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日米同盟の変革のプロセスが進んでいる

第2回例会 2006年4月28日
報告者 松尾 高志(ジャーナリスト)

 今の米軍再編をめぐる動きをどう見たらいいのかということでお話をさせていただきたいと思いますが、ちょっとマクロの視点から、タイムスパンを長く取って、現在起こっていることがらがどういうことなのか、その位置付けをしてみたいと思います。
「再編」の三層構造
松尾氏 新聞報道などでは「トランスフォーメーション」という言葉が広く使われております。このトランスフォーメーションという言葉と、米軍の世界規模での基地の再編成、そして日本での基地再編、この概念の三層構造が、どうもごっちゃになっているという気がいたします。まずその整理をして進めたいと思います。
 ふつうペンタゴン(米国防総省)でトランスフォーメーションと言う場合は、米軍の軍改革のことを言うわけです。この軍改革というのは、軍のありかた、戦争のやりかた、訓練のやりかた、ドクトリンのすべてに関するものですが、冷戦時代に考えていたような戦争は今後はたぶん起きない、違う敵が現れたのだから、戦争のありかたも当然変わるというものです。冷戦末期からとくにIT、情報技術を軍事戦略・軍事技術に導入しまして、とくにコンピューターですが、情報を中心にした作戦の立てかた、戦争のやりかたというものを導入するようになりました。こうして20世紀型の軍隊から21世紀型の軍隊へ、軍隊のありかたを抜本的に切り替えるトレンド(動向)が進んでいます。
 このことを、ブッシュが大統領になる以前には「RMA」というふうに言っていました。軍事における革命、レボリューション・イン・ミリタリー・アフェアーズの頭文字を並べたものです。ブッシュ政権になってこれを「フォース・トランスフォーメーション」、軍の変革というふうに言い換えまして、そのトランフォーメーションを進めています。これがいちばんの根っこです。

 同時に、アメリカは全世界的に軍を配備しておりましたけれども、それは冷戦終結時の配備で留まっていた。遡って言えば第二次大戦が終わった後、ないしは朝鮮戦争が終わったときの配置そのままできていたということがあります。ですから軍のトランスフォーメーションを進める一環として、世界的な軍事力の再配置もやらなければいけない。敵がソビエト・ワルシャワ条約機構だった冷戦時代から、新しい敵が現れたので、また別個の兵力配置をし、軍の展開をしなければならない。ということで、世界的な規模での軍の再配置をする。これをグローバル・ポスチュア・レビューとブッシュ政権は表現しています。世界的な規模での米軍兵力の見直し、これがトランスフォーメーションの一環として進んでいる。
 こうしてヨーロッパやアジア、これまで米軍が駐留していたところで、その基地のありかたを変える、米軍の置きかたを変える動きが出てきた。米政権ではペンタゴンと国務省が摺り合わせをした後、基地を置いているところ、あるいはこれから基地を置こうとしているところとの間での協議をずっと進めてきました。もちろん日本政府とも協議をつづけてきました。それが日本の報道で言うと「米軍再編」ということで現象しているわけです。
 ですから、トランスフォーメーションという概念がいちばんの基本にあって、それにリンクした形で具体的な地球規模の米軍事力の再配置(グローバル・ポスチャー・レビュー)がある。その日本部分として米軍再編がある。この三層構造を頭に置いて考える必要があると思います。
21世紀型の軍隊
 トランスフォーメーションはブッシュ政権になってからいきなり始まったものではありません。クリントン政権下で軍部がずっと推し進めてきたものです。1994年にコーエン国防長官が米国防報告で「変革戦略」を打ち出して以後、90年代にずっと主なトレンドとして動いてきていたわけです。ですけれどもクリントン政権は国防政策にあまり熱心ではありませんでしたので、この問題がクローズアップされることはなかったのです。ブッシュ氏は大統領選に当たりまして、1999年に国防政策をシタデルというところで発表するわけですが、ここでフォース・トランスフォーメーションを国防政策の中軸に据えることを、ミサイル防衛と同時に選挙公約にした。「軍隊を21世紀型に切り替えるのが私の仕事だ」と言って政権の座に就いたわけです。
 2001年に政権の座に就いたブッシュ大統領は、すぐにラムズフェルド国防長官に対して、米軍のフォース・トランスフォーメーションを進めるようにというマンデート、一種の権限を与えました。
 よく報道では、このフォース・トランスフォーメーションはテロがきっかけで始まったみたいに言われますが、実際はテロが始まる前からブッシュ政権はそれに取り組んでいた。たまたまテロがあって明確な形で新しい敵が姿を現したために、フォース・トランスフォーメーションの動きが加速した。軍改革で削減される側の軍人たちにとってはあまり好ましくないわけで、抵抗勢力になる。推進派と抵抗勢力が拮抗している段階で、パチンとテロ、9・11米中枢同時テロが起きる。テロが起きたことによってフォース・トランスフォーメーションを急速に進めなければならないということになりました。アフガニスタン戦争、イラク戦争という対テロ戦争をブッシュ政権は始めますが、ここで21世紀型の戦争のやりかたをやるわけです。ですから、フォース・トランスフォーメーションをやりながら戦争をやる、戦争の中でトランスフォーメーションを推進する、というサイクルをずっと続けるという事態が、この間起こっております。
 この21世紀型の軍隊、あるいはトランスフォーメーションによる軍隊のありかたはどういうものか。いろんな人がいろんな言いかたをしておりますが、いちばん分かりやすい説明は「ネットワーク・セントリック・ウォーフェア」、つまりネットワークを中心にした戦争のやりかたということです。

