2005年9月9日
最終準備書面
「法の支配の回復と裁判所の責務」
東京地方裁判所民事第15部合議A係 御中
原 告 鈴 村 元 一
- 目 次
【1】、本件訴訟の重要な憲法的意義
【2】、「イラク特措法」と世界
1.湾岸戦争
深まる疑惑「陰謀論」
2.「非人道的」経済制裁
(1)食糧・医療・教育
(2)食糧にための石油」
3.国際法から見たイラク戦争
(1)ブッシュ宛公開書簡
(2)日本の国際法学者の見解
「イラク問題に関する国際法研究者の声明」
(3)世界的文化遺産の破壊
小括
【3】、「平和的生存権」
1.的確なる主張
2.平和的生存権の独自性と特殊性
3.成熟性
4.具体的な平和的生存権と被害法益
【4】、納税者基本権
1.北野理論・憲法論的税法学
2.納税者基本権の社会性
【5】、違憲違法な財政支出に対する国家賠償請求
1.国家賠償法に基づく損害賠償の可否
2.損害の有無について
3.その他の要件について
4.財政支出に対する国家賠償請求を通じた
司法的コントロ−ルを憲法は要請している。
はじめに
これまで原告は準備書面(7)までの提出によってその主張を展開してきた。裁判所の訴訟指揮には概ね感謝している。ただ、先にに申請した証人採用を強く望むところである。
原告本人証人の尋問も大いに要望したいのであるが、代理人を付けない訴訟の進行上、不可能(可能であれば、証人として裁判長の尋問を受ける意志はあります。)であり、致し方ないのではと考え、本書面を甲1号証として提出する。
原告が日本国民として本件訴訟を提起した目的は、日本政府の明かに憲法9条に違反した自衛隊のイラク派兵を阻止(派遣延長・撤退含む)し、既になされたイラク派兵を違憲行為として確認し、政府が再びこのような違憲行為を繰り返さないための保証として原告が受けた精神的苦痛の損害に賠償を求めるものである。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意した日本国民によって制定された憲法の基本的な平和原則がイラクへの自衛隊の派遣によって、かくも無惨に破棄され、平和な日常生活は抵抗勢力の「報復対象国」指名宣言で不安と恐怖に陥った。ロンドンの同時爆発事件を引用するまでもなく、スペイン、エジプト等、この恐怖は現実性の高い恐怖である。また、同胞の民間人はイラクの砂を血に染めて不帰の人となった。そして、その内の一人は憎しみの象徴である星条旗に包まれて遺棄されると言う惨状が出現している。
政府の違憲行為によって平和な生活をする権利が侵害された国民は、司法に対し政府の違憲行為を阻止すること、将来の違憲行為の再発(再犯)を防止する措置を求ることは、憲法に保証された権利である。司法はこれに応じて、最大限の有効な措置をとるのが重要な責務であるはずである。
しかるに、司法は戦後一貫して「憲法判断回避」の論理を意図的、政治的に利用(とは思いたくないのだが、結果として)して、 国民の司法への期待に応えず、失望と乖離の念を強めてきた。砂川、百里、恵庭、長沼訴訟などいずれも政府の違憲行為を追認し加担していると考えたくなる。
統治行為論の概念も現今の問題として再考されるべきである。
曰く「日本の憲法は、政治部門の決定を憲法の枠内に保つべき憲法保障機能の重要な部分を、司法部に委ねているのである。要するに政策決定は政治部門が行い、それが憲法の枠をはみだしていないかどうかを裁判所がチェックする、というのが日本国憲法の三権分立制の基本構造である。統治行為論を認めることは、本来裁判所の仕事である憲法適合性の判断を政治部門に委ねようということであるから、三権分立のたてまえからいえば、むしろ例外とみなされなければならないはずのものである。
1990年代、米ソ冷戦構造が崩壊した後もこの「司法と国民 の乖離、失望」の流れは変わることなかった。日本政府は、湾岸戦争戦費負担、カンボジアPKO自衛隊派遣、ゴランPKF自衛隊派遣等で、国際貢献を名目、方便とし違憲の自衛隊を世界に認知させると共に、国内の自衛隊海外派兵アレルギ−を払拭してその既成事実化に成功する。日本国民は、これらの政府行為に対する違憲訴訟を提訴するが、司法は付随的違憲審査制度を楯に、この制度の限界を故意に自覚しないと思える判示が行われた。
「テロ特措法」「イラク特措法」の制定は、この延長線上にあり、司法の怠慢の産物であるといったら言い過ぎであろうか?
