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ひろがる監視社会
――「安全・安心まちづくり」とは何か

第5回集会 2005年10月15日
清水 雅彦(明治大学講師・憲法学)

会場風景 憲法が専攻です。この間、「生活安全条例」とか「安全・安心まちづくり」についての取り組みをずっとしてきました。バイクが好きで、今年は名古屋、宇都宮の講演もバイクで行って、講演してきました。夏に山口であった学会の合宿にもバイクで行きました。なんでバイクで遠出をするのかというのは、今日の監視社会論とも関連してくるわけですけれども、これは後で話します。
 最近、よくマスコミ等で「治安の悪化」、具体的には犯罪認知件数の増加と検挙率の低下ですけれども、あるいはこれを受けて「体感治安の悪化」という言い方がされます。こういう状況に対して、「安全・安心まちづくり」で対応しようと、政府とか警察が取り組みを始めていますが、それが監視社会化を招く、プライバシー権その他の権利・自由を侵害するということで、ようやく最近、監視社会論に対する批判的な文献も出はじめています。
 それは例えば、ウルリヒ・ベックの『危険社会』とか、岩波の『世界』での特集「犯罪不安社会ニッポン」、前回話された五十嵐太郎さんの『過防備都市』、斎藤貴男さんの『安心のファシズム』など。こういう形で、徐々に危険性を指摘する本が出ているという状況です。
 ここでは、とくに「安全・安心まちづくり」という治安政策について焦点をしぼりつつ、実はそれが監視社会だけではなくて、もっと幅広く、公権力がいろんな領域で社会に及んでこようとしている危険について話をしたいと思います。
高速通行券に車のナンバーが
  従来「監視社会化」とか「管理社会化」と言われている状況で進んできたものは何か。ここではとりあえず、個人情報関係、個人情報・肖像関係、通信関係の3つに分けて説明します。
 個人情報関係では、私人によるものとしてはJR東日本のSuicaや、スーパー等のポイントカードの問題があります。これはもちろんいろんなサービスをすることで顧客を維持したいということもありますが、個人情報がどういう形で使われているか定かでない。確かに個人情報保護法ができましたけれども、当然、情報漏れということはあるわけです。とくにクレジットカードは、買い物をするたびにいろんな情報が蓄積されて、それに応じたダイレクトメールを出したり、関連企業に情報を流すと言われています。
 私はクレジットカードでの買い物はしないし、スーパーでもポイントカードを作らない、Suicaも使ってません。本当にこれは不愉快で、近所のスーパーで買い物をする時でも必ずレジで「○○カードは持ってますか」と言われる。「あなたたちに個人情報を与える気はありません」と言いたくなります。主婦の方をはじめたくさんカードを持っている方がいらっしゃいますけれども、やはり自ら個人情報を渡しているということの認識を持たなければいけないと思います。

 公的機関によるものであれば、民営化されましたけれども元日本道路公団・現各高速道路株式会社の高速通行券ですね。首都高ではなくて東名とか中央などの高速を使うときに、入口で通行券が出てきますけれども、その右上の数字をよく見てほしいんです。私が車で高速を利用すると、常に数字が「90」です。なぜ90かというと、私の乗っている車のナンバーが**-90だからです。高速の入口の右側にボックスがあって、夜だと赤外線ストロボが光るから分かりますけれども、車が近づいてくるとナンバーを撮影します。それを瞬時に通行券に印字をしている。印字されるのは下2桁ですけれども、実際に記録されているのはナンバーのフル情報です。すなわち、どのナンバーの車がいつ移動したかということが分かる仕組みになっている。なんでこんなことを道路公団が始めたかというと、通行権と車が一致しているかどうかを確認する。昔はサービスエリアなんかで通行権を交換して高速料金をごまかす不正使用があったんで、その対策だと言っています。しかし、ある車がいつどこへ行ったかという情報が蓄積されて、それが漏洩とか目的外使用されれば、個人の監視につながります。

