民兵の武装蜂起に対する掃討戦で、米軍のみならず暫定統治機構が組織する市民防衛隊や警官隊がこれを制圧するべく戦闘に参加するような事態にまで発展したことは記憶に新しいと思います。このような状況は既に「国家に準ずる組織」が戦闘に参加する事態であり、イラク特措法で言うところの「戦闘行為」であるとともに、サマワは「戦闘地域」であるということになります。すなわち、自衛隊が活動できる地域としての条件にふさわしくありません。
私は、4月14日にバグダッド西方アブグレイブ近郊で地元農民主体のレジスタンス(占領に抵抗する組織)によって身柄を拘束されました。レジスタンスは、私と安田純平氏に対して拉致監禁した理由を「お前たちは、イラクに軍隊を派遣した国の国民だから捕まえた」と述べたのです。また、拘束3日目に連行される途中で「お前はアメリカと一緒に仕事をしているのか?ファックユーアメリカ」などの罵声を浴びせられたことからして、レジスタンスらは私たちが単に「軍隊を派遣した国」から来た者としてだけではなく、CPA(占領統治機構)と一緒に仕事をしている者であると誤解していました。これは、すなわち私の国籍を根拠に『占領体制を支援する国の国民』と、レジスタンスから認識されてしまったことを明らかにしています。
日本政府による自衛隊のイラク派遣は、その結果による現地への影響が、派遣された自衛隊部隊から間接的・直接的軍事支援を受けた『有志同盟国』駐留軍の被占領地に対する掃討作戦によって、物理的・精神的被害を受けた被占領地民衆であるイラク民衆が『被害者の屈辱感』という深い恨みを心理の根底にとどめてしまったと言わざるを得ません。ファルージャ近郊のイラク民衆は、駐留軍の掃討作戦による被害から自らの郷里と一族を防衛するため、国家に統制されない『自衛権』の発露としてレジスタンスを組織したと容易に考えられます。そして謂れのない民衆弾圧と物理的損害から「郷里と一族を防衛するため」監視活動の手段として、この度の外国人誘拐・拘束、拉致監禁が行なわれたのであると私は解釈しています。
私としてはもともと非戦・平和の立場から『テロにも暴力にも戦争にも反対』という考え方で日本国内の反戦抗議行動・大衆運動に関わって来ました。いかなる理由があろうとイラク・レジスタンスのこういった民間人に銃口を突きつける暴力で人間の身柄を拘束し、本来あるべき行動の自由を奪うような闘争手段を許すわけには行きません。しかし、イラク民衆とてもとからこのような武装闘争で闘っていたわけではありませんでした。
彼らは、アル・カイダのような大衆的支持基盤の無い外国から来た義勇兵ではありません。ましてや旧フセイン政権派の残党でもありませんでした。特に私たちを拘束したレジスタンス組織の者たちは、イラクがフセイン政権から解放されることを待ち望んでいた人々であって、本来アメリカを初めとする『有志同盟国』のイラク統治政策に将来の希望をかけていた人々だったのです。ところが、残念なことに現実はその希望を粉々に打ち砕いてしまいました。主にアメリカ・イギリスの軍隊は占領の名において無法な暴虐の数々を行なったとされています。しかし、これまでその証拠があからさまにされることは無く、一切不問に伏されて来ました。アブグレイブ旧刑務所における件の『囚人虐待』の実態がアメリカ本国において、証拠写真と証言によって明るみにされるまで、誰もがその実態について屈辱と脅迫による口封じで公然と疑問すら述べられない状態でした。その間、アブグレイブ周辺の住民は、捕らえられた家族たちが変わり果てた姿で釈放されてくるごとに言語に絶する怒りがあったであろうと察するに余りあります。そんな元囚人やその家族たちが米軍やCPA(占領統治機構)に対して復讐を誓ったとしても、一体誰がそれを咎めることができるでしょうか。そして彼らが、私たちを米軍やCPAに荷担する日本政府・自衛隊と同じ国の国民という理由で身柄の拘束、拉致監禁を行なったからとしても、それは『自分たちを酷い状態に落とし込んだアメリカに「尻尾を振って」追従し協力する日本への見せしめ』として、レジスタンスがあの状況下で行える精一杯の抗議行動であると理解せざるを得ません。つまり、レジスタンス組織は民衆抑圧に対する当然の抵抗権を行使して闘っているのであって、私は彼らに対して拉致監禁にいたるすべての責任が課せられるとは考えられません。むしろ問われるべきは、アメリカ主導で推進されたイラク占領政策の失敗を覆い隠そうとしているブッシュ政権・ネオコンなどと蜜月な共同歩調を執っている小泉政権が提唱した自衛隊による『イラク人道復興支援活動』です。これがイラク民衆に与えた根拠の無い『設備投資』の幻想と失敗した占領行政下での地域活動実態がイラク民衆をして余計、日本国に対する絶望と不信に向かわせてしまったことは、つい先だってジャーナリストの橋田さん、小川さんがイラク・レジスタンスの銃撃によって命を奪われたことで端的に示されています。
