「人らしく生きよう−国労冬物語」
勝手に応援ページ

■■長編ドキュメンタリー・劇場公開版 100分■■

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掲示板ログページ:映画『人らしく生きよう』をめぐる広場


更新:2002.05.10
ご訪問ありがとうございます。
今後、新しい情報は下記からよろしく。
(ここは、上映応援の記録として残します。)
ひとネット
http://member.nifty.ne.jp/videopress/hito-net.html
がんばれ国労闘争団
http://www1.jca.apc.org/ouen/index.html

 「国労冬物語」全国上映会はじまりました。
 2002年2月16日、東京飯田橋で「国労2世」が初登場。
 忘れることのできない「お父さんが解雇された日」を語りました。どんな心境だったのかなあ・・・。

 そのお父さんたちは、リストラにも負けず、雪にも負けず、(時々吹雪に負けるけど)事業を起こし、今日まで生きて来ました。
 解雇撤回の資金は自分たちの事業でまかないたいという心意気、いいじゃないですか!
 国労闘争団といえば、「ホタテ・羊羹・リサイクル石鹸・・・」というくらい有名に(でもないか?)なってないか??。
 ご存知ない?
 それは、知らなかったのだから仕方が無い・・・。
 というわけで

 お買物的映画上映アシスト!
 「映画」は目と耳で、「ホタテと羊羹」は口と鼻で、「石鹸」は指と全身で味わってみては、い・か・が?

通販のご案内!>>>

2002年1月6日

 新しい年になりました。
 昨年は予想以上に映画に足を運んで頂き、嬉しい限りでした。ありがとうございました。
 今年は、いよいよ全国上映が展開されることになりました。スケジュールもうまりつつあり、関係者一同は、ささやかながら張り切っております。
 昨年末、国労がついに分裂、闘争にこだわらない新組合結成・・・と産経新聞に大きく取上げられました。
 しかし、15年あまりの活動の後、問題の解決が定かでないなか、新組合の結成・・?といわれても「何の組合?」と思ってしまうのは私おじちゃまだけでしょうか?
なんとも中途半端で、闘ってきた側からも、闘わないできた側からも評価を得ないのではないかと余計な心配すらしてしまいます。

 映画の中に登場する国労闘争団の大谷氏より、全国上映に向けてのちょっとしたコメントを直筆サインで頂きましたのでご紹介致します(☆ほらほら!おとーちゃんのサ・イ・ンだよ☆)。

 大谷氏は北海道でホタテの販売をしながら、ひたすら国労に春が来ることを願っていらっしゃいます。ホタテの合間を見ては全国各地にいらっしゃることがあるかも知れません。そのときは、あっ「ホタテマンだ!!」(安岡力也さんじゃないけど)と呼んでさし上げましょう。そして、納得ゆくまで闘っていただきましょね。

 上映については、本家「国労冬物語〜人らしく生きよう」のホームページをご覧下さい。今年も映画を宜しくお願いします。「千と千尋の物語」よりもロングランに!
(なるわけない?ん、そんなこともない?)


見に来てくださったみなさん、ありがとうございました。

映画の主題歌を歌う田中さんのサイン(クリック!!)
映画に登場する佐久間さんと藤保さんのサイン(クリック!!)

おじちゃまの映画紹介。

「人らしく生きよう−国労冬物語」(劇場公開版 )
東京・BOX東中野で2001年
11月17〜30日ロードショー

 国鉄分割民営化でのすさまじいリストラ攻撃の中、自分の良心を裏切らずに生きた人たちの物語。
[注*国鉄分割・民営化問題とはすごく略して言うと…旧国有鉄道(現JR)が経営失敗により多額の借金を抱え、人員整理で危機を乗り切ろうとしたことによる問題。]

 15年にわたって撮り続けた歴史的映像でもある。
「うまく生きるということが仲間を裏切るということなら俺はそれを拒絶する。人間として労働者として恥ずかしくない生き方をしたい。俺はそんなことにほんの少しこだわっただけ…」
人間らしく生きることを改めて問う。

・・・映画のクライマックスのワンシーン・・・・・・・・・・・・
(国労大会で闘争団家族会・藤保美年子さんの演説より)
藤保さん:
「無責任に私たちの人生を勝手に決めないで下さい」
    :
「どんなにつらいことがあったって、夫の解雇撤回、
      政府の責任でJRに戻すこと、
      私たちの悩み苦しんだ14年間に謝罪すること」
会場を埋め尽くす皆さん:
「そうだ」
藤保:
「歳がいこうと、ね、歳がいこうと!わかる?わかりますか」
会場:
「わかります」
藤保:
「確かに顔見たら皺も増えてる。
    確かに14年たったら顔も老けた。」
会場:
「そうだ」
藤保:
「だけど私たちの気持ちは、あの時に止まっているんです」
藤保:
「それを是非わかって闘うための方針を議論してください。
    家族からのお願です」
会場:
拍手
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 外務大臣は田中真紀子さんじゃなくて、藤保さんがやればいい。そんな感じの迫力あふれる演説でした。藤保さんが発言すると、会場は静まり返り、会場を埋め尽くす男たちは彼女の一言一言に「そうだ」と答える。まるで、学校の先生と生徒の相打ちのようにも見えた。よほど信頼されているのだろう。…いいなあ。