 実際にオウム真理教の事件以降、警察の要求に基づいて、任意で道路公団がオウム幹部の車の情報を提供していた。ですから公安警察が要求して各高速道路株式会社とグルになれば、政党とか政治団体の幹部等の動きを調べることができる。しかしこれを運転手にはきちんと説明していない。
 あるいは公権力によるものであれば、国民総背番号制の問題があります。これは詳しく説明する必要はないと思います。私は2002年8月に市役所から番号が来ましたけれども、さっそく市役所に出向いて、「私は牛ではありませんから番号はいりません」と返してきました。国は番号で個人を管理することを始めました。
不倫現場もおさえるNシステム
  個人情報・肖像関係では、私人によるものでは、金融機関やマンション、駅などで早いところでは70年代に防犯カメラを設置する動きがありました。
 公権力によるものであれば、Nシステムというものが全国各地で80年代末から取り付けられています。道路沿いに鉄のアームがあって、カメラが付いている。これは高速道路でも、国道・県道・市道でも、あちこちに付いてまして、夜走ると分かると思いますけれども、車が近づいて来ると自動的に赤外線ストロボがピカッと光って撮影をしている。これは警察が設置して車のナンバーを撮影していているわけですけれども、目的は盗難車の発見のためとされています。あらかじめナンバー情報をホストコンピューターにインプットしておけば、Nシステムにさしかかった車が盗難車両であればヒットして、最寄りの警察署に連絡が行って検挙できるというものです。
 しかし、95年のオウム事件以降とくにNシステム設置が急増しまして、いま全国にだいたい870箇所くらい。そして以前はナンバーしか撮影していなかったんですけれども、第3世代以降の新しい世代のシステムは、運転手と助手席に乗っている人間も写すんです。警察はこういうことをやっている、写真を撮影していることを公然と説明すべきなのに、説明しない。
 自動速度取締機、オービスの場合は違反したときの証拠写真として撮りますから、これはまだ写真撮影についての合法制というか、そういう場合の肖像権が制約されてもやむを得ないところがありますけれども、Nシステムは違反していなくてもそこを通る車両前部にナンバーが付いているすべての車両を撮影する。何も違反していないのに、勝手に写真を撮られてしまうということは、やはり肖像権とかプライバシー権侵害になります。
 もし皆さんが公安なんかにチェックされている人であれば、そして不倫でドライブなどしていれば、ただちに不倫現場を押さえることができるわけです。実際に管直人氏の愛人問題はNシステムの情報をリークしたと言われています。恐らく盗難車両の取締以外に、公安警察が利用していると思われます。新潟県警では、部下がきちんと仕事をしているかどうか、警察車両についてチェックしていたということもありました。

 肖像権侵害、プライバシー権侵害になり得るのに、勝手に撮影をしている。実際に弁護士がNシステム違憲訴訟をやったんですけれども、裁判所は保守的なので合憲判決だったのですね。もっとこれは国民に伝えて、声を上げていかなければいけないと思います。ちなみに私はNシステムが近づいてくるとサンバイザーを降ろします。あまり効果はないと思いますけれども、勝手に撮られるのは不愉快です。
 またスーパー防犯灯と街頭防犯カメラシステムは、後で触れる「安全・安心まちづくり」の中で出てきたものですけれども、ここで取り上げてみます。
 スーパー防犯灯というのはカメラ付き防犯灯のことで、なにか事件があった時に防犯灯のボタンを押せば警察署に連絡が行って、モニターテレビを通じて警察官とやりとりができる、その近辺の状況を防犯灯に付いているカメラが写すというものです。2001年以降付けられて、2003年末までに20地区240基が設置されています。
 街頭防犯カメラシステムは、東京・新宿の歌舞伎町で2002年に設置して、あと渋谷、池袋など設置箇所が増えた。警察としてはスーパー防犯灯や街頭防犯カメラシステムを少しずつ増やそうと考えています。
 この中で怖いのは、バイオメトリクス技術の導入問題です。バイオメトリクスというのは日本語にすると「生体認証」といいますけれども、古くからある生体認証手段は指紋ですね。最近ではATMの問題等ニュースで報道されているように、指紋以外に静脈の形とか、出入り口で瞳の虹彩に光を当てて識別をするという、体の形状によって個人を識別するという技術です。
 実はその中でも、顔を点数化して顔だけで個人を識別する技術がありまして、関空とか成田空港に設置されているカメラはこれを使っています。テロリスト等の情報を入手して入れておけば、その人が通るとヒットして入国したことが分かる。そういう技術を持ったカメラを導入しています。
 アメリカではさらに研究が進んでいて、最近では人の歩き方も点数化できる。人の歩き方にも個性があって、顔が映っていなくても歩き方で個人識別をする。そういう技術も開発されて、一部で導入されています。ですからこういうバイオメトリクスの技術を組み合わせていけば、個人が移動するたびに警察等によって、いつ誰がどこを移動していたか分かってしまう。

