平権懇 緊急研究会
「武力攻撃事態法案」を読み解く

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西沢 優

 一九五四年ですから、もう五〇年近く前ですが、自衛隊ができた時に、防衛庁設置法自衛隊法を作りました。その後、自衛隊法はいくつかの点で改正がありますけれども、もっとも基本的な条文はいじらないで今日まで来ています。それが今回、武力攻撃事態法制定と一体の策謀として自衛隊法のかねてからの懸案の事項を、一挙に改正しようとしているわけです。まさに自衛隊法は抜本的な「改正」、大改悪を迫られているわけであります。
 以下、自衛隊法改正案の問題点について、逐条的にお話しします。

防衛出動下令前から部隊展開・防御施設構築

 まず、第七十六条ですが、「防衛出動」に関する条項です。
 防衛出動というのは、自衛隊が部隊として出動して、戦争をする事態のことです。今回は「武力攻撃事態法の第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない」としました。従来の自衛隊法でも防衛出動には国会承認が必要と書いてあったのですが、武力攻撃事態法との関係で、というところが新しいところです。

 これは前回の緊急学習会の若干の復習ですが、武力攻撃事態の定義には三段階あります。
 武力攻撃を受けた段階、一歩手前の「おそれのある」段階、この二つが自衛隊法第七十六条で定めた防衛出動下令の対象です。そして武力攻撃事態法で新しく入れたのは「予測の段階」です。
 この予測事態に対応した自衛隊法の改正が、今回出てきました。それは現行七十七条の防衛出動待機命令の条項に新たに「七十七条の二」を加え、予測事態において部隊展開を行えるようにするものです。従来の自衛隊法では、防衛出動待機命令で部隊が基地外へ移動・展開することはできません。この点は後でくわしく述べます。


 武力攻撃事態では、最初に政府・防衛庁は予測事態を認定して、防衛出動待機命令を出すのが一般的です。有事事態は実際的には「予測の段階」から始まるという法の仕組みになっているのです。
 武力攻撃事態に至った時、首相は安全保障会議に諮問して、対処基本方針案を作り、そして閣議にかける。閣議が対処基本方針を決定し、当面の武力攻撃事態を予測の事態だと認定すると、自衛隊には防衛出動待機命令が出ます。そうすると、あらかじめ決めているところの予定展開地域に向かって自衛隊が進軍して、そこに陣地を構築する。あるいはその他の軍事的な準備活動に入る。部隊として動いていくわけであります。従来は防衛出動待機命令を発する時には国会承認を必要としていませんでしたが、武力攻撃事態法案では待機命令も国会承認事項としています。一見、国会の機能を高めたように見えますが、緊急を要する時には事後承認で良いという「ただし書」が付けられているので、実質的には国会承認前から戦闘準備に入るわけです。
 その後、武力攻撃の「おそれの段階」に情勢がエスカレートした場合に、今度は防衛出動下令になります。

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 第七十七条はその「防衛出動待機命令」に関する条項です。これまで防衛出動待機命令は一度も出されたことはありません。それは内容的には予備自衛官が招集されるとか、隊員が、家庭にいたり休暇を取っていたりする隊員が呼び集められて、兵舎の中、護衛艦の中で出動待機に入る。弾薬を積み込んだり、食糧を積み込むなどの準備をする。だから、基地、駐屯地、自衛艦等の中で将来の出動に備える活動に入る、そういう条項です。ですから、従来の防衛出動待機命令では、部隊が移動するとか展開していくとかという行動はいっさいないわけです。それが、新しい武力攻撃事態法で「予測段階」から部隊が動き始めることにしたために、新たに「第七十七条の二」を書き加えることが必要になりました。

 第七十七条の二「防御施設構築の措置」です。予測事態において部隊を展開して、陣地その他の防御のための施設を構築するということが書き加えられたわけです。予測事態ということで自衛隊の行動が前倒しで広げられたわけですね。

 第七十七条の二は、「防衛出動命令が発せられることが予測される場合、……出動を命ぜられた自衛隊の部隊を展開させることが見込まれ、かつ防備をあらかじめ強化しておく必要があると認める地域(以下『展開予定地域』という。)があるときは、……自衛隊の部隊等に当該展開予定地域内において陣地その他の防御のための施設(以下『防御施設』という。)を構築する措置を命ずることができる」という条文です。