 これまではプラットフォーム・セントリック・ウォーフェアであった。プラットフォームというのは武器を積んだものという意味ですが、たとえば海軍だったら空母をどういうふうに配置して、巡洋艦をどういうふうに配置してという艦隊の陣形ですね。陸上だったら戦車部隊をどう配置して、歩兵部隊をどう配置して、大砲の部隊をどう配置して戦争をするか。そういうプラットフォームをベースにして戦争を組み立てる。
 ところがITの導入で軍が全部、コンピューターでつながる。インターネットはもともと軍が開発したものです。ペンタゴンは閉じた形のインターネットを持っております。インターネットの根っこのところのルートサーバーは13個ぐらいだそうですが、そのうちの2つのルートサーバーがペンタゴンのものだということです。そこには外からはアクセスできない。軍の中では自由に使えますけれども、閉じた形のコンピューター・ネットワークになっている。
 したがって軍は、これまでの戦争のやりかたを切り替えて、コンピューターを使ってネットワークを中心にして、そのネットワークに入ったものを、陸軍・海軍・空軍・海兵隊の軍種を問わず、有効に全部を集中使用するというふうになりました。そういう意味でこれはトフラーの言う「第三の波」ですね。トフラーは農業化、工業化、情報化というふうに仮説を出しております。ペンタゴンはその理論を導入して、これまでの20世紀型の軍隊は産業化時代の軍隊であった、これからの21世紀型の軍隊は情報化社会における軍であると、そういう整理の仕方をしております。で、そういう戦争をやりかたをする。そのために部隊の編成から、戦争のやりかたから、すべて切り替えるということをやっております。
新しい敵とは何か
 それから、ブッシュ政権になる前ですが、冷戦後の新しい敵とは何かということがペンタゴンの中でも問題になっていました。これからは必ずしも国家というものが敵ではなくて、非国家的な主体、ノン・ステイト・アクターというものが脅威として出て来ると。しかもナショナルではないしインターナショナルでもない、トランスナショナルな脅威として現れてくる。国境を越えてですね。そういうものに対してどう対処するかが論議されました。ディフェンス・サイエンス・ボードなどからそれがペーパーとしてもクリントン政権時に出されていました。
 冷戦時代は脅威の見積もりが可能だったわけですね。ソ連・ワルシャワ機構軍がどれだけの戦車を持っているか、どれだけの海軍力を持っているか、どれだけの航空機を、ミサイルを持っているか、そういう見積もりができた。そういう脅威に対処するには、それと同じだけのもの、あるいはそれ以上のものを持てば戦争には勝てる。そういう見積もりの計算ができて、それで軍が成り立っていたわけです。そういう意味で対称な敵ですね。陸海空軍を持ちミサイルを持っているという、まあ鏡に映したようなものを両方で持ち合っているというものだった。非国家的な主体のテロ組織というものが脅威として登場してきますと、これはシンメトリーではない。非対称的な敵が出て来た。新しい敵に対処するには、必ずしも陸海空軍・ミサイルをフルセット揃えれればいいというものではありません。
 新しい敵は、9.11テロのようにいきなり本土へドカンと来る。なおかつ大量破壊兵器が冷戦後、拡散をいたしまして、いろんな国がミサイルや生物化学兵器を持てるようになった。大量破壊兵器とテロが結び付いた場合には、相当な脅威になる。そのことをいちばんアメリカは恐れておりまして、それにどう対処するかということを考えているわけです。ですから脅威というものをベースにして軍の構造を決めるという、その決めかたはもう成り立たない。相手がどういう能力を持っているか、その能力に対して対抗しうる能力をどう持つかが問題だということになっています。能力ベースで軍事力を構築する。そういう発想の転換が必要になるということで、大きく舵を切るわけです。
