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第1回例会 2006年3月14日
報告者 佐藤 和利(弁護士)
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憲法改正につながる司法改革 |
- 報告の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。日々、現場で司法改革と闘っている立場で、分かりやすくざっくばらんなお話をさせていただきたいと思います。
去年の11月に「公判前整理手続」というのが始まりまして、刑事裁判が激変しています。殺人事件で無罪を争うような事件が、わずか審理4,5回で終わってしまう。しかも連日開廷で新たな証拠も一切出せません。これは刑事訴訟法が少し前の2004年5月に一部改定されたのに合わせて、最高裁判所が2005年6月1日「刑事訴訟規則」を改定して新たに公判前整理手続という制度を作ったためです。これは詳しくは後でお話させていただきます。
今年の4月から「日本司法支援センター」というのがスタートします。実務を始めるのは11月からです。法務大臣が任命権・罷免権を全部握ります。東京に本部が作られまして、各都道府県、各弁護士会ごとに地方支援センターが作られます。理事長はなんと元公安委員長で、法務省の役人です。理事には日弁連の執行部から2名の弁護士が任命されています。そして各地方ごとに準備が進められています。
これは何をやるのか。いま準備が進められている裁判員制度が始まると、刑事弁護が非常にタイトになるものですから、一般の弁護士が刑事弁護はもはやできない事態になります。センターに採用される形で、主に司法修習所を卒業した若い弁護士たちが大量に、勤務弁護士として入ります。私たちのように勤務弁護士でない者も、司法支援センターと契約をしないと国選弁護ができなくなります。国選弁護人の選任もすべてセンターがやります。かつての国選弁護制度とはまったく違う制度です。これによって、国(法務省)の代理人の検察官に対して国が管理する独立行政法人に所属する弁護士が争うという、非常に奇妙な裁判になります。
昨年2005年10月に研修所を卒業した司法修習生は1300名ですが、来年は法科大学院(ロースクール)を卒業した修習生と旧司法試験に合格した修習生が卒業しますので、一挙に2600名の司法修習生が卒業します。それから毎年100名ずつ増えていきます。2010年には3000名になります。これはあくまでも一応の目標であって、さらに増えていくと思います。いま宮内義彦オリックス会長が座長になって進めている政府の規制改革・民間開放推進会議では法曹増員をさらに検討しており、9000名がいいだろうとか、12000名がいいだろうと、まことしやかに言っています。たぶん5000名くらいの増員になると思います。
戦前も陪審制度があった時代に弁護士が激増しまして、その時点で弁護士は食えなくなりました。弁護士が酒や味噌を店で買おうとしても、掛けでは売ってもらえない。弁護士の生活は困窮化しまして、その時点で弁護士は「満州」の法務官は弁護士によこせという運動を起こす形で、戦争に翼賛していきました。今の弁護士の状況も、良く似ているなと思います。
この裁判員という制度は2009年、あと3年後に始まりますが、とんでもない制度です。たいへんな国民の負担になると思いますし、膨大な量の冤罪が生まれると思います。従来のような徹底した審理はまったく望めない制度です。
そしてこの制度は、言わば「赤紙」と一緒です。参審制度とも陪審制度ともまったく違う新しい日本型の、国民を国家動員する、徴兵制の赤紙とまったく同じような内容・体質のものです。ですからこれによって、憲法改正にとって何年も邪魔な存在だった弁護士と弁護士会を、政府・国家に翼賛させて、そして国民を動員させる体制にする。まさに今年、改憲の国民投票法案が今国会に上程されようとしていますけれども、もう憲法改正は始まっているなと思います。それを作ったのは小泉政権が国家戦略としての構造改革の最後の要と位置づけられている司法改革ではないかと思います。
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まやかし「司法改革」の実像 |
- それでは歴史を追って、もう少し具体的に話していきたいと思いますが、まず司法改革の全体像をご説明します。