 例としては、陸上自衛隊が分かりやすいと思います。土地の上に陣地を作るということが文字通りに理解できますから。陸上自衛隊があらかじめ予定している海岸線なり、しかるべき所に陣地の構築をする。司令部の建設とか、野戦病院の設置だとか、その他必要な施設を作る。あるいは陸上自衛隊には全国六個の対艦ミサイル連隊がありますが、これは日本の海岸線にやって来る敵の艦船が、数十キロ沖合にやってきた時、陸上の発射陣地からミサイルを撃って沈めようという作戦構想です。それが展開するわけですね。宇都宮ミサイル連隊は、例えば佐渡地方の海岸だとか、新潟の海岸だとか、しかるべき所に陣地を敷くでしょう。移動と発射陣地の構築には一定の時間がかかるわけで、防衛出動待機命令下、「予測」事態出動でそういう準備活動に入っていくわけです。

 同時に海空自衛隊も、同じように展開をしていきます。航空自衛隊は移動警戒レーダー部隊などを持っていますから、しかるべき所へ行って陣地を構えます。
 海上自衛隊も展開予定海域へ行くでしょう。例えば壱岐・対馬などは戦略的にもっとも重要な海峡ですから、海上自衛隊はかなり早めに出動して、北朝鮮あるいは中国海軍が、機雷を敷設するかどうか監視する。重要港湾の外側などでは、敵の潜水艦がこっそりと魚雷に仕掛けた機雷を遠方から敷設するのを警戒する。今の魚雷は一万メートルくらいは軽く走ります。ですから重要港の沖合に掃海艇を配置して、敵の潜水艦の動きを見張る。そういう体制にただちに入っていくわけです。


 次は第八十六条の改定です。八十六条は「関係機関との連絡および調整」の条項なのですけれども、展開予定地域の都道府県知事、市町村長、警察、消防その他の国または地方公共団体の機関が、自衛隊の部隊と日常的に緊密な体制に入っていくことが、新たに言われているわけであります。

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防衛出動時の公共の秩序の維持


 次は第九十二条です。これは薄気味悪い条項で、「防衛出動時の公共の秩序の維持のための権限」を定めています。「公共の秩序の維持」のための行動を自衛隊がとるということが決められている九十二条に、また新しい条項を加えたのですね。それが「九十二条の二」と「九十二条の三」です。

 第九十二条の二は、防衛出動になった場合に「自衛隊の行動に係る地域」すなわち戦闘地域の中を自衛隊が緊急に移動する場合に、「一般交通の用に供しない通路」を使えるという規定です。私有地の中の通路とか畑、農園の中の通路とか、そういう所を戦車や車両が勝手に動き回れるということだと思います。また「公共の用に供しない空地」も使える。私有地とか耕作地や水田まで入るのか。戦闘状態が始まっていることを想定するわけですから、耕作者が逃げた後の農地は入るのでしょうね。緊急に行動する部隊はこういうところを自由に動けると書いてあるわけです。

 第九十二条の三「展開予定地内における武器の使用」です。「武器の使用」であって「武力の行使」ではないわけですから、自衛行動のためには武器を使っていいという許可を与えています。
 問題点としては、潜入した敵ゲリラに対する武器の使用、あるいは海上を接近してくる正体不明船舶等への武器使用をこれで可能にするのでしょうが、その場合を含めて誰が、何を基準にして武器使用を命令するのか。条文では明らかでありませんが、当然、交戦規則(ROE)で定めをしないといけないことになります。栗栖元統幕議長も最近、「交戦規則の制定が課題」と次のように新聞インタビューで語っております。

「自衛隊が、外国の武装部隊や武装工作船による日本の領土や領海での不法行為を排除するための領域警備法の制定や、実際に戦闘よなった場合にどのような手順で武器を使用するかなどをあらかじめ定めておく交戦規定(ROE)の制定も必要になると思う」(『産経新聞』五月九日)

 自衛隊の展開予定地域の地上では反戦平和運動の行動があり得ます。「陣地を作るな」とか、「戦争挑発をするな」などの要求を掲げた民衆の行動がある場合に、そういう民衆に対する発砲はこれでできるのか。治安出動が下令されていなくても部隊は、本条項の武器使用で自己防衛のため必要として発砲することができるのかも知れません。

 従来の九十二条は防衛出動時の公共の秩序維持に関する条文です。これは「九十二条の三」という新条を加えて「展開予定地」における武器使用を認める、というのですから、出動した部隊は敵に襲われそうになった時に発砲する戦うだけではなくて、予測段階すなわち防衛出動下令前においても、民衆に対して「公共の秩序の維持」のため武器使用を行う可能性がある。大いに警戒しなければいけないと思います。