本件訴訟を取り巻く日常の政治状況は刻々と緊迫度を増している。これまでの日本国家の国是を否定する「自衛軍保持」の改憲案が自民党によって公表された。更に、平和を願望する概念は、国のために戦死することを顕彰するナショナリズムにとって代わられようとしている。
戦争で人を殺さず、殺されることも厭うのであれば、日本国の憲法遵守を行動で示すことであると考えている。本件訴訟は立憲法治国家の国民としての憲法遵守行動の一環である。
近代民主主義の発展過程で、選挙権の普及一般化を「是」とすることは当然としても、その反面、一票の重みは限りなく軽くなっている。であるならば、民主政治の3分の1を占める司法を、権利行使の「場」として重要視したいと考えている。裁判所に指摘されるまでもなく、その他の手段でも平和的生存権を旗印とするイキザマを信条としているが、司法への期待は原告一人に留まらず平和を希求する全日本人の期待でもあるはずである。
原告が2004年10月22日の準備書面(2)を提出する段階で既に、イラク国内の大量破壊兵器の存在は国際的に否定されるにいたっていた。しかるに原告は、1991年頃よりの「査察の実態」「査察体制の崩壊」「開戦までの道筋」等を検証し主張した。
原告の意図は、開戦以前をも含めて、日本政府は「----武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という平和憲法の法の精神を尊重する姿勢がない。「国権の発動たる戦争」でなければ、即ち、条文の字面に違反しない事象については同盟国のどんな不合理でも支持する不節操に怒りと羞恥心を感じる。
このことは、「イラク特措法」の成立以前の段階から日本政府の施政によって原告は精神的苦痛を与えられ、平和的生存権は侵害されており、イラク占領、自衛隊のイラク派兵によってこの侵害は頂点に達し、現在に至っていることを意味する。
「人道復興支援」を唱えるのであれば、湾岸戦争以降の経済制裁の時期にこそ、その立場を鮮明にした行動をするべきであった。終戦後「戦いの分け前、利権分配」にのみ立候補することは人道を語る欺瞞である。経済封鎖・査察行為、開戦、占領の流れからの「イラク特措法」の制定については、立法事実の審査を厳密に行いうべきである。裁判所は憲法判断をするにあたっては、みずからも、立法事実の存否に関する裁判所の判断が、どのような資料・根拠に基づくものであるかを、、判決理由の中に必ず明記(例えば注を付けて、依拠した文献・資料を掲げる)することを要望する。
この書面が証拠として提出されることと、裁判所に立法事実の存否確認を要請した立場からも、準備書面との重複に留意しつつ、「立法の基礎となりその必要性を支える広範囲の社会的・経済的等の諸事実」の存否を他の書証とともに主張、検証する。
1.湾岸戦争
深まる疑惑「陰謀論」
これまでに、湾岸戦争当時に伝えられた報道が情報操作による誤報であることが幾つも明らかになった。その一例は「保育器の未熟児虐殺」を証言したのは病院関係者でなく、クウェイト大使館員の娘の偽証であるであることを仕掛人の米国の映像企画会社が取材会見で明らかにしている。その他、重油にまみれた水鳥の写真も報道に誤りがあっとことなど枚挙に暇がない。
政治的な問題としては、「イラン・イラク戦争」からの経緯があるが本論から多少逸脱するので、クウェイト侵攻に限定する。イラクがクウェイトに侵攻する8日前、フセインが在イラク・アメリカ大使館のグラスビ−女史と会談した祭に、彼女は「アメリカはアラブ諸国同士の紛争には関心がない」と述べ、イラクのクウェイト攻撃を黙認するかのような発言と捉えられた。またこのときグラスビ−は、「良好な対イラク関係を求める」というブッシュ米大統領(当時)のメッセ−ジも伝えている。フセインがこの発言に背中を押されてクウェイト侵攻を決意したとすれば、まさにアメリカが侵攻後もイラクとの蜜月に拘泥し続けるであろう、と読み間違ったからに他ならない。