スタートは何かと言いますと、自民党の司法制度特別調査会が1998年6月、「21世紀の司法の確かな指針」を、それから経団連が1998年5月に「司法制度改革についての意見」を発表しました。こうして98年から99年にかけて骨格そのものができます。さらに遡ること3年前の1995年には、自民党幹事長の野中広務と日弁連会長の中坊公平が合意しまして、住専の処理機関として鰹Z宅金融債権管理機構(今のRCC整理回収機構)を作ることを合意しました。この時点で政府・自民党は弁護士会に対して、「2階に上げておいてハシゴを降ろさない、弁護士会を守ります」という約束をして、司法改革が可能になる路線の原点が作られました。
以来、首相のもとに1999年5月に司法制度改革審議会というのが作られまして、座長には京都大学の憲法の佐藤幸治、そして弁護士の中坊公平、この2人が中心になりました。審議会は2001年6月に最終の司法審意見書を出します。ここで司法改革の基本方針が作られたわけです。
内容的には市民が参加する「大きな司法」というのが名目で、この司法改革路線の中身が作られたんですけど、思想的にはまさに小説家司馬遼太郎の悪い側面が出ている「この国のかたち」を目指した平成の国家改造計画だと思います。
2001年の12月から司法制度改革推進本部がスタートします。首相を本部長に置いて、顧問会議には佐藤幸治のほか、新聞社の論説委員もたしか入っていたと思いますけれども、経団連や連合の代表など7名が参加して骨格を作りました。
この中身は大きく分けて2つあります。「弁護士の自治破壊と御用化」をもたらす改革と、「刑事司法の大改悪」です。
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食えない弁護士が輩出する |
- まず弁護士会の問題では、弁護士の懲戒制度の改悪があります。弁護士法を改定しまして、「綱紀審査会」が設置されています。ここには学識経験者ということで弁護士以外の外部委員が入っていまして、弁護士会で懲戒不相当という結論を出したものについて綱紀審査会に回されます。綱紀審査会でそれがひっくり返りますと拘束力があって、懲戒にならざるを得ない。今までほとんどなかった弁護士の懲戒が、膨大な量で審査会に持ち込まれています。弁護士会はもともと自治団体ですけど、「透明化」する、説明責任があるという訳のわからないことでいま外部委員が入っているわけです。
次に法科大学院(ロースクール)の問題です。ロースクールからは本年春に第一期生が卒業し1000名前後が司法試験に合格する予定です。学生の資質が大きく変わっています。基本書は読まないで、予備校に行って「論点」だけやって司法試験に受かって来る。私のよく知っている新人弁護士も、基本書を読んでいないものですから、事件の依頼を受けると民法の基本から読み直さないと処理ができない。枝葉末節ばかり見て森を見ないので正しい解決ができない弁護士が増えています。それが来年からは2600名、爆発的な弁護士の増加です。2600名と言いますと、一昔前の司法試験なら短答式の合格者全員受かるという内容です。
そうなると従来のような司法修習はできませんので、早晩に司法修習制度は廃止になります。法律事務所でも吸収できませんので、いろんな分野に散っていくけれども、なかなか採用されないだろうと思います。自治体に就職すればいいとか言いますけれども、これからは自治体も数が減り予算を減らしていく時代ですから、抱えきれるわけがない。こうして弁護士自治も破壊され、弁護士が困窮化し、食えない弁護士が大量に輩出する時代がすでに到来しています。
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刑事司法の大改悪 |
- では各論に移ります。まず弁護士会の変質の問題です。
弁護士は品位を害するような行為をしてはいけないという弁護士倫理というものがありまして、これに違反すると懲戒になりました。但し、この判断は慎重に行われていました。ところが今回これを強化するために、記録をちゃんと保管しなければいけないとか、真実義務があるとか、誠実に職務をしなければいけないとか、60箇条くらいの「弁護士職務基本規定」というのが詳細に定められ、これに違反するとただちに懲戒が申立てられるように法的拘束力を与えられました。