このような「危険な状況を踏まえた上で私たちが行動できたのか?」と問われると、実はこの時点では「一体どこまで危険なのか」私は確かな情報すら、外務省・在イラク大使館から得られない状況だったのです。それでも何故、私たちがそんな場所に行ったのかというと、ファルージャ住民への米軍攻撃の実態を確かめ、また、拘束された日本人3人に関する情報を得るためでありました。そして、私たちがアブグレイブ近郊でレジスタンス組織からの身柄拘束を招いたことについては、私たち自身が日本政府関係者ではないということを明白に彼らへ証明することが出来なかったためでした。しかし主な理由は、私たちの日本政府がアメリカのイラク占領政策推進に大きな役割を担っていたためであり、イラク人をして「占領体制を支援する国の国民」と認識された結果なのです。なお、私たちの私物の損失に関しては、レジスタンスたちに一時、「証拠品」として押収されたものであります。撮影機材だけは没収されてしまいましたが、そのほかの品物については彼らから返却する約束を取り付けていました。私はその返却を待つために、身柄解放後もバグダッド市内に滞在するつもりでいたのです。ところが、大木大使の強固な帰国要請によって、レジスタンスから私物を受け取ることが出来なくなってしまったのです。これらのことも含めて、私は原告として述べるならば、この拉致監禁によって受けた肉体的苦痛と精神的屈辱及び物質的損失を被った損害賠償として、金500万円を日本政府に要求することにしたのです。
日本政府・外務省は私に対し、2004年5月24日付けの配達郵便にて、バグダッドからアンマンまでの航空券代金及びアエロフロートの往復航空券の日付変更代金を「立て替えて」いるので「精算をお願いします」と称して、計215ドルの支払請求をしてきました。これは円に換算すると(1ドル=109円61銭)、金2万3566円になります。この金額は私の帰国の際の航空運賃相当額を指しているようですが、日本政府・外務省は私に何の説明も無くこれらを支払い、そのことを安田さんにのみ伝えて、私には告げませんでした。このことを私は日本に帰国した後に、安田さんから聞いて知りました。しかしながら、私としては、てっきり私たちの帰国は政府の要請による外務省の業務内であるから、そのための費用負担は当然、外務省が経費として支払うものであると解釈しておりました。
それも外務省大使館職員が、帰国の途に出発する前に私たちへ費用立替を告げるのならまだしも、なぜ帰国して数日も経てから、私たちにこのような支払請求をしてくるのか、求められる根拠が解りません。また、安田さんは請求された費用を外務省に支払ったそうですが、彼の場合はなぜ請求額が計240ドルで、私が計215ドルなのか、同じ帰国の途に着いていたのにも拘らず、どのような理由と根拠に基づいて請求金額に差があるのか説明を求めます。
そもそも日本政府・外務省は外国において身柄拘束された邦人の保護を当然負う義務があります。『外務省設置法第4条(所掌事務)「外務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる」9号「海外における邦人の生命及び身体の保護その他の安全に関すること」』、これによって、仮に私の帰国のために日本政府・外務省が一定の費用支出をしたとしても、邦人保護・救出に関わる全費用が日本政府・外務省の負担になることは明らかなことです。よって、私は日本政府・外務省に対して、請求された前記金2万3566円の債務が存在しないことの確認を求めるものです。もし仮に日本政府・外務省が執拗に債務の存在を主張し、立替費用の支払いを要求してくるのであれば、私は、過去に海外で起きた人質事件や誘拐事件の被害者や事故遭難者の救援・捜索のための費用などについて、外務省経費から支出した分を救出後に被害者やその家族たちに請求しているのか、その内訳に関しても明らかにすることを求めます。