 これが9.11テロ以降、われわれの目の前に姿を見せているアメリカ軍の実態・実像です。ですから冷戦時代の米軍というものをイメージしていまの米軍を類推して考えると、ちょっと違ったものになる。事実誤認がたくさん生まれてくる。相当違った姿の米軍、戦争のやり方にいまなっているということが言えると思います。
自衛隊の変革
 とくに付け加えたいのは、自衛隊・防衛庁はそうしたアメリカの動きに対してどうしていたかということです。このことが、マスメディアの報道ではほとんど取り上げられない。
 防衛庁は「防衛力の在り方検討会議」というものをテロの直後から3年半ばかりかけて、アメリカのトランスフォーメーションを睨みながら、自衛隊として共同作戦をやる相手が変わってきているわけですから、その米軍にどう自衛隊を即応させていくかを、防衛庁を挙げて研究してきた。自衛隊自身の問題としても、冷戦とは違う戦略環境に置かれたわけなので、そういう新しい時代に自衛隊はどうあるべきかということについての、抜本的な作業をやりました。
 この作業の中身については、新聞ではほとんど報道されてきませんでした。というのは、防衛庁から「こういう会議をやります」というお知らせだけは出るわけですが、やった中身については一切表に出て来ない。したがって報道もされない。そういう状況が続きましたので、自衛隊が米軍のトランスフォーメーションに合わせた形で軍改革をやるということが、あまりわれわれの視野に入って来ないという事情がありました。
 この検討の結果が、2004年12月の新「防衛計画の大綱」になるわけです。大綱として3つ目ですけれども、前の2つの大綱とは性格を異にするもので、米軍が抜本的に軍のありかたを変えるというのに同期して、自衛隊のありかたも抜本的に変える。自衛隊のトランスフォーメーションをやる。そういう中身になっております。
 そういうことを米軍がやり自衛隊がやっている、その中間のところで日米協議がずっと行われてきました。いわゆる戦略対話というものです。日米の安全保障協議会(2+2)はこの間、3回開かれておりまして、この3回の間にずっと外務・防衛の審議官級あるいは課長級の協議がビシッと詰まっていたわけです。大きな戦争をやりながらトランスフォーメーションをやる米軍と、トランスフォーメーションを進める自衛隊との間で、今後どういう共同作戦が必要なのかという協議ですね。
 アメリカは同盟関係の再編ということも考えておりまして、グローバル・ポスチャー・レビュー(GPR)の主な目的の一つには、同盟国の分担を拡大して活用するということが挙がっております。冷戦時代に作った同盟関係を変えて、新しい軍事戦略環境に適応した同盟関係に変える。これを基地再編、グローバル・ポスチャー・レビューの中で位置付けて協議をしてまいりました。
 従って2+2の協議の中では、基地問題だけを扱っていたわけではありません。戦略目標をどうするかという戦略の問題から、どう戦うかという戦術の問題を含めて、軍事全体、安全保障全体について協議をする、というプロセスがここまで続いてきたわけです。この動きを、今年の防衛白書で初めて「日米戦略対話」というふうに書きました。基地問題だけをとりあげてきたわけでなないわけなのです。ここのところがマスメディアの報道では欠落してきましたが、そういう戦略対話をずっとやってきたというのが、一つの大きな流れです。こうした流れの中で米軍再編問題が起こっているということです。

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