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防衛出動時における物資の収用


 第百三条「防衛出動時における物資の収用等」を定めた条項です。四八年前に自衛隊が創設された時からあったのですが、政令など実際にこの条項を動かしていくための仕掛けがなかったために、死文同様になっていた。これを活性化させ、そしていかにアップ・トゥ・デイトするかということが、これまでの有事法制準備において最重要な焦点のひとつになってきました。ですから当然、百三条は大幅な変更になります。分量的にも大きくふくらむ改正案になっています。形式的には、従来の第百三条第一項から第五項までが、新第百三条の一として新たにくくられ、その中の語項目になる。

 従来の百三条の第一項と第二項は、基本的にそのまま新法に受け継がれます。第一項は「自衛隊の行動に係る地域」における活動で、二項は「自衛隊の行動に係る地域以外の地域」における行動です。これが書き分けられている。「自衛隊の行動に係る地域」というのは戦闘地域のことであり、後者はいわば後方地域を対象にしています。

 百三条の第一項の戦闘地域では都道府県の長官は自衛隊の活動を助けるために、病院、診療所、その他の施設の管理権を握る。土地や家屋も使える。そして物資の生産、集荷、販売、配給、保管、輸送、そういうものを扱っている業者に対しては、物資の保管を命じたり、またそれらの物資を収用することができる。そういう悪法がここに書いてあるわけです。しかし、これも政令がなければ、あるいは収用令書がなければ動かないので、それを動かしていくために、新たな条項が付け加わっていくわけであります。
 なお現行法では、総理大臣は自衛隊に出動を命じた場合に、戦闘地域を国民に速やかに周知させることをします。それは、自衛隊法施行令の百七条に、「自衛隊の全部又は一部に出動を命じた場合にあっては、速やかに関係地域の国又は地方、地方公共団体の関係機関及び住民に周知させる方法を講ずる」と明示されています。これはそのまま新法第百三条の運用に引き継がれます。

 それから従来の百三条二項は、「自衛隊の行動に係らない地域」ですから、後方地域に関する規定です。一項とどう違うかというと、医療、土木建築、輸送その他の政令指定をする業者に対する業務従事命令を出せるというところが、第二項のポイントなのですね。防衛庁の説明によると、戦闘地域に医者、看護婦、土木建築業者を動員すると、戦死などの面倒な問題が起きるから、ここには業務従事命令は出さない。戦闘地域でないところで協力させる。そういう二段構えの対策をとったのだということです。

 従来の第百三条三項は全面的に書き改めます。防衛出動時において立木等、つまり土地に定着する物件で家屋を除くというのですから、家屋でない建物・施設いろいろのものがあるわけですが、そういうものを作戦の邪魔であれば移転させたり処分ができるようにした。
 従来の第百三条四項は、第二項でいう医療、土木建築工事業者等の従事命令を出す相手の範囲は、政令で決めると書いてあるわけで、これはそのまま生かします。また従来の百三条五項も、政令手続を書いただけの条項ですから、このまま生かしています。それから、従来の百三条六項はバラバラに解体しまして、ずっと後ろの方に持ってきます。

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 新しい百三条の一、6項は、出動した自衛隊の用に供する土地や物資は、自衛隊と都道府県知事が協議して定めると書いています。

 以下は新しい百三条の一の七項から十九項までの新項です。

 以上は新たに整理された「第百三条の一」に当たるものです。そして「第百三条の二」が新たに付け加わります。防衛出動待機命令が出された段階についての新規定です。

 まずその1項として、予測事態で部隊は「展開予定地域」へ移動、展開するわけですが、彼らはその際、防衛出動時と同じような手続きで土地の使用が勝手にできるとしています。
 2項は、立木の移転処分等も勝手にできるということです。しかし、この段階では家屋の形状変更等はできないようです。
 3項は、土地の使用、立木の処分等についての公用令書、そして損失補償、立入り検査などを定めています。それらは防衛出動時における百三条の一のものとほとんど同じことが繰り返されて記述されています。
 最後の4項で、待機命令段階が防衛出動段階にエスカレートした場合は、都道府県知事がすでに展開予定地域内で行った処分はそのまま引き継ぐとあります。改めての処分は必要ないということです。

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