これは弁護士の自治を崩壊させるものです。例えば「公益活動の義務」というのがあります。これは何かと言いますと、弁護士は必ず弁護士会の委員会に参加しなければいけない。あるいは国選弁護をやらなければいけない。こういった公益活動をやらなかった弁護士は、それだけで懲戒申立が可能になっています。しかし国選弁護は先ほども言いましたように連日開廷ですので、一般の民事をやる弁護士にはとてもできないものです。
それから「真実義務」というのがあります。民事の事件でも攻撃防護のために、これはちょっと出さない方がいいと、裁判に勝つために一定のものを出さないことがあった。これからはそれが後で分かったとすると、弁護士は真実義務に違反するということで懲戒を申立てられます。民事の裁判でもきちんと依頼人の利益を守れないことになります。
なぜそうなったのか。今回の司法改革は、「大きな司法」を目指すと言っているんですけど、やったことは弁護士の数を増やしただけです。検察官も裁判官も全然増えていない。むしろ支部の統廃合という形で、裁判官の数は減らされています。予算も減らされています。弁護士と弁護士会の弱体化が最大のねらいだったのです。
裁判官の再任拒否と任官拒否も膨大な量で増えてきています。まず、裁判官の統制強化のために下級裁判所裁判官指名諮問委員会が設置されました。日弁連からは堀野紀先生という、もともと進歩的な活動家の弁護士、それから宮本康昭さん、もと再任拒否された裁判官そのものです。この2人が出ていまして、最高裁に裁判官の再任拒否を諮問しています。今年の諮問では四名の裁判官を不適当と答申し、このうち3名が再任願を取り下げました。結局一名が再任拒否され、別の一名も取り下げました。次に任官拒否ですが、9名の修習生が採用を拒否されている。また、落第は31名が不合格とされており、2年連続して大量の不合格が続いています。つまり司法改革で裁判所を良くするどころか最高裁は高笑いで、裁判官の統制はますますやりやすくなっています。
司法改革でやられたのは、官僚司法行政の強化と、弁護士会の弱体化です。これによって、日本の憲法擁護の体制を変えようとした。まず弁護士の使命を抹殺することを狙ったのが、弁護士の大増員だと思います。
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「効率的な」弁護とは |
- 刑事事件のだいたい70%が国選事件と言われています。国選弁護人の指名は今まで弁護士会が推薦をしまして、裁判所が任命していました。1949年に弁護士会と最高裁と法務省が協定しまして、国選弁護人の推薦は弁護士会の推薦名簿による、個別事件についても弁護士会が推薦することになっています。
そのために、1970年代に学生事件が相次いだときに、裁判官の訴訟指揮で連日開廷をしようとして、弁護士と裁判所の間で「荒れる法廷」がありました。このとき連日開廷では弁護ができない、接見もできないということで、国選弁護人がみんな引き揚げました。辞任したんです。弁護士会は辞任した国選弁護人を擁護しました。裁判所を批判して、国選弁護人を出さないようにしたんです。そうすると事件が回らない、裁判ができない。こうして裁判所を正常化した。期日も余裕をもって入れるようになった。強引な訴訟指揮をさせない闘いが、過去ずっと築かれてきました。
ところがこれからは、司法支援センターが弁護士会からもらった国選弁護人名簿に基づいて弁護人を任命します。ですから国選弁護人が解任されたり辞任したら、すぐに司法支援センターが、言うことを聞く弁護士を代わりに出せます。つまり国選弁護では闘えないということになります。国選弁護の報酬も、普通の否認事件でもだいたい1ヶ月ぐらいで終わってしまいますので、10万円前後になるだろうと言われます。いま30万ぐらいもらっている弁護士が、10万に削られることになります。
司法支援センターは独立行政法人なんです。法務大臣が監督権限を握る。つまり国から予算が出る、税金で訴訟をやります。国選弁護人の報酬もこの税金で賄われることになります。そうすると無駄はしてはいけないというので、効率的な弁護をしろ、早く解決しろと、ともかく迅速一辺倒です。しかも「国選弁護事務取扱規程」というガイドラインがあるんですけど、それに基づいてやらなければいけないことになっています。
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