◇「全てはイラクを挑発してクウェイトに侵攻させ、イラクを軍事的に叩く口実を作ろうとしたアメリカの陰謀」とは、リビアのカッタ−フィ大佐の当時の持論だったが、こうしたアメリカ陰 謀論を信じるアラブ世界の知識人は少なくない。
◇「陰謀論」ほど極端でないにせよ、アメリカがイラクの軍事大国化を危惧して、あるいは湾岸産油国を直接軍事支配するために、積極的に対イラク戦争に乗り出していったのだ、といった認識は、アラブ世界に強く存在している。
- エジプトのジャ−ナリスト、ヘイカルは、アメリカのサウジ派兵は渋るサウジのファハド国王をなんとか説得して実現に至った、という経緯を記録している。
- 言語学者ノ−ム・チョムスキ−は、湾岸危機当時、欧米の世論ですら、半数がアメリカは自国の利益擁護のために湾岸に派兵したと考えていると、という世論調査を紹介している。
2.「非人道的」経済制裁。
湾岸戦争後も継続されていたイラクに対する経済制裁ほど、国際的に評判の悪いものはなかった。一ヶ月で数千の子どもが制裁下で死ぬ。これを「ジェノサド」と呼ぶ以外に、適切な表現を私はしらない。」(国連人道問題調整局のコ−ディネイタ−長を辞任したデニス・ハリディ−の言葉)
イラクのクウェイト侵攻から4日後に国連安保理で採択された対イラク経済制裁とは、イラクに対する全ての輸出入を禁止する、というものであった。それはモノの移動を禁ずるだけでなく、人の移動や賃金などの支払いも含めて一切の行き来を断つよう、国連加盟国全てにもとめる内容であった。
(ア)食糧・医療・教育
イラクの食糧自給率は、湾岸戦争の直前で約30%程度と言われている。制裁による70%の食糧不足に伴う国民の栄養状態の悪化は深刻であった。
さらに、医療衛生関係の物資不足は、乳幼児死亡率の上昇や衛生状態の悪化を招いた。首都バグダ−トでは一日6時間、地方では一日16時間にものぼる停電が常態となっていた。真夏の気温が50度前後まで上昇する苛酷な気候のなかで、停電は食料品の保存に障害をきたすことを意味し、コレラなど伝染病の蔓延を誘発した。
教育機関では、教材や文房具はもちろん、紙が不足しているため、教科書が印刷できない。学生はその年に使用した教科書を、進級するたびに学校に返却した。ノ−トがないので、レシ−トの裏に書き留めたりするしかない。制裁で海外の新しい知識がはいってこないため、学力の低下は目にあまるものがある、と指摘されていた。
(イ)「食糧のための石油」
この問題については提出済みの準備書面(2)において、4〜5頁で経済面を重点にして、ユ−ロ対ドルの関係を記述しているので参照されたい。
- 国連は制裁を継続することによる人道的被害の大きさに、早い段階で気がついていた。そこで「食糧のための石油」という発想が生まれた。これはイラクに一定の石油を輸出させて、その代金で国連活動資金と、イラク国民にとって人道的に最低限必要な 食糧や医薬品の購入を賄うという案であった。
- 95年までにも「イラク国民の栄養学的・健康上深刻な状況」に鑑みて石油の一部輸出を認めることが定められていた(安保理決議705号・706号)が、イラク側が拒否して実施に至らなかった。
- 95年4月、国連は「停戦決議完全履行までの一次的措置として」イラクに半年を一期として20億ドルを越えない石油を輸 出することを許可し、食糧や衣料品などの人道物資に限って輸入を認めるという安保理決議986号を採択した。
⇒イラクは当初「経済制裁の完全解除以外のいかなる妥協も受け入れない」と拒否していたが、その一年後に受諾し、96年12月からイラク原油が国際石油市場に出回るようになった。
- 「食糧のための石油」輸出枠組みが導入されたのは、決してイラク国民への人道的配慮からだけではない。