清水氏  高速のETCもいつ、誰が、どこからどこまで利用したかが分かるので、私は絶対にETCなんか使いたくない。今まではハイウェイカードを使っていたんですが、9月でカードの販売をやめて、来年4月から使えなくなる。ETCを使わせようという魂胆ですね。しかしETCは把握されてしまうので、私は使わないつもりです。
 あと怖いのは、パスポートをIC化していく。免許証もIC化していく。そのときにバイオメトリクスの技術を結び付ければ、すなわちパスポートや免許証の申請にあたって写真を提供するわけですから、例えば免許証をNシステムの技術と結びつければ、車両だけで報告されていたものが運転手についても報告されることになりかねない。まあ、どこまで技術が進歩してやれるかは別ですけれども、そういう方向にいま向かいつつあるという状況にあります。
 さっきのバイクの話でいうと、私が遠出でよくバイクを利用するのは、Nシステムによっても、高速道路株式会社によっても、私を捕捉できないからです。Nシステムも高速道路のカメラも、前にナンバーが付いている車両しか撮影できないので、後ろにナンバーが付いているバイクは撮影できない。したがっていまバイクで道路を移動するとき、私は公権力によっては捕捉されないんです。ただ、いずれは後ろのナンバーを撮影する機械も出てくるだろうから、困ったな、という状況なんですけれども。
 あと免許証をIC化してETCの技術がもっと進めば、スピード違反をするたびにカードから自動的にお金が引かれる。たぶんこれは反発されるからできないと思いますけれども、技術が進歩すればそれもできるといえばできますし、そういう意味で、非常にこの先、怖いなというふうに思います。
 通信の関係で言うと、1986年には共産党幹部宅盗聴事件があり、1999年には盗聴法の制定がありました。
警察の手先が増えている
 「安全・安心」というテーマを掲げてどういう取り組みが行われているか。
 実は警察庁が「安全・安心」を早くから研究していましたけれども、中央政治レベルで「安全・安心」を言い始めたのはつい最近なんですね。2003年の9月に犯罪対策閣僚会議を設置したり、あるいは第157回国会の所信表明演説で小泉首相が触れている。「国民の安全と安心の確保は、政府の基本的な責務です。『世界一安全な国、日本』の復活を実現します。警察官を増員し、全国で『空き交番ゼロ』を目指します。市民と地域が一体となった、地域社会の安全を守る取り組みを進めます……」という形で、所信表明で初めてこういうことをテーマとして掲げるわけですね。
 地域社会での安全の取り組みは別名で言いますと「地域安全活動」の考え方ですけれども、これについて小泉首相が触れた。そして11月にはマニフェスト選挙で自民党も民主党も治安対策を掲げている。そういう中で犯罪対策閣僚会議が具体的な対策を策定する。こういう流れによって、ますます治安対策というものが展開されていくわけです。
 具体的に地域でどういう取り組みが行われてきているのかですけれども、まず「自主防犯活動」の組織という問題です。昨年の「警察白書」は特集に「地域社会との連帯」というテーマを掲げていました。この中で何を言っているかというと、「治安悪化の一因に規範意識の低下や住民相互の人間関係の希薄化があり、これらをいかにして改善するかが治安回復の鍵である」「治安の回復には、警察のパトロールや犯罪の取締りだけではなく、警察と関係機関、地域住民が連携した社会全体での取組が必要である」。これがさきほど言った「地域安全活動」の考え方です。
 そして次に続くのは、「犯罪の生じにくい社会環境の整備と、国民が自らの安全を確保するための活動の支援を進めるべき」。ここで言う「犯罪の生じにくい社会環境の整備」というのが、「犯罪防止に配慮した環境設計活動」という考え方です。これは「ハード面とソフト面」と言いますけれども、警察白書でこの2つについて言及しているわけですね。

