2005年1月28日提出

2004年(ワ)第9274号 違憲行為差止等請求事件
原  告  杉山百合子
被  告  国
        について

東京地方裁判所民事15部御中

原 告 書 面 送 付 書

本日提出する書面の目次
【1】被告への求釈明
【2】原告第3準備書面

  被告準備書面(1)への反論
  「原因である自衛隊のイラク派遣が違法であることの立証」の2
  「そのことによって引き起こされている私の損害」の2
【3】甲第26号証(原告陳述書)
  平和的生存権の具体的権利性について
  武力を使わず、平和を守る方法
【4】甲第27〜54号証
【5】証拠説明書
【6】証人尋問申請書

上記、提出いたします。
原告 杉山百合子


原 告 第 3 準 備 書 面

【前書き】

 今回、個人的事情により書面作成に多くの時間を当てられず、前回予定した内容を十分陳述することができませんでした。次回以降に、引き続き陳述しますので、猶予をお願いします。

 私はこの裁判で主張するに当たり、いくつかの憲法書を求め、読んでみました。
そこで感じたことは4つあります。

 一つは、訴訟を提起したり判決したり研究したり、それぞれの立場でのこんなにも多くの人々の真摯な活動の元に私たちの今の暮らしが守られているということです。まさに、倒れても倒れても、力のない人こそが背水の陣で立ち上がり、憲法の元での生きる権利を実現し続けてくれている、そのことに感謝します。その意味で、憲法は未だ獲得されていない理想であると感じました。

 二つ目は、三権分立の意義について、古くから司法の意味を高く評価し、立法や行政の権力の暴走を戒める言葉があったことの驚きです。
その一つをご紹介します。アメリカの独立宣言の起草者で、第3代大統領となったトーマス・ジェファーソンの言葉です。

「アメリカのトーマス・ジェファーソンのつぎの言葉は、権力分立の意図するところをよく表している。『われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。』
(『憲法 1』第3版 90ページより:法律学全集3 清宮四郎 有斐閣)

 三つ目は、平和的生存権と言うものが、法律的にはこんなにも軽く扱われている事への驚きです。これについては、被告答弁書への反論と甲第26号証で陳述します。

 四つ目は、裁判制度の変わらなさです。日本国憲法が公布、施行されてから、立法を司る国会、行政を司る内閣はその時期の政治や世情の動きに反応して姿を変えています。もちろん、それが国民の意思を反映するということであり、よりよく変わることは大いにやってほしいことです。
 それに比べて司法を司る裁判所は、その時々の政治から独立することが求められていることから、大きな変革はなかったように見受けられます。それは、旧態依然の弊害というものもあるでしょうし、反対に、最高裁判所の人事権や裁判所運営の予算決定などでその時々に立法や行政の影響を大きく受けているという見方もあります。
 それでも、やはり、他の二つの機構に比べて変わらないと見えることは、日本国憲法の発布当時の精神を最もよく残しているような気がしています。

 以上、また、これ以下についても、法律の素人が理解した限りで書いていきますので間違いがありましたらご指摘下さい。

続く

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イラク派兵違憲訴訟の会・東京
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