- ア)国連は財政難で、イラク国内やで査察や調査を遂行する上で十分な運動資金がないのが悩みであった。
イ)湾岸戦争で被害を被った周辺国や戦争に巻き込まれた個人や企業に対して、補償措置を取ろうにも、財源がないことが問題であった。
ウ)この枠組みは、イラク政府に一切の「現金」を触れさせず輸出を行いというユニ−クなものであった。イラク石油を購入した企業は、その代金を、特定の銀行に開設された国連のエスクロ−・アカウントに入金する。その代金の約半分が補償基金や国連活動資金、クルド地域に当てられ、残りがイラク政府の取り分となる。
エ)だがイラク政府は現金を引き出すことができず、国連の承認した人道物資が搬入されるのを待つだけである。つまり、イラク政府が国連に提出した人道物資使用計画書を、このシステム実施のために設置された国連イラク問題局がまず審査し、その後安保理事国で構成された国連制裁委員会が承認した上で、ようやく物資がイラクに向け送られることになる。
オ)このような煩雑な手続きのため、購入契約をしてから正式に許可がおりるまで相当な時間がかかる。例えば96年末から始まった半年間の第一期では、期間の終わりの方になっても予定の4分の1の食糧が到達したに過ぎず、予定量の半分を越えた量が届いたのは期間終了後二ヶ月を経てからのことであった。より深刻なのは医薬品で、第一期を過ぎても到着した医薬品は予定のわずか1%しかなく、国連も「医薬品の不足は深刻な問題」と認める事態となった。
カ)こうした遅れは、必ずしも自然な遅滞ではなかった。そこには制裁委員会を構成する安保理常任理事国、よりはっきり言えば英米の、イラクに対する強い政治的意図が働いていた。
キ)国連自体が英米のやり方に噛みついた。湾岸戦争以降イラクの人道問題を担当している人道問題調整局は、経済制裁によってイラク国民の衛生・食糧事情がいかに悪化し、そのためにいかに多くの死者を出しているかを繰り返し訴え続けてきた。初代局長も二代目局長も、ともにその悲惨な状況と「食糧のための石油」輸出枠組の失敗に抗議して辞任している。
ク)欧米諸国では特に人道団体や知識人の間で、対イラク制裁の非人道性に対する批判が高まり、制裁反対のシンポジウムが行われたり報告書が頻繁にまとめられるようになっていった。
3.国際法から見たイラク戦争
全世界の民衆がいかに開戦に反対であったかについては、既に記述したで再確認をお願いする。(準備書面(2)、17頁)
(ア)ブッシュ宛て公開書簡
「イラクに対する将来の武力行使の帰結」の要約イラクへの武力行使が始まる2ヶ月前(2003.1.24)、「憲法上の権利実現を追求するセンタ−」
(CCR=CenterforConstitutionalRights)が中心となって、ブッシュ大統領にあてて出した公開書簡である。現在の会長であるミカエル・ラトナ−(MichaelRatner)と法学教授であるジュ−ル・ロベ−ルが起案した。
CCRはニュ−ヨ−クに本部を置く法律家組織であり、市民運動のなかで、1966年社会正
義を追求する法律家たち、とりわけア−サ−・キノイやピ−タ−・ワイスらによって創立されて以来い広い意味での憲法訴訟を提起する活動を継続してきた。
2004年11月現在、CCRは、イラクの4名の市民とともに、国際刑事裁判所の管轄権を
拒否している米合衆国の国防長官であるドナルド・H・ラムズフェルドについて、アブグラブ監獄での拷問などの犯罪行為をドイツ連邦検察官が関係法規を適用して調査を開始するように、国際的な告発活動を展開している。
- 我々、すなわち下記に名を連ねる法学教授並びに合衆国非政府組織(NGO)の代表は、イラクに対し将来武力行使がなされる際に生じうる国際人道法違反に関する我々の懸念を伝る目的で貴殿に書簡をおくります。