 こういうものが、「希薄化した地域社会の連帯の再生」につながると言っていますけれども、防犯活動を通じて規範意識ができる、地域社会の連帯が高まる。本来は警察が取り組むべき問題じゃないんですけれども、警察がこういうことについても口出しをし始めているという状況があるわけです。
 では、具体的にはどういう取り組みがあるのか。一般的には自治会・町内会を活用したパトロール隊です。最近では京都の「平安レディース」など女性の活用や、「ポラリス宮城」というのは大学生を少年非行対策でパトロールさせるものがあります。ポラリスという名前は、発案した人が「冬のソナタ」のファンで、ポラリス=北極星がいいというので付けた名前らしいんですけれども。すなわち警察の手先を増やすと同時に、それにかかわる大学生の規範意識を高めるという、2つのメリットがあるわけです。
 警察は発想豊かだなと感心するんですけれども、バレーをやっている人たちからなる「クライムアタック隊」、クライムは犯罪ですね。あと愛犬家の「わんわんパトロール」、自転車通学の女子学生などを使った「りんりんパトロール」等ですね。
 練馬署で始めたのは「10万人の目警戒活動」というんですけれども、町会役員や防犯活動推進員を「街かど安全サポーター」というものに任命して、この人たちが「午前・午後の犯罪多発時間帯の2回、適宜の時間に10分ほど自宅前や付近で、体操・樹木の手入れ・掃除・散歩等を兼ねた路地の警戒や、『おはようございます』などのあいさつ、『どこかお探しですか』等の声かけ、不審者発見時の110番通報を働きかけ、常に街角に住民が出ていること」で犯罪の抑止を図ろうというものです。いつ、誰が家の前で体操しようと掃除しようと散歩しようと自由なはずなんですけれども、練馬では警察主導で、いつ散歩とか掃除をしてください、その時に同時に不審者の監視もしてくださいということをやっているわけですね。こういうことを大々的にやって反発されないのが不思議なんですけれども。
 あいさつはけっこう大事です。群馬県の「生活安全条例」には、「あいさつの励行等を通じて良好な地域社会の形成に努める」と書いているのですね。あいさつをすることによって地域社会を作る。
 そういう発想は例えばあの有名な、千代田区の「路上禁煙条例」にもあります。マスコミは「路上禁煙条例」と呼びますけれども、それは間違いであって、あれは「生活安全条例」です。なぜ「路上禁煙条例」と言ってはいけないかというと、条例で取り締まっているのは路上喫煙だけじゃなくて、ゴミのポイ捨てや置き看板等の放置、チラシ等の散乱、落書き、犬猫の糞等の放置と、かなり広範にあるわけです。マスコミは問題意識がないから「路上禁煙条例」と呼ぶわけですけれども。

 その「生活安全条例」に前文が付いていますけれども、「生活環境の悪化は、そこに住み、働き、集う人々の日常生活を荒廃させ、ひいては犯罪の多発、地域社会の衰退といった深刻な事態にまでつながりかねない。今こそ千代田区に関わるすべての人々が総力を挙げて、安全で快適な都市環境づくりに取り組むときであり、区民や事業者等すべての人々の主体的かつ具体的な行動を通じて、安全で快適なモデル都市をつくっていこう」と。生活環境の悪化が地域社会の衰退になると。風が吹けば桶屋が儲かる式のことを平気で書いていますけれども、これに対する批判もあまり聞かれない。そういう性格のものがあちこちの「生活安全条例」にあります。
 そしてその防犯パトロールの行き着く先は民間交番です。初めて設置したのは世田谷区の商店街の人たちです。以前から商店街の人たちがパトロール活動に参加していたんですけれども、警察に明大前の駅前に交番を作ってくれと要求したところ、距離制限があるので作れないと。そこで、じゃあ自分たちで、ということで世田谷区から土地を提供してもらって、プレハブ代150万の提供を受けて、駅前に民間交番を作った。そして商店街の人たちが、時には柔道とか合気道をやっている若者を誘ってパトロール活動をやっている。実際には地元の警察署が指導しています。
 そういう民間交番が、いま各地でできつつある。民間人が警察官みたいな活動をしているわけです。
 こういう中で防犯ボランティア団体というものが、2003年末3,056団体177,831人から2004年末には8,079団体521,749人へと、1年間でこれだけ増えているんですね。実際に防犯活動をしているのは地域の主婦の方とか、あとシルバー世代で、そろいのジャケットを着て地域を歩いてますけれども、実際に犯罪者に対しては何も役に立たない、正義感を持って対処したら危ないんですけれども。これから怖いなと思うのは、団塊の世代が一斉に退職して、その人たちが持て余した時間を何に使うか。間違ってもこういう活動を一生懸命やってほしくないですね。

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