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いま、平和に生きる権利を主張しよう 
――日本核武装につながる改憲動向に抗して

第1回集会 2005年4月23日
浦田賢治(早稲田大学名誉教授・憲法学専攻)

【1】 改憲動向の分岐点
●争点と視点
 いま憲法問題とは何か、その争点と視点を先に申します。
 ひとつは、いま起こっている事柄は憲法改正なのか、それとも新憲法制定の議論なのか。別の言葉で言いますと、部分改憲しかできないという言い方と、全面改憲をする、自主憲法を制定するという言い方、こういう言葉のもつ意味合いと問題点を探るということがひとつです。これに関連しては、憲法をつくる権力、学者は「構成的権力」とも言いますが、そういう憲法制定権力の問題が関わってまいります。
 2つ目は、部分改正にせよ全面改正にせよ改憲するという場合に、内容上の限界がないだろうか、あるとすればどういう限界を画するのか、という理論上の問題です。
 さらに、いま述べたような2つの意味あいを持つ改憲あるいは新憲法制定が進められる、あるいは進めるというイデオロギーが展開される背景をどう捉えたらいいかということであります。【註1】
 以上述べた3つのことは、改憲あるいは改憲論とその内容および限界ということで繋がりがあります。
 だが4つ目に、平権懇が挙げる「いま、平和に生きる権利を主張しよう」というのは、すでに述べた3つのこととどう関連づけたら良いのか、あるいはどういうふうに違うのか。そういう論点があろうかと思います。
しかし、いずれにせよ今日は、さまざまな制約があって、この順序で、それぞれの論点について立ち入った話をすることができません。
 何を、どのように問題にするかということが、もちろん憲法問題でも、一般論として大切であります。けれども、それは置きまして、改憲動向のなかで、いま、どういうことが起きているか、このことから取り上げて行きます。
●国会法改正案と国民投票法案
 5年前に衆議院・参議院両院に憲法調査会が設置されまして、この4月に最終報告書が出ました。15日には衆議院のものが出まして、これはウェブサイトでも全文を見ることができます。参議院の方は20日でして、来週になれば全文を見ることができるようになると思います。これらの報告書では憲法改正論が多数です。しかし建前上は改憲すべきだという方向は出なかった。それでも事実上、改憲に向けた重要な布石がなされたと言うことができると思います。
 この後どうなるかというと、国会法改正案が提出されそうです。憲法96条には、国会のどの機関で、どのような改正をするか、その手続きについて書いてありません。したがって憲法96条を具体化する法律として、まずは国会法の該当条項を改める。こうして憲法調査会から憲法委員会というものに移行しまして、改憲の手続き、それと併行して改憲の方向を出す、そういう動きになるだろうと言われております。
 国会での発議の手続きと並んで今、憲法改正の国民投票法案にどう対応するかということが、焦点になりつつあります。
【2】 中国から読む
●中国知識人の見方

 さて今日4月23日のこの時刻は、日本列島を離れた小泉純一郎氏が、バンドン宣言の50周年記念で、中国首脳との会談を始めたか、始めるところか、こういうことかと思います。今日日本と中国の首脳会談が始まるということは、ようやく昨日の夜に決まったそうです。【註2】
 ここでどういうことが問題となるのか。例えば3月25日に日本が国連の安保理事国に入るという点で有利であった時に、中国人である筆者は、日本が常任理事国入りするためには、外交のレベルで4つの点を出すべきだ、これは決して実現しない条件であるだろうけれども、と言っています。

――ひとつ、日本政府は正式声明を出して、日本がアジアの諸国家に対して侵略行為を行ったことを認め、これについて陳謝し、再度そういう誤りを犯さないようにすること。このようにしてアジアの諸国家を安心させる。
 2つ、日本の法律でもって、日本政府の官僚たちが日本の侵略の罪を覆すような言論を禁止する。
 3つ、法律で政府官僚による靖国神社参拝を禁止する。
 4つ、すべての歴史教科書の日中関係に関する歴史の歪曲のある部分を調べて、歪曲のある教科書を回収する。また今後そういう歪曲をした教科書の出版を禁止する。【註3