- 国連安全保障理事会の新たな決議を経ないいかなる将来の武力行使も、国連憲章に違反する平和に対する罪又は侵略戦争に該当する行為であると考えております。
- 最大の懸念は、イラクに対する武力行使の際に、米軍及び多国籍軍が国際人道法、とくに目標区別、軍事的必要性及び均衡性という基本的規則を遵守出来ないとしたら、その結果莫大なる数にのぼるであろう文民の死傷者に関する懸念であります。1991年の湾岸戦争において、もし米軍及び多国籍軍が、国際人道法をより厳格に遵守していたなら、多くの文民は死を免れることができたはずです。将来のいかなる武力行使においても、国際人道法の遵守は、文民死傷者数を確実に最小限に抑えるための必要不可欠な前提条件となります。
- 国際人道法は
ア.文民の生命と民生基盤とに対する武力紛争の悪影響を可能な限り最小限に抑えることを目的としております。
イ.敵対行為に一定の制約を課し、文民の生命を保護するために攻撃の手段及び方法の選択においてあらゆる実行可能な予備措置が講じられるべきであることを規定しています。
これらの予備措置の中には、兵器又は兵器システムの選択とこれらの兵器が使用される方法の選択とが含まれております。
ウ.文民及び民生基盤に対する直接攻撃を禁止しており、そればかりでなく、軍事目標と文民又は民用物とを適切に区分しない攻撃、並びに正当な軍事目標に対するものではあるが、文民又は民用物に均衡性のない影響を与える攻撃の計画及び実施をも禁止しております。
- このような原則に従えば、次のような攻撃手段及び方法は国際人道法に違反することになります。(どの程度であれ、米軍が参加した最近の武力紛争においては、そのすべてが使用されてきました。)
ア.一般住民が集中していることが知られている場所に対する大規模かつ無差別な航空攻撃。
イ.絨毯爆撃。
ウ.気化爆弾、クラスタ−爆弾、複数ロケット発射装置又は核兵器。(地底深く隠れた目標を破壊する目的で設計された地中貫通型の戦術核兵器であるB61−11sを含む)
エ.電力供給に依存している民用の施設、例えば飲料水の供給施設及び処理施設並びに病院への損傷を引き起こすような電力供給施設の過度の攻撃目標化。
オ.「危険な威力」を内蔵する工作物又は施設、即ちダム堤防及び原子力発電所の爆撃。
カ.文民を恐怖に陥れること、もしくはその士気を挫くことに特に狙いを定めた爆撃、又は文民に現政権を転覆させることを意図した爆撃。
- 以下、書簡の本文では湾岸戦争、コソボ、アフガニスタンから18の具体例を挙げて、そのすべたが国際人道法に違反しており、実際、ジュネ−ブ条約の重大な違反行為であります、と指摘している。そして、これらの違反の多くは、「--個人責任を伴う国際犯罪に該当する違反であると十分に論証できます。」と述るとともに続いて「我々は、今回の戦争において人道に対する罪及び戦争犯罪の遂行に責任があると判明した者については、その責任を確実に追求する決意を固めております。」と記している。
- 我々は、このような犯罪遂行者の責任を完全に問うための第一段階として、適切と判断した場合には国際刑事裁判所の検察官への証拠提出を念頭に置いて、国際人道法の違反、人道に対する罪及び戦争犯罪の証拠を検証するための常設民衆法廷(thePermanentPeoples'Tribunal)主催の法廷がロンドンにおいて召集されるものと聞きおよんでいます。我々は、このイニシアチブを全面的に支持します。
- 同様の趣旨の書状が、日本、イギリス及びカナダ政府に送られる予定です。
我々は、貴殿らに対して、万一イラクニ対して武力が行使される場合には、その武力行使がこの書簡に詳細に述べられている国際人道法の要件を全ての面において遵守することを確保するため、上記両国及び連携する可能性をもつ他の諸国の政府代表と連絡を図られるよう求めるものです。
(主唱者・提案者)
ProfessorJulesLobel
