部隊出動時における関係法の特例 次は問題の百十五条で、多くの他省庁所管の法令に関係する新しい項目が並んでおります。いずれも従来の法令の適用除外、つまり出動した自衛隊は法律を守らなくていいという規定です。
百十五条は「銃砲刀剣類所持取締法の適用除外」です。従来の百十五条はこの項目だけに関する条項だったのですが、この部分はそのまま生かされた。内容は、自衛隊は銃砲や刀剣類を持って活動する部隊ですから、取締法の適用除外になっているわけです。
百十五条の二は「消防法の適用除外」です。危険物の貯蔵等の取締りを定めた消防法第十条第一項の規定は、自衛隊が防衛出動、待機命令あるいは治安出動等を行う際、あるいは演習場の中で危険物を貯蔵し、または取扱う場合には適用しない、などと定めています。これに新しい項が加わりました。防衛出動時と、予測事態で部隊が出ていく時、応急措置として建築した建物のうち政令で定めるもの、つまり野戦病院や航空機用掩体などは、消防法に定められた消防用設備の設置義務を免れます。
百十五条の三は「麻薬及び向精神薬取締法の特例」です。この条項は旧百十六条ですが、こちらに統合されました。本来麻薬は所持していてはいけないわけですが、防衛出動時には、負傷した隊員の治療に麻薬や覚醒剤等を使えるようにするため、自衛隊部隊の医師、歯科医師を麻薬施用者とみなす。
百十五条の四は「墓地、埋葬等に関する法律の適用除外」です。死者が出た時には市町村長に届け出て、許可証をもらって埋葬することが法で決められているし、決められた埋葬地以外に勝手に遺体を埋めてはいけないわけですが、これから戦争をやろうという時には非常に大きな障害になるわけです。ですから自衛隊の隊員が戦死した場合には適用しない。どこでも許可なく火葬・埋葬ができるわけです。一般の民衆については規定がなくて、これでは遺体があちこちに散らばっても手をつけてはいけないことになりますが、これは別個に第三分類で立法化されるのでしょう。
百十五条の五は「医療法の適用除外等」です。自衛隊が臨時に開設する野戦病院に医療法を適用しない。ここでは実に細かく書いてありますが、要するに野戦病院を細かな手続や許可なしに病院とみなす、ということですね。
百十五条の六は「漁港漁場整備法の特例」です。工作物の建設あるいは改良、土砂の採取、土地の掘削、盛土、汚水の放流、汚物の放棄、こういうものを漁港区域内ではしてはならないことになっているのですが、自衛隊は管理者との協議なしに事前通知でできることにした。
百十五条の七は「建築基準法の特例」です。災害救助用に建てられた応急仮設建築物には、建築基準法を適用しないという規定が同法の第八十五条にあります。これを防衛出動時に自衛隊部隊等が建築する建築物に準用する。ただし部隊が撤収を命ぜられた後もこの建物を存続させる場合は、許可を得る必要があります。
百十五条の八は「港湾法の特例」です。自衛隊の部隊が港湾区域内で水域の占用等をする場合、港湾管理者と協議する必要があるのですが、通知のみで良いことにしました。また港湾での建築等に対する規制も適用除外としています。
百十五条の九は「土地収用法の適用除外」です。土地収用法によって都道府県知事が収用した土地は、許可なしに起業地の形質を変えてはいけないときめられています。しかし自衛隊の部隊は、適用除外となる。
百十五条の十は「森林法の特例」です。保安林では立木の伐採等は都道府県知事の許可を必要としていますが、これを事前通知すればいいというふうにする。これまでは山の中にレーダーサイトや通信中継所などを作ろうとしても、森林法にひっかかってできない場合がありましたが、それが勝手にできるようになります。樹根を掘り出しても開墾してもいい。防衛施設も自由に建築できるわけですね。また保安予定森林における立木等の伐採に関する規制も、自衛隊に対しては適用除外になります。
百十五条の十一は「道路法の特例」です。一つは、道路管理者の承認を受けなくても、部隊の通過のために応急措置として道路工事ができる。だから防衛出動した部隊が道路が必要な時は、勝手に作れるわけです。また道路管理者に通知をするだけで、道路を占用できる。民間人を通行させないようにできるわけですね。さらに道路予定地での建築も、道路管理者に協議せず事前通知だけで自由にできる。
百十五条の十二は「土地区画整理法の適用除外」です。土地区画整理事業施行区域に指定された地域内での建築等は規制されていますが、それが適用除外になる。
百十五条の十三は「都市公園法の特例」です。都市公園等を自衛隊が占用する場合、公園に工作物を作る場合、公園に防御施設を作る場合に、公園管理者との協議を必要とせず事前通知で良いことにする。