 こういう言論が出ている。このことは、私たち日本の知識人あるいは自覚的な国民が知っておくに値すると思います。

●日米の新軍事方針を診る
 もうひとつの例を挙げますと、4月8日に日本とアメリカが、ハワイの米国大平洋軍基地で新しい軍事指針に合意したことについての、中国からの報道があります。
 ――日本政府によると、朝鮮半島から台湾海峡に危機が起こった場合に、日本は港と空港を米軍に開放する。これには11の空港や7つの港が含まれる。これと同時に、米側は、日本とアメリカで将来、駐日米軍横田基地を共同使用することに同意した。横田基地は駐日米軍司令部であって、第5空軍司令部の所在地でもある。およそ11,000の米軍とその家族が駐屯している。協議によると、日本の航空自衛隊司令部が将来、横田基地に移転する。米軍管轄の日本の東京地区の航空管制権は、日本に返される。これらが新しく決定される「日米の防衛協力のための指針」に加えられる。【註4】
 この日米の合意については、朝日、讀賣、日経、毎日、産経、さらに各地方の新聞にいたるまで報道されたと言われています。これについて中国知識人は次のように言っています。
 ――分析によると、日本が平和憲法の制約と周辺諸国家の警戒によって、目的を達するには時間がかかるという。そこで日本はアメリカと基地の共同使用に合意して、アメリカの軍事力を借りて台湾に干渉する。こうして短期ではあるけれども、日本はその主要な目的を米軍を利用して達成しようとする。それは中国を牽制し、次第に米軍の制御を抜け出て、独立した軍隊を持つ大国の夢に向かって進んでいるのだ。【註5】
 これが、いま、日本の憲法改正問題の背景にある事態だ。このように中国の知識人が診ており、それは的はずれではない、むしろ共感していると、ぼくも言いたいと思います。
●アメリカとアジアのハザマにある日本
 憲法の情勢について、さらに中国人知識人の見解を見てみたいと思います。この知識人は金煕徳という人で、つい昨年まで東京大学の客員教授をしておりました。現在は北京に戻りまして、中国社会科学院日本研究所の研究員・教授であります。まだ40代だろうと思います。彼の仕事は国際関係の角度から日本研究、日本の調査をして、中国政府の対日本政策について情報提供する、政策の選択肢を示す、そういう役割です。
 金煕徳氏は、先ごろ日本のあるシンクタンクの質問に答えて、要旨次のようなことを言っています。まず、日本の憲法改正論議というものを、中国側ではどのように理解しているか。長い引用ですが、こうです。
 ――中国側が日本の憲法論議を見るとき、日本の内政面と外交面の両側面から見る。日米、日中との国際関係を踏まえて言うと、日本の憲法改正問題は結局、かたや日米安保の問題であり、他方では日本とアジアとの関係であって、この2つの局面を持った問題だ。戦後日本は、安保面ではアメリカとアジア双方との関係において、中間を取ってきた。対米の関係では日米安保、アジアに対しては専守防衛を掲げて両者の均衡を保ってきた。今後日本が日米安保に重点を置いて集団的自衛権の行使を前面に押し出すのであれば、アジアとの関係を考え直さなければならない。反対に、現在の東アジア地域情勢からいまの軍事力で十分だとして、むしろ日米関係を見直す、アジアの共同体をつくるのならば、まったく違った方向へ向かうことになる。こういう意味で現在日本は非常に重要な政治的・外交的な転換点にある。【註6】
●中国事情のいま
 私は金煕徳氏が日本弁護士連合会主催の会で日中関係について論じたときに、はじめて話を聞きました。そのとき見たのは、国際関係学の学者というよりは政策マンとしての顔でした。ただし東大でドクターの学位をとり、その後客員教授として滞在した人であって、日本のことをよく見ていると思います。そこで、少し時間をとって紹介していきたいと思います。
 ご承知のようにいま日中の関係を捉える言葉として、政治的には冷えている、経済的には熱しているというので、政冷経熱といいます。また、日中関係の中では民衆レベルで反日の行動がなされています。
 現在中国の人口は12億とも13億とも言われます。インドを加えると20億を超えるわけですね。地球の人口を63億とすれば、その3分の1を占めるのが中国とインドです。その中国について最近の情勢を見ると、貧富の格差がものすごく広がっている。
 例えば12億の人口の1パーセント1,200万人の年収は、1億円あるいはこれをこえるといわれたりします。私は昨年10月中国に呼ばれて、日本でいう4つ星か5つ星くらいのホテルに泊まったけれども、そういうホテルに中国人たちがたくさん泊まっている。日本で年収1億円の人というと、1万人くらいいるでしょうか。向こうは桁が2桁も違うのですね。他方、人口の6割、8億人に近い人々は、ある統計によると1日1ドル以下で生活している。数年前、北京でシンポジウムに出席したときのことですが、夕方ホテルに戻ろうとして歩いていると、子ども連れの女性がやってきて、金を恵んでほしいと言うのです。するとシンポジウムの同僚である中国人が、犬を追うように追い払うという状況があります。
 その中で、中国ではインターネットを利用する人がいま、8,000万人いるそうです。この8,000万人は2、3年のうちに2億か3億になるという。2億か3億の人がインターネットを使って、日本商店に対してデモンストレーションをする、日貨不買ということになると、今後、これまでのように中国政府は民衆をコントロールすることができないだろう、こう言われています。
●日中関係に与える改憲動向の影響