ProfessorofLaw
UniversityofPittsburgh
(イ)日本の国際法学者の見解
「イラク問題に関する国際法研究者の声明」
日本の国際法研究者たちからは、対イラク攻撃に反対する上記表題の声明が公表され、2003年3月18日に外務省に提出されている。
この声明では、国連憲章に照らして、対イラク攻撃は許容されないとして、その理由を次のように述べる。
- 国連憲章が認める武力行使禁止原則の例外として、自衛権の行使と安保理が決定する集団的自衛権的措置があるとした上で、@自衛権については、その発動要件である武力攻撃が発生していないことを指摘し、加えて、先制的自衛権を認める法原則はないことを明言する。A集団的措置については、その要件である平和に対する脅威等の事実が存在していることに疑問を投げかけ、安保理は(決議1441号においても)武力行使に同意を与えていないことを指摘する。B最後に、国連とIEAEによる査察が不十分ながらも成果を上げつつあることを指摘したうえで、法による支配を強化して国際平和と安全を確保するために、国連を育んでいくべきことを訴えている。
- 声明参加者は、2003年3月18日現在、23名。第2次賛同者は、2003年4月1日15時現在60名。
(ウ)世界的文化遺産の破壊
現在の国際法は環境と文化財の保存に大きな価値をおいている。それらは値段がつけられず、他に代わるものがない、にもかかわらず、しばしば現代の戦争では犠牲になるものである。だから、現代戦を計画する者にとり、環境と文化財に対する回復不可能な損害の可能性を考慮することは絶対的な法的義務である。これらの環境や文は財は、一国のみならず人類全体の財産なのである。
- 一方的に開戦を決定するとき、この責任は無限に大きくなる。個々の国がそれらのかけがいにない遺産の破壊の可能性を引き受けるからである。損害は彼等の責任となる。というのも、彼等は国際社会の代理人や代表として行動しているわけではなく、一方的な決定による既知のそして予見しうる結果については国際社会に対して個別の説明責任を負うからである。
- 攻撃を開始するとき、世界の文化遺産には二つの明白な危機がある。
第一は、文化的遺産物の集積地に保管されている歴史的文物が現実の攻撃により破壊されるかもしれない。バクダッドやバスラといった場所は、そのような文物が世界で最も豊富に保管されている場所として知られているのである。
第二は、空爆と体制の変更に続く不安定な状況下では、このかけがえのない、とりわけ博物館の収蔵品は、地域住民による略奪や、ジャ−ナリストか政府要員か軍人かはともあれ、外国人による盗難から保護する必要がある。今ここに挙げたすべてが実際に起こっているという証拠が相当にあり、国際法上は、その責任はこの先制攻撃を決定した国にのみある。その管理下においた領域に関しては、まさに占領者が適切な行政を行う責任を負うからである。
- バクダッドの国立博物館
ア.湾岸戦争後の2004年4月にドイツの援助により再開館の式典を執り行ったが、世界で最も貴重な考古学のコレクションが収められていることで国際的に知られていた。古代メソポタミヤ文明の数千におよぶ遺物を収蔵していた。
イラクは、おそらく、世界で最も早く、文字をもち(濡れた粘土板に捺された楔形文字にそれが表されている)、最も早く、数学、複式簿記を含む会計制度、都市生活様式をもち、エジプトよりも早く彫刻、宝飾品、芸術作品を有していた。
イ.イラク博物館には、この世界最古として知られる文明の諸 活動の全分野にわたる遺物が収められており、このかけがえのない世界の遺産に対する危険は攻撃が開始されるずっと以前から十分にわかっていることであった。
