平成16年(ワ)第12797号 違憲行為差止等請求事件
原告 友田 良子
被告 国

準備書面(5)
(オリジナル部分のみ抜粋)

平成17年04月25日

東京地方裁判所 民事第13部合B係 御中

原告 友田良子

原告の被侵害利益
第1 平和的生存権
1 平和的生存権の性質、沿革
2 平和的生存権の根拠
 (1)憲法前文の規定
 (2)憲法第9条の規定
 (3)憲法第3章
3 平和的生存権の主体
4 平和的生存権の内容
5 平和的生存権侵害の要件及び効果
6 判例の評価
憲法第25条の生存権
8 平和的生存権の具体的侵害

原告に対する人格権侵害

小括

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原告の被侵害利益
第1 平和的生存権
1 平和的生存権の性質、沿革

 平和的生存権の名前自体は、肖像権、プライバシー権、環境権、日照権、静謐権あるいは眺望権と同様に新しいものである。そして肖像、プライバシーなどの権利は、いずれもその内容・要件・効果が論者ごとに若干の差異があり、必ずしも一義的なものではないが、このことを理由にこれらの権利を否定することは、今日もはや不可能である。こうした権利の内容・要件・効果は正に具体的な判例の積み重ねの中で確定し、定着していくものである。平和的生存権もこれらの権利と同様に、その内容・要件・効果は憲法の解釈によって確定していくことができ、それぞれの事件の判例を積み重ねることによって明確にすることができるものである。
 従って、平和的生存権の内容・要件・効果が一義的でないとしてその権利性を否定することはできない。
 
2 平和的生存権の根拠
(1)憲法前文の規定

 平和的生存権は、日本国憲法全文にその法的な源を見いだすことができる。すなわち、その前文第一段は、「日本国民は、・・・諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恩沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と規定する。これは、日本政府が第二次世界大戦で多くの人的・物的損害を内外にもたらしてしまったことを国民が深く反省し、再び過ちを繰り返さないようにするため、憲法が国民主権主義を採用することを宣言したものである。ここにいう主権とは、国家意志を最終的に決定する力のことである。しれが国民にあるということは、国民が政府を民主的に統制し、戦争の惨禍を再び起こさせないことをこの第一段は明確に示すものである。
 第二段は、「日本国民は、恒久の平和を祈願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定している。

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 ここには、第一段に規定した意志を持つ国民が、平和的生存を持っていることが宣言されている。これは、単に政策として平和主義を掲げた結果、国民が平和のうちに生存しうるといった消極的な反射的利益を受けることを意味するのではなく、むしろ積極的に日本の国民ばかりでなく、世界各国の国民に等しく平和のうちに生きる権利、即ち平和的生存権権利として保障したものである。即ち、この第二段は、第二次世界大戦において、日本軍の侵略によって2000万人にのぼるアジアの民衆を殺戮した歴史的事実とその裏返しとしての広島、長崎、沖縄を始めとする国民の悲劇を通じて、平和を確保するには戦争や武装によっては不可能であり、また、平和は、軍事力を背景とした国家間の関係によっては維持できないという歴史認識に立って、国家に対し平和の維持を市民に対する関係において義務づけ、市民は自らの権利として平和の維持を国家に対し要求できる権利として平和的生存権を規定しているのである。
 しかしながら、平和的生存権など影も形もないものとして、その権利性を頭から否定しようとする被告国の主張は、憲法前文に「平和的生存権」が権利であるとはっきり書かれていることを全く無視するものであり、憲法を読み誤っているとしか考えられない。憲法上「権利」と明記されたことの意味は大きく、いかなる立場に立とうと、これを軽視することはできないのである。そして、憲法前文は国民主権主義・平和主義および基本的人権尊重主義という憲法規範の各条項の基底を形成する基本原理を宣言するものである、したがって、前文は憲法の主要部分を構成している。よて、憲法前文は、それ自身で法的性格、即ち、憲法法規としての実質を備えているのである。前文と後述する憲法9条との関係からも、平和的生存権が市民の基本的人権として憲法上保障されていることは明らかである。それにも拘わらず被告平和的生存権を否定している。もしその理由が、この権利の抽象性にあるとし、しかも、より抽象性の大きいとされる憲法前文にその根拠があり、従って、それは明白な具体性に乏しく不明確であるとの解釈によるものであるならば、それは誤りというべきである。
 憲法上の概念が抽象性を持っていることは、憲法が本来大綱性を持つものであることを考えれば当然のことである。このことは、憲法前文および本文について当てはまるおkとであり、前文の方が本文よりも一般に抽象性が大きいとしても、その大小の差をもって前文と本文を明確に区別する理由はない。実際には、抽象性を持つ価値基準を本文で規範化していたり、抽象的な内容を持つ条項も多数見られる。また、最高裁を始めとして各級の裁判所の判例では、「公共の福祉」というきわめて抽象的な概念を使用していることは周知の事実であり「参政権」という抽象性の大きい概念の実定法的権利性を最高裁も認めている。こし平和的生存権が憲法前文にその根拠をもつこち、したがって、それが抽象的であり、裁判規範となりえないという理論を根底するなら、本文のそれらの条項の裁判規範性も否定されるはずであり、それは憲法の法規性を否定することになり、それでは合理性を欠き、とうてい許されないことである。
 したがって、憲法規範の概念が抽象的であることは、憲法の前文に規模の一つをおく平和的生存権、これを裁判所が切り捨てるとなればそれは実務家の任務・使命を放棄したことになり、国民に対して無責任ということになるのである。

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(2)憲法第9条の規定
 憲法9条は、憲法前文で明記された平和的生存権を客観的、制度的な面で保障するために設けられたものである。
 9条は戦争の全面放棄と軍備及び交戦権の否認を定めている。これは、いかなる名目によるにせよ戦争が自国民のみでなく他国の国民の平和的生存権をも侵害することになるので、平和的生存権の保障を実行あらしめるために規定されたものである。つまり、一切の戦争と軍備を否定するという平和主義を貫徹する以外には、日本を含め全世界の民衆の平和的生存権を確保することができないという立場に憲法は立っているのである。
 平和的生存権も人権の一つであること、そして、戦争こそ国家による人権侵害の究極の現れであることからすれば、全ての戦争の放棄と軍備を否定した憲法9条は、前文との関係においても、また独自にも平和的生存権の内容を形成しており、ここにも平和的生存権の法的根拠を見いだすことができる。
 したがって、憲法9条に違反するような国の行為は、直ちに平和的生存権を侵害することになるのである。
  
(3)憲法第3章
 平和的生存権は、基本的人権尊重の原理を舞台化した憲法第3章にも、その根拠を見ることができる。言うまでもなく、平和を確保することは人の生命に対する必須秘可決の条件である。また、戦争は、人の生命や個人の尊厳を根こそぎ破壊するものであることは歴史を見れば明らかである。まさに平和は基本的人権の生命線である。このような認識に立ち、憲法第13条は、個人の尊重、生命・自由・幸福追求に対する国民の権利を保障する人権の総論的規定として設けられている。そのため、13条は、個人の尊重、すなわち、人間の生存と尊厳にかかわる基礎的権利を保障しているばかりでなく、その中には第3章で明記されていない重要な人権も含まれている。
 したがって、個人の生命・自由・人権及び個人の尊重の生命線であり、その基礎でもある平和的生存権は、当然13条によって保障されているということができる。
 以上論じてきた通り、平和的生存権は憲法の中に明確な根拠をもっていると言うべきである。

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