百十五条の十四は「海岸法の特例」です。海岸保全地域で建築をする場合に海岸管理者と協議せず、事前通知で良いことにする。軍事的には、敵の上陸用舟艇を破壊する浅海機雷を敷設したり、防御陣地を構築したりする、水際防衛作戦に役立てるのだと思います(日本は対人地雷禁止条約に加盟しているので海浜に対人地雷は敷設できない)。
百十五条の十五は「自然公園法の特例」です。国立公園や国定公園などの特別地域では、非常に厳しい規制がありますが、ここで建築等をする場合に環境大臣と協議せず、事前通知が良いことにする。
百十五条の十六は「道路交通法の特例」です。道路での防御施設の構築などの行為に対して、警察所長の許可を必要とせず、事前通知で良いことにした。しかも複数の警察署にかかわるときは、一か所に届ければいい。また、自衛隊員の運転免許証は、出動待機命令が出た段階から有効期間が切れても更新せず無免許で良いとする。
報道によりますと、自衛隊法改正案の原案では、夜間無灯火通行もできるようにしていたようです。しかしこれは避難民に危険だということで、許可しなかったという話であります。また、自衛隊は出動時に交通信号を無視してもいいのか。これは今回の法改正に言及がありませんが、緊急車両の扱いにすれば可能のようです。
百十五条の十七は「河川法の特例」です。河川区域で建築等をする場合に河川管理者と協議する必要がありますが、これを事前通知で良いことにする。
百十五条の十八は「首都圏近郊緑地保全法の適用除外」、十九は「近畿圏の保全区域の整備に関する法律の適用除外」、二十は「都市計画法の適用除外」、二十一は「都市緑地保全法の特例」です。いずれも緑地保全や環境整備のためにある規制を外します。
以上、少々細かくなりましたが、防衛出動または「予測」段階で展開予定地域において防御施設構築措置を命ぜられた自衛隊の部隊は、これだけ膨大な法律を事実上無視して勝手に何でもできるということであります。
なお、百十六条は先ほど述べた通り百十五条三となり、百十六条の二「需品の貸付」が百十六条の一、百十六条の三「食事の支給」が百十六条の二に移動します。
罰則規定と戦時出動手当 非常に重要な改正は、百二十四条から百二十六条までの罰則規定が新しく設けられることです。
百二十四条は、百三条13項の立入検査を拒否したり、報告しなかったり、ウソの報告をした者に、二〇万円以下の罰金を課すというものです。
百二十五条は、百三条1、2項の物資保管命令に従わず、物を隠したり捨てたりした場合は、六か月以下の懲役または三〇万円以下の罰金に処するという規定です。
百二十六条は、前二条の違反行為をしたのが法人あるいは人の代理人、従業員であった場合には、実際の行為者だけでなく、雇い主である法人や人も罰するという規定です。
このように、罰則の対象者は非常に広範囲になっています。ただし、かねて問題になっていた医師、看護婦、土木建設業者、輸送業者が従事命令に従わない場合罰則は、見送られたわけです。地震などを対象にした災害対策基本法ではこれらの業務従事命令違反を対象にした罰則規定があります。六か月以下の懲役、三〇万円以下の罰金です。これと同等のものを自衛隊法に入れないというのは不整合ではないか、という指摘が出て来ます。見送りは世論を計算してのことでしょう。
ここまでが「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」の第一条、自衛隊法の改正に関する部分です。長い長い条ですね。そして第二条が「防衛庁の職員の給与等に関する法律」の改正に関する部分です。こちらは短いです。
防衛出動手当を「基本手当」と「特別勤務手当」の二本立てとします。前者は「勤務条件及び勤務の危険性、困難姓その他の著しい特殊姓に応じて」支給され、後者は「戦闘又はこれに準ずる勤務の著しい危険性に応じて」支給されます。明細は別途定められることになるのでしょう。なお防衛出動手当は、公務災害補償の平均給与額算定の基礎に加えるという規定もあります。細かなことですが、これで戦死の場合の手当が増えることになります。
付則では施行期日と、今回の法改正にあたって必要となる関連法の一部改正について述べています。
自衛隊は四十八年前に保安隊を改変して作られましたが、法制的にはいろいろ重大な欠陥(第百三条関連あるいは百十五条関連その他)を持っているため、本当は「戦時」に戦える武力にはなっていません。こうした欠陥をなくそうとする有事法制策動が長年の間続けてられてきたのは、このためです。
以上に自衛隊法の改正案(実際は大改悪)の内容を見てきました。こうした重要な、一連の法整備を行うことによって、世界一級の陸海軍の軍事装備を備え、日米合同演習を積み重ねてきた自衛隊が、米軍の要請に応じて、アジア太平洋地域の周辺事態のもと日米共同作戦を展開する、真に戦える自衛隊に変貌していくことを狙っているのです。