 国労の運動が以前どうだったかは分からないが、現在の中心は彼女に見えた。

 考えてみれば、労働問題という時に、男社会の話は取り上げられても、その家族、子どもたちの様子が取り上げられることはなかったように思う。しかし、働き手が給料を失えば、その家族が確実に被害にあうのは当然といえば当然だ。家事労働が問題視されることはあっても、家事労働組合なんて組織は聞いたことがない。それぞれの家にいる家族員になすすべはあったのであろうか…。この映画は、家族の問題をも突きつけているように思えた。

 ある日突然会社から「来なくていいよ」と言われても、子どもがいれば、今日も今日とて「ご飯まだ…!」っと求められる。国はそのあたりのことをどう考えていたのであろうか?

 国労大会のあいだ、地方の家々では、子どもたちがお留守番をしている。国労問題は労働組合という枠だけに押し込めてはいけないのではないか?今日も子どもたちが父母の帰りを待っているだろう。国は子どもたちの将来に対してまで差別を続けるのか。

 藤保さんたち皆さんの声をもっと聴きたい。

企画制作・ビデオプレス 取材・撮影・構成/松原明・佐々木有美
2000年 平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞
問い合わせ ビデオプレスTEL03.3530.8588 FAX03.3530.8578
http://member.nifty.ne.jp/videopress/hito.html

BOX東中野 東京都中野区東中野駅下車、徒歩1分
http://www.mmjp.or.jp/BOX
TEL 03−5389−6780
上映予定時間12:45〜 14:50〜 16:55〜 19:00〜
上映時間100分


 上映以外にも、物品販売、各種イベントが行われます。詳細はビデオプレスホームページ、または直接お電話にてご確認ください。
 また、映画会場では、昔懐かしいあの方?ん?どの方…?と再会が出来るかも知れません。

 分割民営化で別れ別れになってしまった、**駅のカッコよかった憧れの彼・彼女…、どうしてるかなあ…?なんて思いませんか!会社に同窓会はないけれど、ロードショーで憧れの彼・彼女に再会できるかも…あたりを探して見ましょう。きっと思い掛けない再開が皆さんをお待ちしているのではないかと…。会える保証は何もありませんが、こなければ間違いなく会えません。勇気をだして覗いてみましょう。歳はとっても、ロミオとジュリエットか、織姫彦星か?
 それは皆さん次第です。

おじちゃま@片柳


同期間・同館で上映:日本アフガニスタン合作映画
よみがえれカレーズ
AFGAN SPLING


 以上は、このページの作成を依頼された片柳さんのメッセージです。

 以下は、作成しました私自身の思いです。
 私も、かつて争議団といわれる、首になったり会社に差別的な扱いを受けてそれに屈せず交渉や裁判を続けている方々に大変お世話になったことがあります。

 所属する組合が支えてくれなかったり、はじめから組合がなかったり、そういうところで困難な中から声を上げる人たちがいました。「やめてしまった方がよっぽど楽なのに」そういわれつつ、しかし納得できないことに黙っていられない、そういって立ち上がった人たち。

 大商社の人もいれば、小さな会社の人もいる。たった一人で裁判を起こした人や、会社ごと切り捨てられて自主操業している人たちもいる、芸術家たちもいる、生活を支えるためにみんなで物販に取り組んだり、泣いたり笑ったり怒ったり驚いたり喜んだり、そんな日々を過ごしていました。

 そのなかで“ハチマキとシュプレヒコール”というイメージだった労働組合の人たちの心にふれた最初は、家族が一緒の、ある争議団の忘年会に出たときです。会社の前で、今までの同僚に向かってビラをまき続ける気持ち、何度もやめてしまおうと思いながら家族にも理解されないときもありながら、でもやはりやめることはできない、ここで負けられない、負けたら会社のやり方を認めることになる、けれどつらい、そんな話を聞いているうちに涙が出てきました。

 つらい話の多い仲間でも、したたかに大企業や大きな組合を相手に支え合って乗り越えていく姿からたくさんのことを学んだような気がします。


 そのころはまだ色々な形の労働組合が路線等々で分立しながらも協力しあったりして、争議団はその間隙を縫うように自分たちの訴えをひろげると同時に、組織内に閉じこもりがちな労働組合を地域に開くきっかけの役目も果たしていたように思います。
 当時、まだ国労は、そういう地域と結ぶより、といわれる組織内の運動が中心だったらしく、“民営化攻撃”が始まってやっとビラ配りなどで地域の組合と共同行動の場に出てくるようになり、争議団が「国労が出てきたよ」と驚いていたのを思い出します。

 でも、攻撃側の方がやはり力があったのですね、見る間にたくさんの組合が地域の弱い仲間に手をさしのべることが少なくなっていったようです。
 現状を詳しく知りませんが、もう一度、労働組合の本来の力を、それは、片柳さんのいわれる、家族や暮らし丸ごと支え合った姿をした組合の姿を見たいと思いました。
 たくさんの方に足を運んでいただければ幸いです。

comcom:comcom@jca.apc.org