 ちなみに日中関係は、いま政冷であります。政治の関係は非常に悪い。経済関係は非常に良い。経熱であります。例えば統計は古いですけれども、2003年の日中貿易額は1,300億円となっている。日米貿易は1,700億円。近いうちに貿易の中心は日中間となる。日本と中国大陸・香港・台湾との貿易額の合計で、日米間の貿易額をすでに超えています。しかも現在、日中間では毎年200億ずつ増えているわけであります。経済関係は非常に良いというのであります。
 しかし私がコメントしますと、じつはこれは2003年の統計でありまして、その後2004年には金煕徳さんの予想に反して、日中間の貿易は冷えてきているという統計もあります。確かにWTOに加盟した後の中国経済の世界に対する影響力というものは違っていまして、これから中国経済は非常に、中長期的に見ると世界史の中でも大きな存在であり、しかも大きな問題だと思います。
 それはともかく憲法問題に戻しますと、日本が改憲をする、あるいは新憲法の制定をするということは、日中関係あるいは中国に対してどういう影響を与えるだろうか。金煕徳さんは次のように答えています。
 ――ひとつは中国世論の反応であって、日本に対する脅威感が増す。2つ目は、日中間で、歴史問題あるいは台湾問題に対して強硬な態度に出る可能性がある。3つ目、現在までのところ、中国政府は政冷について冷静な態度をとっている。けれども、日本の憲法が改正される、新憲法が制定されることになると、これまでのように冷静に対処できるかどうか分からない。4つ目、改憲後、日米主導による武力攻撃が十分にあり得る。日本はその準備を着々と行っている。米軍に協力できるように、さまざまな法の整備をしている。中米間で起こった武力衝突のときに、軍事的に米軍に協力するためにいま急いでいる、そのひとつが憲法改正でもある。【註7】
 中国政府の政策の調査委員であり、政策形成についてアドバイスする人の立場でありますから、日本の民衆だけでなく日本政府、あるいはジャーナリズムに対する自分の発言の効果を考えてのことだと思います。しかし中国の民衆がいま行っているような行為、これはアメリカがコソボの中国大使館を「誤爆」したとき、実際には意図的に爆撃したと言われますけれども、そのときに中国の民衆がアメリカ大使館に対して行ったデモ以来だと言われています。このように中国の民衆が何らかの形で巨大な動きをしたときに、これを抑えることができないかも知れないという。これは、脅しのように聞こえるけれども、また実際そうかも知れないのです。
●東アジア主導による地域の安定をつくりだせるか
 そこで改憲論議の核心について金煕徳氏は次のように言っています。
 ――核心は対米協調であって、集団的自衛権の問題である。現在の改憲派は対米協調しかないと言っている。しかし米国が軍事力に頼らなくなる、あるいは東アジアの安全保障が非常に良くなって、米国主導の安全ではなくて東アジア主導で地域が安定すれば、改憲や集団的自衛権行使は必要なくなる。【註8】
 これは日本のまともな知識人たちの認識や見解と恐らく重なっているでしょう。改憲問題について、私を含めた日本の知識人あるいは自覚的な市民の人たちとは、共有できるまっとうな見解であると思います。
 では、どうしたら東アジア主導の地域安定をつくりだせるか? 交流と対話、それから協力、そのように進める必要がありますが、それはなかなか難しいことも、たしかでしょう。果たしていま中国に、自立した知識人であって、しかも国策の形成に良い意味で力を発揮できる、そういう知識人たちがいるか、またいるとして、みつかるか、これが問題です。中国世論の形成に一定の影響力がある市民たちと信頼関係を作り出していこことができるか。ぼくの知る限り、長年の経験からして、なかなかこうした人脈を掘り当てることは難しいですね。
 もし民間レベルで、こうした方たちがいるとして、ぼくと対話をする場合を想定します。そうすると、さきほど来の話題で、何らかの認識や意見の違いがあるだろうか。あるとすればその違いを明らかにして、対話をしていきたい。例えば片や、日米関係の作り替えかた――日米安保からの離脱、軍事関係での従属からの断絶と政治・外交領域でのあらたな友好関係の構築――や、東アジアでの協力・協調の仕方――アーミテージが拒否している東アジア共同体論の批判と新たな構想形成を含む――があります。他方、靖国問題、歴史教科書問題、あるいは日本による侵略行為を煽るような言論を規制するかどうか、などなどについて、問題を特定して話し合いを続けていくことができるしょう。
●日本の法律家たち
 いま、そういう芽が出ているのかもしれないと思います。例えば、日本国際法律家協会(JALISA)では、民間レベルでの法律家たちの交流活動を続けております。日本の戦時中の強制動員でこき使われた中国人労働者の補償問題などで、とても活躍した日本の法律家たちがいます。ぼくの知る限り、日本に留まっている中国人の知識人たちもいて、それぞれによく活動しています。
 こうしたことを通じて、日中の世論形成に成功することができればと思います。そうすることによって、改憲論議の背景になっているところの、やはり日本は自前の自衛軍を持つべきであるとか、核武装さえすべきだとか、そういう議論に対して、日本と中国の市民や人民大衆は、断固反対であると意志を表明することができます。こうした国際連帯で「平和を愛する諸国民(実は人民)」の自覚を促します。こうして世界の世論をじょじょにもせよ動かしていく。これを通じて、憲法9条の1項も2項も堅持する、平和に生きる権利の旗を高く掲げる。このことによって、これからの日本の安全保障や平和の構築が可能となる、こう言えるようにするのです。

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