ウ.2003年4月26日のニュ−ス報道によれば、シュメ−ル、アッカド、バビロニア、アッシリア、カルデアの諸文明に由来する物品、そして国立古代博物館所蔵の17万点の収蔵品を収めた最大の単一収蔵庫のうち、すくなくともその80%が盗まれるか破壊されたとされる。また、この博物館は、記録に残る世界最初の成文法典であるハムラビ法典を収蔵していた。
- 博物館の近くにあるイラク国立図書館もまた、何十万もの手書きの文書や書籍を所蔵しており、その閲覧室や50万部に及ぶ書籍、新聞、文書や書庫も2日間くすぶり続けて灰燼に帰したのである。これらのコレクションは、イスラム文明の知的成果を示す比類なき見本であった。
- 保護のための情報提供と働きかけ
ア.国連教育科学文化機関(UNESCO)は、攻撃開始の数ヶ月前に、アメリカ当局に対してイラクの文化財について情報を提供していた。
イ.考古学の専門家たち(そのなかにはシカゴ大学を含むアメリカの諸大学の専門家もいた)はペンタゴン当局者に数度にわたり面会し、保護されるべきもののリストを渡していたと報じられている。彼等の一人は、ワシントンポスト紙に対して、略奪の最大の危険があり、同博物館は考古学イラク全体の中でもっとも重要な場所であると語った。
- 「武力紛争の際の文化財の保護のための条約」(1954年)この条約は、武力紛争中に文化財を保護することを命じている。英米はこの条約を批准していないが、そのことは、両国に対して世界の文化的遺産に一方的に損害を与える免許を付与するものではない。この条約は特に美術品の保護に関心をおいているが、これは第二次世界大戦中の欧州の占領地域でなされた美術品略奪への対応として採択されたからである。
ア.同条約2条、3条及び4条はそれぞれ、文化財の保護、安全及び尊重を規定している。
イ.4条3項は締約国に対して、文化財のいかなる形における窃盗又は略奪も、文化財に対するいかなる野蛮な行為も停止させる義務を課している。
ウ.米英も同条約の当事国ではないが、彼等も、この規則が文明の基本的価値を表しており占領国はそうした義務を課していることを認める点では他国と同じであろう。したがって、また、占領軍はこの必要性を予期しあらかじめ措置をとる義務がある。占領しようとしている国がイラクのように他に類例のない文化財を有している場合はとりわけそうである。
エ.タリバンがバ−ミャンの大仏を破壊したとき、この行為の野蛮性と文化的価値に対して示された侮辱に、普遍的な抗議の声があがった。イラク戦争がもたらした世界の文化遺産に対する損害はアフガニスタンで生じたそれよりもずっと大規模であり、しかも完全に予想可能であった。
- 責任の所在
ア.今回の武力行使が国際社会による制裁であったとすればその損害の結果は、国際社会の責任となろう。この攻撃が一方的に計画され実行されたことを考えると、その損害の結果は国際社会の責任でなく、その結果が予想される行動を一方的にとった国々の責任である。
イ.彼等は、歴史の審判に対して説明責任を負っている。そして、将来の世代が、世界の文化的遺産に対するこのような損害を引き起こす可能性が高く、予想可能で明白なその種の行動が、なぜ国際社会の是認もなく開始されたのかを問うのはもっともなことである。
- 原告は、準備書面(2)・(3)と本書面のU、項において執拗に開戦までの経過とイラク戦争の実態を述べた。このことは、「イラク特措法」の「立法の基礎となりその必要性を支える広範囲の社会的・経済的等の諸事実」が存在しないことを証明したいがためであった。立法自身に合憲性がない。
またこの主張の過程で、国は平和に対ても、憲法遵守に対しても、これほどに無作為であるのかと驚きと怒りが増すばかりであった。国の無作為に対比する形で建設的批判を述べたいのであるが、原告の能力の問題と、時間・頁数の問題などでわずかに、準備書面(6)の13頁、V、[被告の「イラク戦争支持」以外の選択肢]を述べたに過ぎないことを残念に思うが、再読確認をお願いする。